第2章 -7『VS〈トライアル・メタルキャンサー〉②』
世界を満たした水は、地図だけでなく、生活の形そのものを変えた。
交通手段は車から船に取って代わり、スポーツが水上に進出する。一次産業が水を用いたものになったかと思えば、様々な薬品を水から作るようにもなる。
それら全てはハイドロエレメントという、可能性を秘めた新物質の恩恵だ。
―――戦争もまた例外ではない。
世界中から大地が失われ、必然、ほとんどの陸軍が消滅する。
残された人類の戦場は、空中と水上。
そして、ここに新たに加わる概念が―――『水中』だ。
今、この世界の水にはエレメントというエネルギーが満ちている。
より多くのエネルギーを確保すべく、水の上ではなく水の中を主たる戦場にしようとするのは自然な考え方と言えるだろう。
時期を同じくして人類の天敵・
そしてアメリカ海軍の巨魚対策部隊は、水中における巨魚との戦闘方法をいち早くマニュアル化、ノウハウを全軍に広める。
これはすぐに世界中に知れることとなり、今やほとんどの国の軍が採用する水中の戦闘術が、このマニュアルを雛形としている。
その名こそ、『
レオンことレオナルド・ダウソンが最も得意とする、軍人の戦い方。
レオンは水中に潜るとまず、上で戦闘している〈メタルキャンサー〉と織火に気付かれないよう、微弱なパルスを身体全体に流した。
同時に、アンカーを右腕から背中のアタッチメント・パックに繋ぎ変える。
背中から射出したアンカーが、水中でピタリと止まる。
パルスによってアンカー周辺の“水の流れ”だけを完全に静止、その場に固定。
チェーンの巻き取り機構を利用し、音もなく移動する。
そこは、今まさに〈メタルキャンサー〉が立っている硬化水質の足場―――その、ちょうど真下に位置するポイントだった。
(やはり、思った通りだ・・・!
面の衝撃が広げたパルスでは、水底まで硬化できていない・・・!)
〈メタルキャンサー〉は、ボディプレスやハサミの打ち付け、歩行を使って水面の硬化を行っている。
それらは全て水面に波紋として広がるものであり―――深い位置にまではパルスを流しておらず、浮島のような足場を形成していた。
レオンは足場の底に何度か触れ、ヘッドギアの計器で何かを確認する。
それを終えると―――手にする、銛のような武器を構える。
(ショット・ハープーン、用意―――)
柄のスイッチを押すと、ギリギリと引き絞られるように、全体が縮んでいく。
そして最大まで沈んだあと、カチリという音と共に固定された。
(―――発射)
―――水上の戦闘もまた、継続中だ。
距離を取りながら跳躍を織り交ぜ、カノンの砲撃で牽制しつつ、小規模な足場ならクローで破壊する。
一方、〈メタルキャンサー〉の中でチャナは気付いていた。“海の槍”で一度距離を大きく離しながら、考える。
(―――レオンがいなくなったねぇ。
間違いなく水中だ。米軍出身なら、潜水はできるのが大前提。
けど、てっきり下からも足場を崩してくると思ったのにな・・・?)
作戦会議の段階からこの展開は予想していた。武装の使用制限に関してはほぼ看破されたと考えていい。
だからこそ、先ほどから足元に何の衝撃もないのが不気味だ。
そう考えた瞬間・・・目の前を、何か細く鋭いものが通り過ぎた。
水中から飛び出したそれは、真っ直ぐに壁面へと突き刺さる。
『んんっ?』
「なんだ・・・!?」
織火が走りながらそちらに視線を向けると―――それはレオンが持っていた、銛のような武器の先端部分だった。
刺さったところから水が吹き出す。すぐにパルスを浴びて硬化し、壁にガッチリと先端部分を固定した。
そして、そこから伸びたワイヤーは、水中へと繋がって―――、
(よし―――行くぞ!!)
ひとつは、酸素を確保するための特殊なヘルメット。レオンはこれを、パルスによって水を操作し、酸素を取り出すことで代用している。
次に強靭な肉体。水の中で自在に姿勢を制御するためには、水上の何倍もの筋力、体幹、バランス感覚が必要になる。
そして―――最後のひとつ。
アンカーの固定を外し、体を進行方向へと真っ直ぐに向ける。
変形したブーツから、板のようなパーツが出現した。
角度を変えて展開しながら配置される。左右に、それぞれ六枚。
これこそが。
米軍式潜水戦闘が初めて採用した、水中における最強の移動手段。
(―――スクリューブーツ、起動!!)
回転。
モーターが咆哮する。
スクリューが生み出す水の流れが、レオンを前へと運んでいく。
特殊合金のたてがみが、その担い手を獅子へと変える―――!
レオンは、伸ばしたままのハープーンをガッチリと保持したまま、プールの外周を高速で泳ぎ始めた。一周、二周、三周―――、
『うおっ・・・!?
お、おわっ、なんッ、ぅぅぅおおおおわあああーーーッ!?』
―――当然、伸ばしたままのワイヤーに、〈メタルキャンサー〉の巨大なボディが巻き込まれないはずはない。
レオンが泳ぎ回るたびにワイヤーはぐるぐると巻き付き、その行動を文字通り縛り付けていく。
『ん、にゃ、ろ、おぉぉぉぉう・・・!!!
まさか、アイツ・・・ッ!!この、〈メタルキャンサー〉に・・・ッ!!!
単純パワー勝負を挑もうって話なのかァーッ!?』
「アイツだけならそうだろうけど、ここにはもうひとりいてさ」
『―――ハッ!?』
一瞬のスキに接近する織火。
クローをセットし、その顔面を切り裂きにかかる。
「その快適な操縦席から放り出してやるからな―――!!」
斬撃。斬撃。斬撃。
連続で斬撃を繰り出すうち―――少しずつ装甲に傷跡が付く。
『ぐわーーーッ!!?』
「アンタのことだ、どうせ安全対策もバッチリなんだろ!
大人しくこのまま、」
『いくと・・・思ってんの、かあーーーッ!!!!!』
さらに一撃を加えた瞬間、〈メタルキャンサー〉の口が大きく開かれ、あの“泡”を放出する。
小さな泡が、織火の体にいくつも付着する。
「ぐ・・・これは、やばい―――!」
『そっちが触ってくれてんなら、これでも充分ッ!!』
ボディから直接パルスを流す。
織火に付着した泡が小規模な炸裂をいくつも引き起こし、ダメージを与えた。
「ぐ、がぁッ!?」
『訓練だけど真剣勝負、そっちも無傷で終わるとは思ってないでしょ!!
そんでもって―――その訓練もこれで終わらせるよッ!!』
〈メタルキャンサー〉が、目の前の足場に泡を吹き出し・・・巨大な爆発泡を作る。
今あの威力を受ければ、少なくともそこで行動不能になるのは間違いない。
「く・・・ッ、そぉ・・・!!」
『さっきからグルグルやかましいレオンくんも・・・!!
この泡の中にご招待ッッッ、だあーーーッ!!!!』
チャナが吠え、〈メタルキャンサー〉が最大稼働する。
全身のバネをフルに用いて―――水中にいるレオンを水上に引き上げんとする。
「ぬぅ・・・ッ、ぐぉ、ぬぅぅぅああああああーーーーーーッ!!!!!」
レオンの叫び声が空間にエコーする。
しばし拮抗した力は、やがて〈メタルキャンサー〉に傾き―――すさまじい水音を立てて、水中のレオンが、吹き飛ぶように打ち上げられた―――
右腕のアンカーの先に。
「素晴らしいパワーであります!!!・・・おかげで持って来れました!!!」
巨大な硬化水質のかたまりを引き連れて―――!
『ん、な・・・なぁあ――――――ッ!?!!!?!?!?』
「見るがいい、ミカミ・オルカッ!!!そして危ないから伏せろッ!!!
これが軍人の、鍛え上げられた肉体というものだーーーッ!!!」
織火は言われるがまま、伏せる―――というか、手近な穴に飛び込んだ。
何をする気なのか、何となく察したからだ。
レオンは、ハープーンのスイッチを再び押し、巻き取りを開始する。
飛び出した勢いのまま・・・〈メタルキャンサー〉に巻き付いているワイヤーの流れに合わせて、ホールを回転し始めた。
当然、この間も硬化水質の岩を引きずったままなので―――あちこちにランダムに打ち付けられ、次々に足場を粉砕する。
ハープーンが縮み切るころには、足元にわずかな足場しか残らなかった。
そして、振り上げた岩は・・・〈メタルキャンサー〉の真上。
『んの、やろおおおおッ!!!』
迫る破壊力を回避すべく、足場を両のハサミで殴りつけるようにバックステップ。
―――だが、そこにあったのは、さきほど自分で出した“爆発泡”だった。
『あっ?や、やっべ・・・』
「その泡、恐らく―――濡れると自分にも効くのでしょう?」
さっきまで岩だったはずの水の塊が、バシャバシャと〈メタルキャンサー〉の全身を余すところなく濡らす。
チャナは、どこかへ逃げようとして―――黒い砲身が、青く光るのを見た。
〈メタルキャンサー〉の背中から、脱出ポッドが飛び出す。
主を失った鋼鉄の巨蟹は、全てを諦めるようにハサミを投げ出し、天を仰いだ。
「引けば、出る」
―――爆発。
パルスカノンの砲弾が着火剤となり、〈トライアル・メタルキャンサー〉は爆発に巻き込まれ、完全に沈黙した。
織火とレオンは、フラフラと肩を貸しながら、脱出ポッドに近寄ろうとする。
それを待たずに―――チャナが、中から腕だけで白旗を振った。
「お見事―――ぜんぶ、水の泡だわ」
≪続≫
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