第2章 -13『聞こえる声』


 デア・ヴェントゥスと共に先行したオリヴァーたちは、管理塔周辺に蔓延っていた群れをあらかた蹴散らしたところで、大竜巻の爆発と消滅を目にした。


「・・・〈ラーゼンラート〉は、パルス器官が露出していないタイプの巨魚だ・・・。

 きっちり真正面から倒し切ったってことだな」

「はっはっは!なかなかやるじゃねぇかよ、あの二人も!」

『帰ったらパーティーでもするッスかあ!?」

「いいねぇ、やろうぜぇ!!俺が持つ!!」

『ヒューゥ!!太シックスパックー!!』

(太っ腹と言いたいのか・・・?) 


 盛り上がっていると、水中からレオンが上がってくる。


「・・・哨戒行動、終了しました!!!

 海底にも新たな巨魚反応はありません!!!」

「よし、ご苦労!あと声がでけぇ!」

「申し訳ありません!!!」


 〈ラーゼンラート〉に海底付近から奇襲を受けた残留組は、レオンの哨戒とデアのソナーを組み合わせながら、漏らさず群れを潰した。

 付近にも魚影が見えない以上、この区域は掃討が完了したとみていいだろう。


 デアへ通信が入る。


『―――こちらリネット。デア・ヴェントゥス、聞こえますか?』

『あっ、リネットさん!!無事ッスか!?』

「そっちの状況は?」

『私は、負傷はなし。ただパルスを使い切りました。

 オルカはあちこち軽傷ですが、私を運んでくれています』

「そうか、よくやってくれた!

 オルカと話できるか?」

「少々お待ちを」


 スピーカー越しに、ごそごそと動く音が聞こえてくる。

 ヘッドギアのマイクを織火に近付けているようだ。


『・・・お待たせしました。

 では、必殺技を編み出したオルカ選手にヒーローインタビューです』

『お、おいやめろよ、そんな感じじゃないだろ?』

「オルカ。何か掴んだんだな?」

『・・・まだ、見つけただけだ。ここから練り込まないと』

「それが分かってりゃいい。コンスタントに使えるようになれよ。

 こっから先いくらでも使うことになるだろうからな」

『ああ。リネット、何か言うことあるか?・・・もうない?そうか。

 じゃあ、隊長。そこにレオンいる?』

「あ?いるが。代わるか?」

『聞こえてればいいよ。ちょっと言いたいことがあって』

「・・・聞こえているよ。ぼくに何だい?」


 一瞬の間。

 ワザとらしくマイクに近い距離から、ひとことだけ返ってくる。


。通信終了』


 通信が切れる、オリヴァーが爆笑する、レオンが地団駄を踏む、全てタイミングが同じだった。

 レオンは結局、今回の作戦では必殺技に繋がるようなヒントを得られていない。

 裏を返せば、レオンは地力が高く簡単には窮地に陥らないということでもあるが、ライバルでもある同期に先を越されたとあれば悔しさが先立つ。

 その健全な競い合いを、オリヴァーは笑いながらも頼もしく感じていた。




『   -  ・・・ ――― √――・・・・・・√・・・―――・・・』




「・・・ンッ?」

「どうした?」

「なんッスかね、これ・・・通信・・・?」


 船内のノエミとドクターが、微弱な波長をキャッチした。

 最初は不明瞭なノイズが、徐々に形を帯びてくる。




『 ―――√・・・し・・・!!―――√―√―・・・聞こえ・・・√・・・ッ!?』




「・・・・・・・・・ひょっとして・・・?」


 船とのリンクを解除していたノエミが、再び接続状態に入る。

 ノイズの波長をパターン化して逆探知しつつ、パルスの反応も合わせて探る。

 すると、それは聞き覚えのある音声に変換された。




『――√―√・・・しもし、こちらチャナ!誰か聞こえる!?もしもし!!』




「チャナっさんじゃないッスか!!

 どーしたんすか、到着が遅いッスよ!!」

『ノエミか!?よかった、通じた・・・!!』


 チャナの声色が一瞬だけ安堵を帯びる。

 しかし、すぐにそれは切迫した声色に変わった。

 ほとんどまくしたてるように、一気に言葉を続ける。


『詳しい説明はあとだ、簡潔に状況を説明する!!

 正体不明の超巨大魚影によって区域外の海上に閉じ込められた!!

 パルスによる硬質化だ、見たこともない色だった!!』

「ええっ!?ちょ、たいちょー!!チャナさんがー!!」

「とっくに聞こえてる」


 呼ぶより先に、オリヴァーは異常を察知してブリッジに降りて来ていた。

 そして、声のトーンを落として問いかける


「まず、お前―――大丈夫か?それだけ先に応えろ」


 チャナは問いかけに対して・・・何か、言葉を選んでいるような間を置いて答える。


『・・・・・・・・・これは、割と・・・きつい。はやくだして』

「・・・分かった。後で俺が行く。話の続きを頼むわ」

『・・・最後の瞬間、アンカーの先っぽだけドームの外に出せた。

 すごい強固な拘束で、ウチのパルスじゃ解除できない・・・。

 けど―――行き先をほんの少し読み取れた』


 オリヴァーは・・・聞くまでもなく、チャナの態度から予想をしている。

 果たして、答えは予想している通りだった。


『たぶん、そっちに向かってる・・・!気を付けて・・・!』







「リネット、オルカ、戻りました」

「ぐぁー・・・全身痛ぇ・・・」


 ちょうどブリッジの通信が終了した直後、織火と、背負われたリネットがデア・ヴェントゥスに合流した。

 レオンが出迎えるが・・・群れは掃討したと聞いていたのに、武装して水面を泳いでいるところのようだ。


「戻ったか、ふたりとも・・・!」

「・・・何かあったんですか?」

「暖かく出迎えたり、オルカに逆恨みをぶつけたいが、状況が急変した。

 まだ危機は去っていないかもしれない」

「どういうことですか?」


 レオンは手短に、チャナからの通信内容を伝える。

 謎の金色のパルスと、消える巨大魚影。

 そして・・・さらに正体の分からない、『声』。


「声の特徴は?」

「アクトゥガ副隊長は、女の子のようだと言っていた。

 『おまえはくるな』というようなことを言われた、と」

「―――女の子・・・」




 織火は・・・胸騒ぎを抑えきれずにいた。


 この場所と、女の子。

 いるはずがない、いる理由が誰にも説明のできない女の子。

 『声』を発した女の子。


 そのに―――織火だけは、会ったことがある。



「―――――――――いや。

 まさか、そんなバカみたいな話が、」











〔―――きのせいじゃ、ないよ〕











 光が、足元の水を、より深い場所の水を、視界全ての水を満たす。

 

 それは金色の魚影。

 『声』と共に、それは全くの一瞬で、そこに発生した。




「な―――」

『ウソ、ッスよね・・・?』

「バカな、反応どころか音も気配もなく―――!?」


 戦慄と混乱が一同に走る。

 それを無視して―――あるいは、分かっていて―――『声』は続ける。




〔私は、待っていたの〕

〔あなたたちは、巨魚と戦うひとたち〕

〔強くて、あきらめない〕




 織火は―――今度こそ、確信する。してしまう。

 一度きりだったが・・・その声を、織火は何故か覚えていた。


「・・・間違いない。この声だった・・・!」

「オルカ、きみは何を・・・待て、まさか!?」




「―――フィン!!お前なのか!?」


 


 ・・・・・・・・・『声』は答えない。

 そのかわり、足元をたゆたう金色の魚が、ほどけるようにその輪郭を崩す。


 不定形の光の塊となったそれは・・・あるいはカーペットを敷くように、あるいは、ベルトコンベアーにでも乗せるかのように。

 織火の足元から管理塔まで、真っ直ぐに金色のラインを形成した。


「来いって言ってるのか・・・?」


 織火は、レオンとリネットのふたりを見た。

 レオンは力強く頷く。


「ぼくは一緒に行こう。

 あまり考えたくないが、どうしても罠の可能性はゼロにはならない」


 一方、リネットは―――何故か、顔色が真っ青だった。

 尋常ではない様子だが、絞り出すように答える。


「―――私は、待っています。

 今行っても・・・・・・・・・・・・・・・私はきっと、足手まといです」


 言うなり、船のほうへ行ってしまった。

 明らかに様子がおかしかったが・・・今は、追及している時間もなかった。


 甲板から声がかかる。


「俺はチャナを迎えに行く。

 ドクターを同行させてくれ。施設に何かあるかもしれねぇからな」

「戦闘はできんからな、頼むぞ・・・」


 ひとり乗りの自動操縦ボートで、ドクターが出てくる。

 メンバーは決まったようだ。


「この三人だ。いいよな?」


 やはり『声』は答えない。

 だが、否定もなかった。


「―――行こう」







 管理塔の前までたどり着くと、金色の光が走った。

 目の前の海面が二つに割れ、下り階段が作られる。

 下った先には―――そこだけ明らかに違う材質、違う構造の壁面。

 具体的に言うならば・・・そこだけが、いやに真新しい。


「・・・跡地になってから増設されたのでしょうか」

「だろうな・・・」


 ドクターは階段を下って、その壁面を調べる。

 すぐに、型式番号らしきプレートが見つかった。


「こいつは、エレベーターだ。かなり最近の年式だな」

「誰かが、ここで密かに何かをしていた・・・」


 ゲートがひとりでに開く。

 手をついていたドクターが前につんのめって倒れ込みそうになるのを、レオンがとっさに支えた。


「だっ、だだ誰なのか知らんが、ひ、開くときは言え・・・!!

 心臓がやや止まったぞ・・・!!」


 死にそうな顔のドクターに続いて、織火とレオンも乗り込む。

 電源は生きているようだ。

 行き先のボタンはなく、ただ、上か下かを選ぶのみ。


 膨れていく嫌な予感に震える指先で、織火は下りのボタンを押した。








「――――――なんだ・・・・・・・・・ここは・・・?」


 数分は下っただろうか。

 エレベーターが停止した先にあったのは―――空洞。

 人工の空洞だ。


 ほとんど何もない。

 足元を照らすあの金色のパルス光と、薄く張られた水以外には、何もない。


 


 いや。

 たったひとつ、は、空洞の中心にある。




 それは、素直にとらえれば、球体状の水槽と呼ばれるべきものだった。


 生物を入れて、外からそれを見るため。

 あるいは考え方によっては、中から外を見るための、水槽。

 三人がどう見ても、それはそういう用途のものだろう。








 中に見えるシルエットが・・・魚だとすれば、だが。








「――――――――――――――――」


 たった一度。

 ほんのわずかな時間。

 それだけのことを―――織火は、何故かはっきりと覚えている。


〔また会えたね、オルカ〕


 金の髪。

 金の瞳。

 透き通るような白い服。




 その少女は―――――――――水槽の、内側にいた。




 足のあるはずの場所を、金色の鱗が覆い。

 背中からは、まるで天使の羽のように、白いが生えている。


 空間を満たす金色の光。

 その中心に、少女は浮かんでいる。

 金色に輝きながら―――浮かんでいる。






〔はじめまして。私、フィン。

 みんなが、巨魚ヒュージフィッシュって呼んでる魚たち

 ―――その、同類〕






 レオンも、ドクターも、言葉を失っている。

 織火は―――すがるように、うめくように、ゆっくりと前に出る。




〔オルカは言ったよね。巨魚と戦うひとだって。

 だから、確かめたかった。

 どれくらいの気持ちで、どれくらいの決意が、あなたにあるのか〕




 言葉はない。あるはずがない。

 ただ、黒い手のひらがガラスに触れて、冷たく乾いた音を立てた。


 フィンの、鱗で覆われた手が重なる。

 機械の手。ガラス。鱗。

 幾重に、幾重に、触れ合いを遮断する。温もりを否定する。

 

 フィンは、肉声で―――織火の覚えているままの声で。

 それを口にした。











「ねぇ、オルカ。私を殺して」










              ≪第2章『海行く国の少年』 終わり≫

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