第2章 -12『VS〈ラーゼンラート〉②』


 ―――織火たちと〈ラーゼンラート〉の交戦地点、その十数キロ後方。

 

 チャナは、技術チームのオーバーホールから上がってきた自身の愛機・・・戦闘用ジェットスキー『エクルビス』に乗り、戦闘区域に急行していた。

 積載可能スペースには、一部装備のための予備弾薬やバッテリーがある。今回のような分断が起きても、あとから補給ができるようにという戦略だった。


(オルカは言わずもがな、リネットもああ見えて血気盛んなタイプだかんな・・・!

 無茶なんかしてなきゃいいけど・・・!)


 思考しながらも、その外・・・心の深いところでは、チャナは分かっている。

 仮にも副隊長を預かり、いくつもの死線をくぐっている身。

 状況に要求され、無茶をしなければ切り抜けられない局面などいくらでもある。


 ならばせめてその無茶な行動が、本人の今後のための、何らかのブレイクスルーになればいいのだが―――。


 そんなことを考えていると・・・ソナーに反応があった。

 エクルビスはテールにアンカーをけん引し、探査を行いながら走ることができる。

 パルスを用いた、有効距離は短いが高精度のソナーだ。


「どれどれ、伏兵ちゃんでもいるのかなぁ?

 ・・・・・・・・・あれ・・・?

 ・・・反応があるのに、表示が出ない?・・・おやぁ?」


 ―――まさかオーバーホールから帰ってきたばかりで故障か?

 この大事なときに技術チームも使えない!


「なんだよオイ!!ちょっとちょっと!!

 しっかりして―――――――――――――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・?」




 そのとき、チャナは、見た。


 ソナーのアイコンではない。

 パルスの反応でもない。

 

 最初は、『急に海の色が変わった』と思った。

 そのくらい、それは視認するのが難しい。




 あまりにも大きな魚影だと気付いたのは。

 を聞くのと同時だった。






〔こないで!〕

〔これは・・・たしかめるためだから・・・!〕

〔ごめんなさい・・・あなたはそこにいて!〕





 魚影が、水に溶けるようにほどけ・・・金色の光になって周囲に湧き上がった。

 急激に硬質化する海が、ドームとなってチャナを閉じ込める。


「!!―――ッ、やば・・・!

 危険だ!!リネッ―――√―√―――・・・・・・   ・  ・ ―   











   ・    ―      ・・・―  ―――√・・・―√ ・ ― ・・  』


「・・・?・・・通信?」


 付近にソナー反応のない地点、体力を使い果たしたリネットが隠れて身体を休めていると、ヘッドギアに微弱な音が聞こえた気がした。


「こちらリネット、どなたかの通信ですか?」


 ―――返事はない。何か、電磁波でも拾っただろうか?

 

(・・・今は考えている余裕はありませんね)


 不確かなことに気を割く時間はない。

 今も戦う仲間のために、少しでも早く回復しなければ―――。







 

 太陽に照る海。

 反射する光が、お互いのシルエットを一瞬ずつ、一瞬ずつ浮かばせる。


 空間と群れの縛りがなくなった織火と〈ラーゼンラート〉は、立ち並ぶ朽ちた柱の間隙を縫うように、デッドヒートを続けていた。


 相対距離を開いてスロープを作ることが可能になったことで、織火はトップスピードを発揮できるようになった。

 一方、〈ラーゼンラート〉側もまた、行動パターンを変えてきている。


 輪を小さく絞り、〈ラーゼンラート〉は跳躍。

 襲撃時のように、柱に体を反射させながら迫ってくる。

 縦横無尽に跳ねまわり、規則を持たない。

 

 走りながら、その軌道に目をこらす。

 右斜め背後から接近してくる〈ラーゼンラート〉を・・・振り払うように、後ろ手のクローで迎撃。


「そこだ―――!」


 ヒット。膨れた腹に、焦げる傷跡が刻まれる。

 柔軟な皮膚で跳ねる力を増幅しているからか、この攻撃を使う際、〈ラーゼンラート〉はトゲを出さない。付け入る隙だ。

 しかし飛ぶ勢いを殺すには至らず、織火もまた、脇腹に衝撃を受けてよろめく。


「ぐぅッ!!―――まだ、まだァ!」


 決定打にこそ至らないが、よく見れば織火にも〈ラーゼンラート〉にも、浅い傷跡がいくつも刻まれている。

 接近時にクロスカウンターを叩き込み(叩き込まれ)続けているようなものだ。




 だが―――このまま続けば、敗北するのは自分だと、織火は思っている。

 それは、〈ラーゼンラート〉のもうひとつの行動・・・最大にして最強のを攻略できていないからだった。




 泳ぐ〈ラーゼンラート〉の姿が突如、視界から消える。

 潜った。


(また来やがった―――!)


 織火はそれを確認するや否や、即座に最大速度でその場から離脱。


 直後、轟音と風。

 さっきまで織火がいた場所から―――デア・ヴェントゥスを襲ったあの"水竜巻”が発生し、周囲の柱をなぎ倒しながら荒れ狂う。

 そしてしばらくすると、〈ラーゼンラート〉ごと、どこかへ消失。

 やがて別の地点から、再び反射攻撃が始まる。




 ―――この繰り返しだった。

 

 攻撃を当てること自体はできる。

 だが、離脱を許してしまうが故に、やはり織火には決定打がない。


 織火が持っている最も威力のある攻撃は、最大チャージのパルスカノンだ。

 だが、チャージ中はパルスがそこに集中し、また命中させるためには姿勢を整える必要がある―――すなわち、加速ができない。

 この巨魚を相手に足を止めることが何を意味するかは、言うまでもなかった。


 さらに都合の悪いことに・・・恐らく〈ラーゼンラート〉のパルス制御器官は、体外に露出しているタイプではない。

 治療中の座学で、織火は学習していた。全ての巨魚が、あの〈グラディエイター〉のように分かりやすい形で器官を持ってはいないということ。

 トゲに狙いをつけて攻撃もしてみたが・・・何本かへし折っても変化はなし。

 ほぼ間違いなく体内だ。




 つまり、織火が求められているのは。

 ―――『加速を絶やさず』。

 ―――『あの竜巻を抜けて』。

 ―――『完全に〈ラーゼンラート〉を粉砕する』。

 絶望的なオーダーだった。




(隊長たちのところに誘導するか―――!?

 ・・・いや、向こうも交戦中かもしれない・・・!

 隊長ひとりならまだしも、レオンやデアを庇いながらあの竜巻を破るのは・・・

 不可能じゃないかもしれないけど、危険だ!

 それに―――リネットがまだ動けない!)


 もし、リネットと離れてから、追い付けない速度でそっちに引き返されたら。

 動けない、動けても消耗しているリネットは―――確実に殺される。


(くそ、くそ―――くそっ!!

 俺には足りない・・・俺には欠けている・・・!!

 その方法が―――力が―――技術が!!!)


 前にも行けず、後ろには戻れない。

 右や左に何があるわけでもないし、下は相手のテリトリー。

 かといって、上には―――、






 


 太陽に目がくらむ。回想リフレイン


 ―――私が教わってきた『戦士』というのは、そういうものです―――


 その中に、織火は・・・逆光に燃える、オレンジの瞳を幻視した。



 





「・・・やるんだ・・・!!」


 天を仰ぐのをやめ、前を向く。

 折れかけた心を、加速の逆風で無理やり起こす。


「やると決めて・・・やって・・・・・・・・・やり遂げる!!」


 回想リフレイン

 さらに深く・・・もっと強く。


 数少ない記憶から、織火は探す。

 

 手段を探す。

 行動を探す。

 経験を探す。

 結果を探す。 


 理論を探す。

 その理論を探す。

 

 

 ―――それが、巨魚どもの伝達速度―――

 ―――同時使用はできん、タイミングには―――

 ―――恐らく―――濡れると自分にも―――

 ―――素材には、君がへし折った〈グラディエイター〉の角を―――




 


『生身でやれば、あの“爆発パンチ”は無茶でしかないけどね。

 あれは戦法としては悪くないと思う。

 やろうと思えば、きっと同じことができるはずだ』






「―――――――――これ、だ・・・!」


 答えが、見つかった。

 

 自分の腕。

 失って手に入れた、戦うための腕。機械仕掛けの黒い腕。

 可変する武器。水を用いる大砲。パルスの爪。

 そして、自分の速度。この肉体全て。


 恐らく、チャナやドクターすら想定していない―――ある運用法。




 思考をやめた瞬間、跳ね回る音が聞こえる。

 それを―――織火は、距離を取り始めた。


(必要なのは、距離と加速―――そして、それを許すだけの時間だ)


 織火は、〈ラーゼンラート〉の竜巻に関して、ある仮説を立てる。

 こちらが動いていれば、やつは反射攻撃を使うだろう。

 だが、こちらの場所が分からないか・・・もしくは、

 ・・・確実に仕留めるために、必ずあれを使ってくる・・・!




 織火は、走りながら柱を破壊し―――進路上から取り除く。

 そして、一定距離まで来ると、ブレーキをかけて反転。

 パルスカノンを注水し、チャージを開始。


 水上に現れた〈ラーゼンラート〉は、それを確認する。

 そして―――今度は水に潜ることをせず、水上で空気を取り入れ始めた。

 ぶくぶく、ぶくぶくと巨大化していく〈ラーゼンラート〉。


『チャージ限界です』

 システム音声が告げるが、まだ足りない。

 アラートが鳴り出す。まだ足りない

 砲身がぎしぎしと音を立て、内側から圧迫される―――まだ!


 膨れ上がった〈ラーゼンラート〉はその場で空気を吐きながら高速回転。

 早くなるごとに水を巻き込む。はじめは大渦に。

 そして表裏が裏返るように、今日最大の大竜巻を発生させた。




 動き出す〈ラーゼンラート〉―――暴虐の車輪。

 あたりの柱が、巻き込まれるままに浮き上がり、バラバラに砕け散る。


 もはや、この柱とお前の区別など付かない。

 ・・・そう告げるかのように、緩慢な威力を織火へと運ぶ。


 


 鳴り響くアラートも、風に飲まれて聞こえない。

 織火は、深く深く息を吐きだすと―――パルスカノンを構え。




 


「―――形態モード解除オフ!!!」


 それを、

 チャージしたパルスをそのままに、カノンを黒い腕へと戻した。






 バラバラのプレートに戻り、収納される砲身。

 極限までパルスを溜め込んだ水は、器を失い宙に散らばる。

 バチバチと音を立て、激しい光を放つ水。


 全力でかかとを踏み、割れんばかりにペダルを押し込む。

 すぐ目の前、不定形の力の塊を目掛けて、急激に加速。


 腕全体で水を拾う。

 巨魚の角が生み出す優れたパルス吸収性。

 余すところなくパワーの全てを、その黒鉄の肌へと吸収する。


「う、ぐああ・・・ああああああ!!!!!!!」


 過剰なパワーが集束し、腕全体が青白い輝きを帯びる。

 抑えきれないほどの力に、暴れまわる右腕。

 素肌なら耐えきれない熱量。

 だが―――とうにその腕は、人類のそれを逸脱している。




 水を巻き込み巨大化する竜巻は、ついに太陽の光を飲み込んだ。

 背を反り迫る、意思持つ嵐。


 織火は止まらない。

 今や、加速はジェットブーツが生み出すものではなかった。

 輝く右腕そのものが、光を吹き出し推進する―――!








「『スピードスター―――」








 視界が闇に包まれる。

 回転する絶望の壁。

 織火の右腕が―――








「――――――ストライド』ッ!!!!!!」








 ―――なにかに触れることは、なかった。

 

 水の壁は、触れる前にパルスの反発ではじけ飛んだ。

 一筋の流星と化した御神織火は、〈ラーゼンラート〉の肉体をとらえ―――、反対側の壁を突き付けた。


 膨れた肉体に、大穴を穿たれた〈ラーゼンラート〉。

 衝撃の瞬間に流し込まれたパルスが、体内を暴れまわる。

 全身に浮かび上がる青い熱量。


 織火は、水面を殴りつけるように波を操り、停止する。

 それと同時に、あれほど凄絶だった〈ラーゼンラート〉の回転も止まり。




 爆ぜる光が、嵐の全てを吹き飛ばす。

 ―――あとには、海と太陽が残った。

 

 取り戻された陽光が、勝利に掲げた右腕を、より黒く映し出している。


                                ≪続≫

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