第2章 -10『必殺技』
「さて・・・まず、これを見てくれ」
ドクター・ルゥはそう切り出すと、グランフリートと、今向かっている目標地点がフォーカスに収まった地図を表示した。
「俺たちが目指してるのはここ、ロシア海ギガソーラー施設の跡地だ」
画面上の地図が拡大される。
ほとんどのソーラーパネルは撤去されているのか、残っているのはパネルを支えていたと思われる無数の柱、そして管理棟らしき建物だけだった。
さらに、地図に赤いポイントが無数に表示され、跡地を中心にぐるぐると回る。
「このギガソーラー跡地に、大量の
規模からすると複数の群れだが・・・縄張りを争う素振りがない。
それどころか、そのときグランフリートへ向かっていた群れも、
引き返してここに参加してる」
「ダウソン戦闘員、発言します。当該座標にコロニーがあるのでは?」
「現在に至るまで、この地点にコロニーは確認されていない」
コロニーとは、巨魚の巣、住処のことだ。
強い個体が運営しているものになると、複数の群れが共存することもあり得る。
だが、画面上に表示された過去のデータにも、コロニーの存在を示すものはない。
コロニーでないとすれば、考えられる可能性は多くない。
オリヴァーが、一段低いトーンで質問する。
「・・・例の反応は?」
「出ている。これまでになく分かりやすくな」
管理棟を中心に、円形のイメージが展開される。
その範囲は、巨魚の群れの行動範囲とピタリと一致する。
「ほぼ間違いなく・・・『制御された群れ』だと考えていいだろう」
「・・・・・・・・・制御された・・・」
織火は、あの日〈グラディエイター〉に噛まれた左肩を抱いた。
今もなお、そこには生々しい縫合痕が残っている。
通常の巨魚ではあり得ない挙動、取り得ない行動を取る巨魚。
明確な意思のもと、制御された個体。
その恐ろしさを、ある意味、この場の誰より知っているのが織火だった。
リネットが声をかけてくる。
「大丈夫ですか?」
「・・・ッ、ああ。もう怖がっちゃいられないさ・・・!
街には、俺より怖がってるやつもいるかもしれな―――」
そこまで言って、織火はふと気付いた。
目標地点と、グランフリート。
その位置関係。
「・・・・・・・・・ドクター。ちょっとここ、拡大できるか?」
「あ?・・・あぁ、ここか。
ソーラー施設から最短距離の接岸座標だな。いいぞ」
写真が拡大される。
(―――えーっと、あのへん)
そこには、ハッキリと―――海の見えるベンチが写っていた。
(―――よくみて、あそこだよ)
「・・・・・・・・・フィンの家だ・・・!!」
「・・・フィン?誰だ?」
「昨日、散歩してて・・・公園で女の子に会ったんだ。
その子はグランフリートじゃなくて、外に住んでるって・・・!
指差したのは、確かにそのあたりだった・・・!」
「―――お前はくだらない嘘つく奴じゃねぇ。
それを分かった上で言うが・・・・・・・・・その施設は今、無人だ。
とてもじゃないが人間、それも女の子が住める環境じゃねぇぞ」
「え―――そ、そんな・・・でも確かに・・・」
織火が混乱していると、通信越しのチャナが話しに加わってくる。
『考えられる可能性は、いくつかあるよね。
ひとつ。オルカじゃなくて、その子が嘘つきだった。
ひとつ。何か事情があって、こっそり隠れてそこに住んでる。
もうひとつは―――最悪、この巨魚大運動会の原因』
「原因―――って、犯人だってことか!?」
『犯人かもしれない。
けど―――もうひとつ、オルカは思い当たるはずだよ』
チャナは、ちらりと目線を送った。
その先には、織火の右腕がある。
「・・・・・・・・・・・・・・・狙われてる?」
「そうか・・・潜在的な
自分のパルスを制御できてなくて、その娘を狙って集まっている?
充分にあり得る話だ。わざわざ遠くに隠れ住むのも説明がつく」
『織火が東京に移ったのと同じことをしてるのかもねぇ』
「俺と、同じ・・・」
自分と、同じもの。
同じ理不尽、同じ悲しみを味わっている人間がいる。
その可能性を―――御神織火は許せない。
「―――隊長」
「わーってるよ、そもそもやるこた一緒だ。
・・・そのガキの捜索と救助も、作戦の視野に入れる。
ただし!それを理由に先走って無茶はすんなよ!
お前とレオンにはまだ必殺技もねぇんだからな!」
「ひ、必殺技?」
思わぬ単語の登場に織火とレオンは目を丸くする。
だが・・・それを聞いて冗談だと受け取っている者は、どうやらふたり以外にいないようだ。全員が真剣な顔をしている。
ドクターが説明を加える。
「パルスというのは、肉体から発するものだ。
人間の場合、それは精神と密接に繋がっている。
精神が不安定なら制御が難しくなり、意識が薄いと出にくくなる」
織火は、過去の惨劇を思い出した。
怒りによって制御できなくなった自分のパルスを、感覚として覚えている。
「例えばオルカ。
お前のモチベーションの源は、クラスメイトだろ?」
「・・・そう、だな。基本、俺は知り合いを守りたくてここにいる」
「じゃあ・・・そうじゃない任務のとき、どう気持ちを保つ」
「え・・・?」
「特に何もしていない巨魚のコロニーに、研究目的で攻め入ることもある。
新型武装のプロモーションや、単なるアピールだってあるかもしれない。
そういうとき、お前―――やる気出るのか?」
「―――それ、は」
考えたこともなかった。
組織の一員として動くのだから、そういうこともある。
そしてそれは―――確かに、織火にとってあまり気の進む任務ではない。
「別にそれを責めるわけじゃない。
だが、『したくない任務のとき、どうやって最大限を発揮するか』?
これが常に課題になるわけだ。
そういうときに・・・いわゆる、必殺技が重要になる」
ドクターは片手で拳を作り、もう片方の手の平に軽く押しあてた。
「必殺技ってのは、『これで必ず倒す』という強い意識で使う技だからな。
それをすること自体が、お前のパルスを最大まで引き出す」
織火は、輸送船で見た、オリヴァーの戦いを思い出した。
―――『
オリヴァーはそもそも強かったが、あの技だけは確かに、段違いの威力だった。
「教えてから実戦といきたかったが、帰ってからだ!
何なら別に戦いながら編み出したっていいぜ!」
『隊長それ毎回言うじゃん』
「私も言われました」
「そんでリネットは実際編み出したもんな」
「・・・もしかして、『フィッシャーマンズ・ゴースト』?」
「はい、あれは実戦でとっさに思い付いたものです」
「そうだったのか・・・」
オリヴァーは、ジャイアント・アンカーを持ち上げる。
それを示しながら、織火を見る。
「『必要』ほど気持ちを強くするもんはねぇ。
戦う中で、こうしたい、こうできなきゃって局面は必ずあるもんだ。
そのとき自然と、お前の中に現れるだろうぜ。
必殺の行動、その理論がな」
「・・・理論・・・」
今はまだ、織火にはそれがピンと来ない。
だが、ピンと来ないという感覚には経験があった。
スプリンターのころ、タイムが伸び悩むときは必ずそうだった。
そしてそこを抜けたとき―――気付けば、自分の中には理論がある。
戦いでも、あれが起こるということなのか。それなら―――
『警告!!警告!!
上位個体の反応があるッス!!』
―――思考はアラートに中断される。
モニターがソナーに切り替わった。
デアの周囲に、あの上位個体のシンボル・・・イエローのアイコンがある。
デアと上位個体のアイコンは、ほとんど重なり合っているようだった。
「オイオイ真後ろじゃねぇか!!何で観測できなかった!?」
『ソナー範囲外の深度に隠れてやがったッスよ!!
急激に浮かび上がってきたッス!!』
「デッキに出るぞ!!」
ブリッジから直通のリフトで、戦闘員がデッキに上がる。
船体の真後ろを確認する。
―――強風。風の音。風のような、水の音。
次の瞬間。
視界は、巨大な“水の竜巻”で埋め尽くされた。
「う、おおおおお!?!?」
「のっノエミ先輩、回避ぃ!!左右どっちかに回避です!!
大至急ーーーっ!!!」
『そ、そんないきなり無理ッスよぅー!!』
「いや待て、もう戦闘区域が近ぇ!!
これだけ大規模な攻撃、群れの雑魚どもは近づけねぇはずだ!!
いっそ加速してこのまま施設周辺まで突っ込め!!」
『あ、アイアイサーッス!!!捕まってて下さいッス!!!
メイン・パルスエンジン最大稼働!!!おりゃああああああ!!!!!!!』
船体を走る水色のラインが発光する。
デア・ヴェントゥスが、艦船の常識をはるかに超える推進力を発揮する。
「ぐ、ぅう・・・おぉおお・・・!!!」
後ろからは竜巻が、そして前からは暴風が襲っているようだ。
風の生み出す地獄の先、その場所が近付いてくる。
まるで墓標のように立ち並ぶ無数の柱。
その中心部。今なお照らす朝の太陽、その恩恵を受けることのなくなった管理棟が、錆と藻屑にまみれてそびえ立つ。
柱の合間を縫うように、デア・ヴェントゥスは走る。
小さな柱に関してはぶつかってへし折りながら、致命的なダメージは避ける。
ノエミの制御技術の高さを感じさせた。
不意に、追い立てる竜巻の勢いが弱まった。
徐々にそれはシルエットを水面に向けて小さくする。
「へへっ、さすがに疲れてきたか!!」
水面へと縮んだ竜巻は・・・・・・・・・しかし、消える気配がなかった。
むしろそれは、消えているというよりも―――輪を作っている。
少なくとも、織火にはそう見えた。
輪の中心付近に、浮かび上がってくる影があった。
大きさは2メートルほど。
それは魚にしてはでっぷりとした丸いシルエット。
だが、目や口、ヒレも備えている。
水面に出てきた、その姿は。
「―――フグ?」
『そうだ、フグだ!!』
ブリッジにいるドクターから、ヘッドギアへ通信が入る。
『すまん、検索に時間がかかった!!
ドイツの発見らしくてグランフリートにはデータがなかったが、見つけた!!
そいつは〈ラーゼンラート〉!!希少種だ!!』
「〈ラーゼンラート〉?どういう意味だ?」
「そいつは―――」
ざぱん、という軽いジャンプ音。
〈ラーゼンラート〉のジャンプに合わせて、輪が・・・縦向きに浮かび上がる。
輪の中心に収まった〈ラーゼンラート〉は、回転に合わせ、自身も回転する。
トルクが上がる。
トルクが上がる。
上がる。上がる。上がる。
―――車輪が着水した瞬間、猛スピードでデッキに飛び出す!
「避けろッ!!」
「ッ―――!!!」
高速で迫る水のサークル。
とっさに飛びのいた織火、上空に回避したリネットは、推進を続ける置いて行かれる形になった。ダメージはなし。
『み、みんなーーー!!!大丈夫ッスかーーー!?!?』
「大丈夫だ!回避した!」
「問題ありません!」
リネットは船へと叫ぶ。
「隊長たちはそのまま管理棟へ!
群れの集結をどうにかしなくては、どのみち不利です!
―――〈ラーゼンラート〉は私たちで食い止めます!」
「・・・分かったァ!!頼むぜ、リネットォーーー!!」
「・・・了解!」
〈ラーゼンラート〉が、立ち並ぶ柱の合間をピンボールのように反射する。
そのたびに柱がひしゃげ、折れ、砕け飛ぶ。
やがて、広い空間が出来上がる。
倒れ込む柱が絡み合い、逃げ場のない猛獣のオリのようになったその空間。
〈ラーゼンラート〉が、膨れた腹を鳴らして着水した。
再び回転。水で象られる、暴虐の車輪。
トルクが上がる、上がる、上がる。
織火はかかとに力を込める。人類の叡智、鋼の靴。
出力が上がる、上がる、上がる。
織火が/〈ラーゼンラート〉が/飛び出す。
同等の速度ですれ違った両者は、互いに同じ方向へ旋回し―――完全に並走。
檻の外周を疾走する。
織火はアウトコース、〈ラーゼンラート〉はインコース。
〈ラーゼンラート〉が、脇腹からトゲを生やす。
檻の壁へ織火を串刺しにすべく迫る。
「フグじゃなくてハリセンボンだな、あとでドクターに報告しよう。
ところで、お前―――」
織火は、バトルアームを『盾』のまま構え、
「―――俺はラフ・プレーがこの世で一番嫌いなんだよ!!!!」
そのままトゲを受け止め、壁を蹴りつけてこれを弾く。
クラッシュ。両者の距離が空く。
スピードは、未だ同等。
ホイッスルのないレースは、それがスタートの合図となった。
≪続≫
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