第2章 -11『VS〈ラーゼンラート〉①』

 

 織火は、決定打に欠けていた。

 

 〈ラーゼンラート〉は速度の面で織火と同程度であり、遠距離から足を止めて撃つパルスカノンは、走り続けている相手には命中しない。

 ならば追い付いて斬撃を仕掛けるのはどうか。織火は並走しながらパルスクローを

振りかざす。


「・・・んの、野郎ッ!!」


 ガキン、という音を立てて、織火の爪が止まる―――体から生えるトゲだ。

 超硬度のトゲは威力と防御力を兼ね備え、向こうが寄れば突き刺し、こちらが寄れば攻撃を受け止めてしまう。

 

 〈ラーゼンラート〉は車輪全体を寝かせるように倒し、急激にカーブ、そのままの勢いで織火を轢きにかかる―――織火はとっさに水面にくぼみを作り、スライディングするようにしてこれを回避。


(くそッ・・・!せめて真正面を叩ければ・・・!)


 織火は、〈ラーゼンラート〉のトゲが顔からは生えていないことに気付いていた。

 しかし、そこはまさにあの凶悪な水の車輪がカバーしている。追い抜いて前に回ったとしても、振り向くスキに轢き殺されるのは明らかだった。


 


 攻防・速度にまで隙がない。

 

 〈グラディエイター〉のような、見た目に分かりやすいサイズの威容はない。

 しかし、〈ラーゼンラート〉もまた確かに凶悪な上位種なのだと、織火は思い知らされていた。




 加えてさらに性質が悪いのが、の存在だ。


 織火は〈ラーゼンラート〉が作った鉄柱の檻の中で戦うことを強いられている。

 破壊しようとすればその隙を狙われるため、外に出ることができない。


 しかし―――〈ラーゼンラート〉側は、群れを連れている。




「オルカ、外!次が来ます!」

「チッ・・・!!」


 警告の直後―――檻の外側から、ふたりそれぞれに対してが浴びせかけられる。

 織火は急加速、リネットは宙返りでこれを回避。


 レーザーの出所は、檻を取り囲むように集まった―――テッポウウオの巨魚。


「この檻は〈マズルローダー〉の射撃を邪魔させないためだったんですね・・・!」


 〈マズルローダー〉が織火とリネットとを同時に攻撃するため、リネットも迎撃に追われ檻の破壊に手が回らないでいた。




 付け加えるならば―――リネットの、体質的な弱点も原因のひとつ。

 船でのブリーフィングで、リネットは織火とレオンに説明していた。


(事情は伏せますが―――私は、あまり長くパルスを使えません。

 アンカーやライフルも、パルスを充填する『カートリッジ』が動力です。

 最大出力で攻撃を行えば、すぐに戦線を離脱してしまいます)


 リネットが狙撃を主体としているのも、極力動きを少なく、カートリッジの消耗を抑える目的のためだった。




 しかし―――どちらかが無理をしなければ、この局面を打破することは叶わない。

 そして、残すべきはミカミ・オルカの機転と爆発力。


 それがリネット・ヘイデンの戦闘員としての判断だった。




「オルカ。あと五分だけ逃げきって下さい。

 それだけあれば、邪魔な砲台を全て撃ち抜いてやります。

 ついでに、その窮屈そうな場所から出してあげますよ」

「・・・やれるのか・・・!?」


 事情を聞いている織火は、リネットを慮って声をかける。

 しかし・・・リネットはそれをきっぱりと切って捨てた。




「やるんです。

 やると決めて、やって、やり遂げる。

 ―――私が教わってきた『戦士』というのは、そういうものです」




 織火がちらりと見たリネットは、好戦的な笑みを浮かべていた。

 逆光に、オレンジの瞳が煌々と燃えている。


「でも、終わったら落っこちるかもしれないので。

 そうしたら受け止めて下さいね」

「―――分かった・・・任せたぜ!」

「了解・・・!」


 リネットは、眼下の群れを見据えた。

 数は把握している。撃たれた回数をカウントするのは得意分野だ。

 

 ―――これから、お前たちには数えられないほど撃ってやる。


 リネットの手で、狙撃ライフルがコンパクトに折り畳まれる。

 それを腰の後ろにマウントすると、肩の上から手を回し、背中のジェットパックの上部に触れた。

 そこからせり出してきたものを掴んで、引き抜く。


 二挺のブラスター。

 織火やレオンが使っているものより大きく、砲身が長い。

 実際の銃・・・オートマチック・ガンに近いフォルム。


 リネットがパルスを込める。

 青いライトラインが、禍々しいアートを浮かばせる。

 凶悪な顔をした、骨だけの鳥。


「『イーグルフェザー・ゴースト』、スタンバイ」


 宣言する。

 ジェットパックが音声認識を受け入れ・・・噴射が停止。

 ぐらりと倒れるように落下を開始する。

 

「ふッ―――!」


 天地を失ったまま、空気を蹴るように両足を伸ばす。

 今まで沈黙を守ってきたジェットブーツが稼働し、リネットは急激に降下。




「―――ウィング、起動オン!!」




 同時に、パックの両側から―――機械仕掛けの翼が展開される。

 幽鬼の青い火を帯びて、荒鷲の霊は羽ばたく。


 〈マズルローダー〉が、降りてくるリネットを一斉に迎撃。

 スカイ・ダイビングのように膝を抱えて回転しながらこれを回避し、最小限の準備動作で連続射撃。数匹に命中する―――が、死なない。

 

 水面スレスレで体制を直し、高速でスライドしながら横回転。

 類まれなる動体視力で全ての攻撃を視認しながら、バレエのように潜り抜ける。


 ―――反撃・反撃・反撃。

 ―――命中・命中・命中。

 しかし、またしても〈マズルローダー〉は死なない。


 檻の反対側から射撃が来る。

 織火が大勢を崩すのが見える―――流れ弾。

 

 回避しつつジャンプ、羽ばたきながら一足飛びに反対側へ。

 空中で回転しながら雨あられと弾をバラまく。


 少なく見積もっても二十を下らない数の弾丸が命中している。

 にも関わらず、ここまで一匹たりとも〈マズルローダー〉は減っていない。


(―――そろそろ、閉じにかかりましょうか―――!)


 リネットは、自分を取り囲むべく集結しつつある〈マズルローダー〉を確認すると、舌なめずりを隠して大ジャンプ。




 ―――幽鬼の翼が、太陽を染めて青くゆらめく。

 

 それは錯覚ではなく・・・ウィングから、青い粒子が周囲に散布される。

 


 

「オルカ!私の近くへ!」 


 〈ラーゼンラート〉が、空中からトゲを向けて織火へと迫る。

 織火はそれをクローで無理やり引っ掴み、噴射回転。

 一斉に銃口を向ける〈マズルローダー〉の群れへ放り投げる。


 リネットは群れに背を向けて着地し―――振り向くこともしない。




 群れのほとんどに仕込んだが・・・パルスの混じった霧に反応し、ゆらりと死手の火を上げる。


 渾身の勢いで翼を閉じる。




「―――『火葬クリメイション』!!!」




 ―――爆発・爆発・爆発。

 大気を満たす青い熱が、生ける砲台を灰燼に帰す。


 破られた檻の外、死せる荒鷲はもういない。

 かわりに―――


「さぁ・・・あなたのフィールドですよ、オルカ」


 ―――速さに飢える黒いシャチが、放たれた。


「―――さァ・・・!

 ラップ2といこうぜ、〈ラーゼンラート〉!!」


                        ≪続≫

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