第6章 -11『刻限、帰る』


「———さぁて。手荒い挨拶で申し訳なかったねェ。

 アタシがここを仕切ってるモンさ。マスター・ケイナと呼ばれてる」


 ケイナは割れた執務机のかわりに低い棚のうえにあぐらをかいて座り、そのように挨拶した。

 腰の少し上まで届く赤髪と、額から右耳までにかけて刻まれた大きな傷跡。そしてその傷跡をなぞるように、髪と同じ色の赤いタトゥーを入れている。まるで、傷跡を神聖なものとしてアピールしているかのようだ。

 

「・・・おや?」


 一同の顔を眺めていると、ケイナの目は織火に止まった。

 織火も視線に気付き、やや身構える。不意打ちが来るかもしれないと思った。


「アンタ、日本人だね」

「え?はい、まぁ、そうですけど・・・」

「おお、そうかい!やぁ、同郷のモンに出会うのはいつぶりかねぇ!」

「・・・もしかして?」

「そうだね、これも縁だ。珍しくフルネームで名乗り直すとしようかね。

 マスター・ケイナこと、芥川あくたがわ桂那けいなさ」

 

 そう言って織火からレオン、リネット、フィンとひとりひとり握手をして回る。

 

「さて、それでアンタたちこんなド田舎未満に何の用事だい?

 まさか弟子ふたりの里帰りじゃないだろう」

「それについては私からご説明を、マスター・ケイナ。

 グランフリート公艇国元首、エセルバートと申します。

 今回は、我が祖父ハロルドについて調べに、」

「待ちな」


 『ハロルド』という名を聞いた瞬間、ケイナの顔つきが変わった。

 鋭いような、それでいて憂うような目。

 数秒無言で考え込むと、意を決したようにエセルバートに尋ねる。


「アンタの祖父が、ハロルド?」

「はい―――何かご存じの御様子、正直に明かします。

 私は自分の祖父がか、それは分かっておりません」

「オーケー、だいたいの知識量は把握した。

 そして、グランフリートと来たかい。そうかそうか。

 ・・・アタシは回りくどいのが嫌いが、アンタは?」

「短刀を真っ直ぐに受ける覚悟はできております」

「そうかい」


 ケイナは座っていた棚を降りると、そのうちの一段を開く。

 そこから一枚の写真———現代では貴重な紙の写真だ―――を取り出すと、それを一同に向けて見せた。

 三人の男が写っている。




「アンタのじいさんは、の、右の男かい?」




 全員、弾かれたように写真のそばに集まる。

 右側に立っている白人の男は、グランフリート内の資料館などで見ることができるハロルド・マクミランの姿そのものだった。

 

「間違いない、これは我が祖父ハロルドだ・・・!」


 次に驚きに目を見開いたのはフィンだった。


「・・・お、お父さん・・・!

 真ん中にいる黒髪の人、私のお父さんです!」

「なんだって・・・?」


 中央に写っているのは、目が隠れる前の長い黒髪の男だ。白衣を着ている。


「間違いありません・・・!」

「では、左の男は誰だろうか?」


 左側に立っているのは、青い髪の男だ。

 真面目な面持ちの右側、陰鬱な雰囲気の中央と比べ、笑顔を浮かべ余裕のある顔。

 

「・・・おい、金ピカ女」


 少し離れて見ていた脚の王レッグスが、人だかりを割って声をかけてくる。


「中央がテメェの父親・・・間違いじゃねェだろうな」

「え・・・う、うん。何度かだけど、確かに見たの。

 黒い髪色で、白衣・・・髪型もこういう感じだった・・・」

「チッ、そうか。一体どうなってやがる・・・?」

「何かあるのか?」


 脚の王レッグスはしばし思案したが、「隠す意味はねぇか」と呟いたあと、青い髪の男を指して言った。


「えっ!?」

「俺が父さんを見間違えるはずがねェ・・・はずだ。

 しばらく声しか聞いてないが、この青髪はハッキリ覚えてる。

 俺とその女の言う父親は・・・別人みてェだな」


 分からないことが急激に増え、誰もが言葉を失う。

 申し訳ないような声で、ケイナが付け足す。


「一時期、コイツらは北極にいたことがあってね。

 アタシが知ってるのは、ハロルドはということだけさ。

 つまり、アンタのじいさんだけは正真正銘のハロルドということになるね」

「それは・・・いえ、何よりです。自らの血縁を名から疑いたくはない」


 エセルバートは、自らが継いできた名前が偽りであるかもしれないことに、あの日ハロルドの真実を知ってからずっと心を痛めてきた。

 冠する名が真実のものであると判明しただけでも、エセルバートにとっては大きな救いとなったようだ。


「名前だけ教えておくよ。

 真ん中の黒髪は、黒須くろすみなと。恐らく研究員だろうね。

 左の青髪は・・・この時もうハロルドを名乗っていたんだが。

 一度だけ『マクスウェル』と呼ばれているのを聞いた。恐らくそっちが本名だ」

「他にハロルドたちは?」

「アタシが出会ったのはこの三人だけ。

 他がいるとしても北極に引きこもってるアタシには分かりっこないね」

「非常に大きな情報です、感謝します」


 ハロルド、黒須、そしてマクスウェル。

 霧の中にあったハロルドたちの姿が、謎を帯びながらもにわかに輪郭を帯びた。

 

「さて・・・ここからが本題です、マスター。

 この北極で沈んだという、グランフリート級の一番艦。

 『戦艦グランフリート』の調査にご協力を頂きたいのです」

「まァ・・・そう来るだろうねぇ」


 ケイナは深くため息をつき、こめかみを指で押さえて頭を軽く振った。

 それは哀しみであるとも、怒りであるとも取れる表情だった。

 少しの沈黙。ケイナは・・・オリヴァーとチャナを見た。


「帰ってきたときから、予感はあったけどさ。

 ———ホントに、いいんだね。アンタたち」

「ああ。もうぼちぼち限界だ。俺は決めた」

「・・・ウチも、覚悟は・・・ちゃんとじゃないけど、したつもり」

「そうかい―――」


 エセルバートも、織火たちも、話がどうしてオリヴァーとチャナに向いたか理解ができず、首をかしげる。

 その疑問は、ただちに解消されることになる―――予想だにせず、最悪の形で。








「———戦艦グランフリートは、ウチが・・・が、沈めたんだ」








                                  ≪続≫

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