第6章 -12『てんし』
———わたしの記憶は・・・耐え難い痛みから始まるのです。
「始めろ」
「了解。ナンバー6、負荷テスト開始します」
いつ生まれ、どこから来たのか、覚えていることはありません。
ただ、そこが研究施設と呼ばれる場所で、わたしは実験体と呼ぶべき存在であり、名前ではなく番号で管理されていたことは、のちに知ったことでした。
「まずは電流から」
わたしに許された人生のスペースは、とてもせまいものでした。
格子のついた、ほんの数メートル四方ほどの収容室。
毎日毎日、わたしの心身を苦しめ、作り変えるだけの実験場。
・・・わたしのせかいは、それだけです。
「ア―――!アアア―――!
ア――――――!ウアア―――!アァ―――!」
いたい!いたい、いたい!
くるしい!とてもくるしい―――こわい!
———当時のわたしは、そんなことばすら、知っていたか定かではありません。
ただ、無自覚に抱く感情らしきものを、脳の反射が喉から出力するだけ。
ケモノが吠えることと、なんら違いはないのです。
わたしは、ニンゲンではなかったから。
「基準値1、クリア」
「いいぞ・・・!出力をあげろ!」
「ウアアアアア―――――――――!!」
機材がもたらす責め苦と、薬剤がもたらす混乱と違和感。
茶こけて染まった肌、蛍光緑に光る不気味な髪が、最初はどんな色だったのか。
わたしには・・・もうわかりません。
いたくて叫んでも、わけもわからず泣きわめいても。
ここには助けてくれる人などいないのです。
「いいぞ―――いいぞ、素晴らしいぞナンバー6!
お前は今までで最高だ!きっとあのサカナどもを滅ぼせる!
お前は天使だ・・・まさしく戦いの天使!!
この世界を・・・世界を救うことができるんだ―――!!」
おひめさまをとじこめているのは、ゆうしゃたちなのです。
彼らにどんな人生があり、何がきっかけだったのか。
ともかく・・・彼らはみんな、くるっていたのです。
くるったゆうしゃが、倫理も道徳も捨てて、ただ世界のためを想う場所。
わたしは、そのために作られる、『ゆうしゃのつるぎ』だったのです。
ゆうしゃたちは世界を救うべく日夜研究を続けます。
ゆうしゃにとってそれが正しくて、清く尊い行いなのですから、誰ひとりとして、それを咎めたり止めたりする人はいません。
———だからせめて。
わたしも・・・それを、みずからの存在意義に。
誇りにしたいと思うようにしたのです。
わたしが電流の苦痛に耐え抜けば、ゆうしゃたちはそれを褒めてくれるのです。
わたしが薬剤の作用に耐え抜けば、ゆうしゃたちは手を叩き大喜びするのです。
ある日、わたしの体から、見たことのないひかりが発せられました。
ゆうしゃたちは驚き、そして次の瞬間には飛び上がって感涙を流しました。
「お前はとうとう、世界を救うちからを得たのだ!!
奴らのことごとくを滅ぼし、殺しに殺して、この世から消し去るちからを!!
おめでとう―――ありがとう!!これで世界は救われる!!」
ゆうしゃのリーダーは、そういってわたしをだきしめるのです。
実にあたたかくおぞましい、生まれて初めての他人の温度でした。
それから、わたしの日々は少し変わりました。
いきなり、小さいけどきちんとした部屋が与えられ。
そして、実験ではなく学習や訓練が始まりました。
世界について、たくさん学びました。
この世界をおびやかす、
ハイドロエレメントと水質、パルスという水を操る力の存在。
ありとあらゆる兵器、その知識と扱い方。
以上。
わたしの世界はそれだけでした。
ゆうしゃにとっては、それだけで充分だったからです。
強くて大きな、はがねの兵器に乗り込んで、パルスを放ち、サカナを殺す。
シミュレーターに入り、コックピットのカメラと計器を通して見るもの。
それだけが景色で、そういうものが世界、それが意味だし理由です。
―——けれど、ある日。
ひとりのニンゲンが、わたしにものをくれました。
「いいか?マジで内緒だぞ。部屋の外に持ち歩くなよ」
そのニンゲンは、ゆうしゃの仲間ではないようです。
『やとわれ』とか『ようじんぼう』とか、本人は言っていました。
くれたのは、一冊の絵本と、小さなキーホルダー。
カニのマスコットが象られたそのキーホルダーと、『あくまとにじ』という汚れた絵本は・・・わたしにとって、この世界で最初の、輝かしいものたちでした。
物語の美しさに、私は心を奪われました。
おひめさまと、あくま。
ふたりはながい旅をして、行く先々でつらくてかなしい出来事に遭遇する。
それでも、最後はそらに『にじ』がかかって、ハッピーエンドになるのです。
素敵だと思いました。
わたしも、いつか『にじ』を見たいと思いました。
そうするためなら、私はニンゲンじゃなくても、つらくてもかなしくても、きっと大丈夫なのだと思えたのです。
そのニンゲンは、わたしの部屋の周囲にいつもいました。
話しかけてもあまり答えてはくれなかったけれど、カニのキーホルダーをちらちら見せると、照れているのか、恥ずかしいのか、顔を背けてしまいました。
そんなニンゲンも、あるときからパタリといなくなってしまいました。
何も言えなかったし、言ってもらえなかった。
そんなものなのかと、わたしはどこか諦めに似た気持ちになります。
きびしい訓練の日々に、終わりがきました。
「ナンバー6、お前を実戦に出す。世界を救いに行こうではないか!」
シミュレーターじゃない、ほんものの兵器。
それは、とても小さな船でした。
あちこちに大小の砲が生えていて、『駆逐艦』と呼ばれるものに似ていました。
いよいよです。
わたしは全てのサカナを滅ぼして、『にじ』を見るのです―――!
はじめての実戦は―――あっけなく終わりました。
ほんとうに全部、簡単でした。
知っている動きをする、対応できるサカナたち。
覚えたように兵器を操縦して、さくさくと殺して、殺しました。
ゆうしゃたちは拍手をしたり、指笛を吹いたり、快哉のどよめきをあげます。
・・・わたしには、なにひとつ感動などありません。
早く帰って絵本を読みたいと思いました。
だけど、それをじゃまするモノがでてきました。
けたたましく鳴るブザー。
ざわざわと耳障りな声が、あちらこちらであがりました。
「き、緊急警報!!大型の上位種が突如出現!!」
「なぜ探知できなかった!!場所は!?」
「深海から、凄まじい勢いで浮上してきます!!」
「GF-01に救援要請を送れ!!ナンバー6ひとりでは対応できん!!」
ざわざわ。ざわざわ。ざわざわざわ。
それが聞こえてくる声だったのか、それともわたしの内から湧き上がる音なのか、わかりませんでした。
ただ、わたしは早く帰りたかったのです。帰れないのは、海の中から上がってくるこのおおきなサカナのせいらしい。
「わたしがたおします」
だいじょうぶ、サカナなんてぜんぶおなじです。
いわれたようにやるだけ。ならったようにころすだけ。
だから、はやく。ころしてかえる―――!
「な―――ま、待てナンバー6!指示を待て!」
「わたしは、にじをみるのです」
「何を言って・・・待てと言っているだろう!?
とっ、止まれナンバー6!!」
「わたしはにじをみにいくんです・・・ッ!!」
わたしは、そのぶよぶよしたおおきなサカナに向かって走りました。
せいぜい、わたしの3~4倍くらい。ちょっとおおきいだけです。
なにか、冷たくてとがったモノを生やしたり、飛ばしたりしてきたけれど、ぜんぶわたしにはあたりません。
かわして、砲を撃ち込む。
かわして、撃ち込む。撃ち込む。撃ち込む。
それだけの繰り返しです。
はじめは慌てていたゆうしゃのリーダーも、次第に嬉しくなったようでした。
「ははは・・・ハハハハ!!
すごいぞ!!すぞいぞぉっ、ナンバー6ッ!!
やはりお前しかいない、お前が世界を救うんだ!!
サカナをぜんぶころしてせかいを救うのはお前なんだぁーーーっ!!!
お前は天使だナンバー6ゥゥゥゥウウウウ!!!!!」
・・・うるさかった。
このひとは、とてもうるさい。
わたしは、その『てんし』より、すきなものがある。
わたしはそんなのきらいだ。
わたしはそうじゃない。
てんしじゃなくて、わたしは、
そう考えた瞬間でした。
出そうと思っていないのに―――わたしから、パルスが出ていました。
「え―――え・・・?」
止まらない。
止められませんでした。
「な、なに―――?
どうして―――ちがう、わたし、」
あかるい緑色の光が、わたしからどんどん、どんどん、あふれる。
全身をそめて、兵器をそめて、周囲の水面を染め始めても、止められない。
やがて、その光は―――目の前のサカナに届きました。
ぶよぶよとした、半透明のサカナ。
サカナは、光を吸って、おおきく、おおきくなっていきました。
わたしのパワーをすいとって、巨大化するサカナ。
「あ、」
その背後に、おおきな戦艦が泳いでくるのが見えていました。
オオオ―――――――――・・・ンン
―——その、声を。
その場の誰もが、ほんとうは聴いていたはずです。
だけど・・・覚えているのは、わたしだけ。
つめたいものが、生えました。
サカナの体から。その周囲から。そこかしこの水の中から。
そこからも。どこからも。いっぱい―――いっぱい。
それは、つぎつぎにゆうしゃたちを刺し貫いて、真っ赤になりました。
音という音を、むげんに重ねたような悲鳴。悲鳴。悲鳴。
「あ―――ぁ、あ―――ちがう」
ちがう。ちがう―――ちがう。
わたし、ニンゲンの役に立ちたかったんです。ほんとうなんです。
うそじゃない。せかいだって、救ってもいいと思ってた。
「ちがう、ちがいます―――ちがう―――!」
ただ、そのあとに、『にじ』がみたかっただけ。
たったそれだけなんです。
真っ赤になった、ゆうしゃのリーダーと、目が、あいました。
―――わたしは、
「あくま」
あのひとは、それだけ言って、降ってきたつめたい塊に、つぶされました。
「—————————ア、」
わたしは、ニンゲンをたすけたかった。
たすけたかった、のに。
「アア、ア―――ウア、ア―――、」
じぶんの
ために
わたしは
たくさん
たくさん
ニンゲンを
ころした。
「アアアアア―――――――――!!!
アア、ウアアア―――アアアアアアア!!!!
アア―――――――――ッッッ!!!!!」
なにもみえない。
なにもきこえない。
わたしのひかりは、おおきなふねをのみこんでいった。
≪続≫
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます