第2章 -9『女神の風、その女神』

 

 織火が基地のゲート前まで来ると、リネットとでくわした。

 すでに戦闘用のスーツを着ている。


「基地の裏手側、係留施設に集合です。

 あなたのスーツはそちらに運んであります」

「助かる」


 係留所までは距離があるので、走りながら会話になる。


「どこかへ行っていたんですか?」

「ちょっと散歩。習慣なんだ。

 けど、これからは控えるべきだなこれは・・・」

「いえ、大事にして下さい。

 私生活まで戦いに捧げるのはくだらないですよ」

「・・・失礼かもしれないが、ちょっと意外だな。

 リネットこそ、普段から戦闘員のタイプかと思ってた」

「ふふっ、それはこの敬語の印象ですか?」

「まぁ・・・そうだな」

「私にも趣味の時間はあります。

 それを戦いに潰されるなんて嫌です。ダメ。絶対ムリネットです」

「なるほど、絶対ムリネットか」

「はい。絶対ムリネットです」

「―――あの・・・『絶対ムリネット』って何?」

「さ、急ぎますよ」

「なあ絶対ムリネットって何?」

「ふふふ」


 これ以降、リネットの足は異常に速くなった。







 係留施設に入ると、オリヴァーが出迎えた。

 施設内は全体的に暗く、自分たちの周囲にしか照明が灯されていない。

 だが、声の反響から、この空間がかなり広いことは分かる。

 ―――暗闇の中で、何かが低い音を立てている。


「―――おう、来たな。チャナのやつは?」

「チャナっさんはあとで『自分の』で来るらしいッスよ」

「そうか、ちょうど仕上がってきたのか。分かった。

 じゃあ、とりあえずお前らも乗れ」

「乗れって・・・」

「こんなに早い紹介になるとは思ってなかったんだがなァ。

 ま、これからお前も世話になるんだ。しっかり挨拶しておけ」


 オリヴァーがそう言うと、施設全体にひとりでに照明が灯された。




 ―――美しいフォルムだった。


 わずかに光沢を帯びた、純白のボディ。

 流線を描くそれは、しなやかでありながら無機の硬度を確かに感じさせる。

 白の上を走る、水色のペイントライン。

 誇らしげに配置された、グランフリート戦隊のエンブレム。

 巨大な四基のタービン。

 

 


「―――これが、俺たちグランフリート戦隊の旗艦。

 小型高速艦『デア・ヴェントゥス』だ。

 ま、俺たちは単にデアって呼ぶけどな」


 デア・ヴェントゥス。

 最大船速40ノットの最新鋭機が、タラップを伸ばして導く。

  

「・・・そんじゃ、さっさと乗って着替えろ!

 サカナどもは待っちゃくれねぇんだからな!

 中でブリーフィングするぞ!」

 

 織火は右で拳を作ると、ボディに軽くコンと当てる。


「よろしくな、デア」




 船内に入ってすぐ戦闘用スーツを身に着け、織火はブリッジへ向かった。

 スクリーンの前に集合する戦闘員。画面には近海の情報と、端に通話状態のチャナが小さなウィンドウで映っている。


 そして、ドクターが別のコンソールを睨んでいる、すぐ後ろ―――はじめ、織火はそれが何なのか分からなかった。

 無数のコードに繋がる後ろ姿は、おおむね190cmほどの大きさであり・・・背後から見てすら、その双丘のシルエットが見て取れる。


 有り体に言って―――それは、ノエミ・カルヴィに良く似ていた。


「―――え、ノエミさん?」

「そッスよー!デア・ヴェントゥスへようこそー!」


 本人だった。本人だったので、余計わからなくなった。


「何でそんなことになってるんだ」


 織火が聞くと、ノエミはふんすと鼻を鳴らしてふんぞる。


「よくぞ聞いてくれたッスね、オルカさん!

 実はこのノエミ・カルヴィ、みなさんのオペレーターであると同時に!

 デア・ヴェントゥスの全機能の制御をひとりで担当してるッス!」

「・・・・・・・・・・・・・・・マジ?」


 目を丸くする。

 織火は船に関して詳しいわけではない。

 だが、通常、船というものがひとりで動かせるものではないことくらいは分かっているつもりだった。

 

 周囲を見れば―――何故か、他のメンバーも何かを言いにくそうにしていた。

 そんな中、ドクターが平然と事実を語る。


「お前の国だと確か・・・四年くらい前だったかな。

 会社ぐるみで犯罪してた大企業が、情報と金スッパ抜かれた事件あったろ?」

「え?・・・あぁ、すげぇニュースになってたな・・・・・・・・・それが?」

「ノエミの仕業」

「え!?」


 ノエミを振り返る。ウィンクでサムズアップしている。


「ものすげえ凄腕のハッカーなんだよ、コイツ。

 そんなことばっかやってたら、マクミラン公の目に止まってな。

 何をするかと思ったらスカウトしてきやがったのよ」

「いやぁー、この船の機能に目がくらんでついつい!

 でもいいじゃないッスか!アタシ、バッチ役に立ってるッスよ!」

「・・・そういうワケなんで、運航に関しちゃ心配ねえよ。

 別の心配に関しては、今のところは諦めておくんだな」


 にわかには信じられないが、ドクターは嘘を言うタイプではない。

 どうやら全て本当のようだ。


 ノエミは改めて制御シートに座り直す。


「んじゃ、とりあえず発進しちゃうッスからね!

 揺れない構造にはなってるッスけど、念のため備えておくといいッス!」


 全員、少し壁に寄る。

 ノエミは、スーツの喉元あたりのスイッチを押す。

 すると、うなじのあたりが開放され―――素肌の首筋に直接インプラントされた、

ジャックがあらわになった。

 今まで繋がっていなかった細い銀色のコードが、首筋に接続される。

 

 船のメイン・システムが起動した。






「ハロー」

「アドミンよりメイン」

「応答を要求」

   ▼

   ▼

   ▼

   ▼

『権限コードを認証』

『ハロー・アドミン』

『命令を入力して下さい』


「マクロ01004実行」

「指定座標入力」

「出力は30指定」

「変数は随時修正」

「許容誤差2%」

   ▼

   ▼

   ▼

『イエス・アドミン』

『座標確認』

『マクロ01004を実行』

『出力30』

『変数を2%で修正』




 ただ一分の誤りもなく、ノエミは命令を出す。

 脳の中には、変化する情報の全てがあった。

 指先で髪をいじるように、あらゆる機能を起動していく。




「ウィング展開」

「Xデフォルト、Yプラス12」

   ▼

   ▼

『ウィング展開』

『X・Y角度調整完了』


「タービン起動」

「サブエンジンを40%で同時駆動」

   ▼

『タービン起動』

『サブエンジン駆動率40%』




 ノエミが命令のために声を出す。

 システム音声がそれに返答する。 

 タイムラグが、繰り返すたびに縮まっていく。

 

 全準備完了。






「『 発進スタート 』」






 ―――そして、全てはひとつとなった。

 

 デア・ヴェントゥスが女神の生み出す風ならば。

 今この瞬間、ノエミ・カルヴィこそは、風を司る女神である。




『よっしゃーーー!!行くッスよーーー!!』


 スピーカーから流れる女神の声が、大音量でハウリングする。

 耳をふさぐ戦士たちを乗せて、船は動き出した。


                        ≪続≫

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