第2章 -8『光る月の少女』


「チャナの完敗に乾杯~~~~~~!!!!」

「「「「「カンパ~~~~~~イ!!!!!!」」」」」

「覚えとけお前ら」


 突発実力テストから二時間後。

 基地から歩いて十数分の最寄り、オリヴァー行きつけのダイニングバー『RIDE』では、改めて織火とレオンの歓迎会が開かれていた。

 だまし討ちを仕掛けたお詫びと負けたケジメ、そして、オリヴァーとチャナの間にあらかじめ決められていた賭けにより、この場はチャナ持ちだ。


「だっはっはっは!!アレ相手に上から仕掛けるか!!

 おもしれぇ作戦考えるなァ、レオン!!」

「恐縮であります!!!」


 人手不足の部隊のため基本的に酒はご法度となっているが、『俺には関係ねぇ』と言い放ったオリヴァーはすでにボトルを二本も空けていた。ひたすらに絡まれているレオンも、気分は良さそうに見える。

 

 一方の織火は、こういった宴会の場をほとんど経験したことがない。

 どうしたらいいか分からないが、好きなものを頼んでもいいという言葉に甘えて、メニューから自分の好物を探そうとしていた。


「グランフリートにもあるのかな・・・」


 ひとりごとを言うと、付近の席からリネットとドクター、ノエミが覗き込む。


「何探してるんですか、オルカ」

「ここはメニュー数が多いからな、探せば普通のもんは大概あるぞ」

「オルカさんの好物、気になるッス!」

「・・・えーと・・・・・・・・・あっ、あった!あるのか・・・!」


 織火がメニューから見付けて指差したのは・・・漆塗りのお椀に入った、茶色の汁。

 希少度の高い野菜を避けて、魚肉を丸めたものや、キャベツが入っている。

 そのまま近くを通りかかった店員を呼び止め、注文を通す。


「味噌汁ひとつ」

「かしこまりました~!」


 織火は席に座りなおした。心なしか少し、わくわくしている。


「おみそしるッスかぁー!」

「オイオイ・・・お前なあ。

 いくら日本人だからってパーティで味噌汁を頼むかぁ?」

「なんだよ、味噌汁が好物じゃ悪いか?

 小さい頃から学生寮まで、晩メシの味噌汁を欠かしたことはないんだ俺は。

 カレーライスにだって味噌汁を付けてやる」

「へぇ。オルカもこだわりがあるんですね」

「・・・変か?」

「変ってことはない。

 むしろいいんじゃないか、人となりが見えるってもんだ。

 なんだか分からないやつを好んで助けるバカは、いるが多くない」

「それは―――まぁ、そうなんだろうな」


 分からないことと、分かり合えないことは違う。

 後者を納得し合うには、お互いの心を晒す時間が必要なのだろう。


 テーブルの向かい側で、チャナにまで絡まれだしたレオンを見る。

 ―――またあとで、もっとちゃんとお互いの話をしようと織火は思った。


「おまたせしました~!」

 

 味噌汁が届く。

 織火は、軽く汁を箸で混ぜてみた。

(あっ。これ、赤味噌だ。

 最近、サルベージ品が見つかって製法が広まったんだったか?)


 水没した都市からは、様々な品が引き上げられることがある。

 サルベージ品によって知識や技術が復活することは、この世界ではよくある話だ。


 織火はまず魚肉団子を食べ、音を立てて汁をすすった。

 赤味噌のほどよい辛みが心地よい。巧みな味付けだった。

 ―――完食。箸を置き、手を合わせ、一息つく。


「たまに来よう・・・」


 思わず口に出してしまう。

 しまったと思ったときには、全員が笑い出していた。

 織火も笑った。







「―――じゃあ、先に帰ります」

「おう、風邪ひくんじゃねぇぞ」

「明日からも訓練だぞ~」


 オリヴァーが『副隊長と話がある』と言うので、チャナ以外の参加者は店を出る。

 ふたりだけになったのを確認すると、オリヴァーは新たに酒を注文する。


「飲みすぎないでよー?」

「なんだよ、いいだろ?めでたい日なんだからよぅ」

「サイフに響くって言ってんの」

「おっとそうだった、がっはっは」

「ったく・・・」


 チャナは言いながらも、顔には笑みが浮かんでいる。

 いつものハイテンションとも、気遣いのものとも違う、リラックスした顔だ。


「後輩もずいぶん増えたな」

「そだね」

「優秀な新人どもだ。

 俺がお前を拾ってきたときは、もっと弱っちいもんだったけどなァ」

「ちょっとひどくなーい?相当頑張ったんですけどー」

「ははは、悪ィ悪ィ。分かってるって」


 オリヴァーはひとしきり笑い―――ふいに、真剣な目をした。


「そろそろ、大丈夫なんじゃねえか」

「―――まだ全然だよ。

 は・・・こういうときにならないと、本当の顔ができない」

「そうか。ま、別にずっとそのまんまでも構いやしねぇさ。

 “契約”は無期限だ、勝手に投げ出したりはしねぇよ」

「うん」


 机と腕の間に顔をうずめながら、チャナはコーラのグラスを揺らす。

 からりと、寂し気な音を立てて、氷が溶けた―――。







「―――・・・んん、さすがに疲れてるな」


 織火は宿舎の部屋に帰ったあと、夜風を浴びに再び外へ出ていた。

 基地の座標は通信端末のナビに登録してあるので、散策がてら街を歩く。


 明かりもほとんど消えた住宅街。

 せまい通りを歩いていると、街灯の光を見つけた。

 ふらりとそれを追うと・・・不意に開けた場所に出る。

 芝生と砂場、小さな遊具。


「公園か・・・」


 入口をくぐって、レンガの敷かれた上り坂。

 頂上まで歩くと、海が見えるベンチが設置されていた。


 


 ―――その場所には、街灯の光もわずかに届かない。

 真夜中、海と月だけが照らすベンチに、少女が座っていた。




「―――ん」


 少女が振り向く。

 薄明りに照ってきらめく、金色の髪。

 向こうに海が透けてみえるような白いワンピース。

 それよりも眩しい―――金色の瞳。


「こんばんわ」

「あ・・・こんばんわ」

「おとなりどうぞ」


 少女は自分の隣を手でぽんぽんと叩いた。

 何故か、座るように言われているらしい。


「いや、俺は」

「座ったほうが見やすいよ、月」

「―――それは、そうだな」

「どうぞ」

「・・・・・・・・・えっと、じゃあ、失礼して」


 織火は、少女の隣に腰かける。

 それっきり、しばらくお互いに無言が続いた。 




 芝生のそよぐ音と、波の返す音。

 それ以外には、ベンチと、織火と、少女だけ。

 満天のはずの星々は今宵、月を邪魔しないようだ。




「私、フィン」

「え?」

「名前。名前を教えるのは大事だって、おとうさんに習ったの」

「そうなんだ」

「あなたも、名前が大事?」

「大事―――か。

 ・・・うん、聞かれたら答えるのが大事だとは教わった」

「じゃあ、名前」

「織火。御神、織火」

「オルカ。かっこいいね」

「かっこいいかな」

「うん。海と仲良しの名前」

「・・・・・・・・・ちょっと、分からない」

「アハハッ、そうかもね」


 織火は、不思議な気分になった。

 とりとめのない言葉が、どこか心地よい。

 初対面の人間とここまで話したことはなかった。


「このあたりに住んでるのか?」

「ううん、遠いの」

「どこ?」

「えーっと、あのへん」

「あのへん、って・・・そっち海だぞ」

「よくみて、あそこだよ」

「んん・・・?」


 織火は目をこらす。

 ―――最初、それは月が明るくて見えにくかった。

 だが言われてみれば確かに、何か建物らしきシルエットが見える。

 何かの施設があるのだろうか?


「あそこか」

「そう。あそこ」

「関係者?」

「遊びにきてるだけだよ」

「そうなのか」

「来られるのは、このあたりまでなの」

「家の決まりか?」

「ううん―――私が決めたの」

「自分が?」

「そう」

「なんだってそんなことを。

 パパの言いつけってわけじゃないんだろ?」


 織火がそう尋ねると、フィンは突然、悲しそうに顔を伏せる。

 ―――しまった、聞いちゃいけないことを聞いたのか。


「あ・・・悪い、答えにくいならいいんだ」

「ううん、違う。

 ―――ねえ、オルカ。オルカは―――巨魚と戦うひとなの?」

「え・・・なんで?」

「その腕」

「あ―――まぁ、隠すことでもないか。

 そうだ。俺はつい今朝から、そういう仕事をしてる」

「じゃあ、ねぇオルカ?私が―――」





 





『 ■ 巨魚ヒュージフィッシュ反応確認 ■ 』


『 ■ 巨魚ヒュージフィッシュ反応確認 ■ 』


『 ■ 関連役職各位は至急、定置へ集合せよ ■ 』









「―――!!」


 さやかな夜を、忌まわしきサイレンが引き裂く。

 あれほど明るかった月の光は、レッドアラートのランプの前で無力だった。


 通信端末が鳴る。オリヴァーだ。


「はい、こちらオルカ」

『聞こえたな?まだ接近レベルは低いが、警戒態勢だ。

 とりあえず戻ってくれや』

「了解・・・!

 フィン、すぐにここから離れて―――?」




 振り返ると―――フィンの姿は、もうどこにもなかった。

 金色などはじめからなかったかのように、黒い夜中が横たわる。




(・・・警報だもんな。自分でどこかに避難したのか)


 織火は―――どうしてか、ほんの少しの寂しさを抱く。

 だがそれはすぐに、危機への意識に飲まれて消えていった。







 ―――フィンは、建物の影から、織火が走り去るのを見ていた。

 その背中が完全に消えると―――なにもない場所へ、歩きだす。

 

 海へ、飛んだ。

 

 ―――全ては影の中のこと。月もそれを見ていなかった。


                           ≪続≫

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