第5章 -4『アナザー・アドバンテージ』
「そろそろ慣れた?」
「この状況に慣れるワケなくない?」
「そっちの話じゃなかったんだけど・・・でも本当にそうよね・・・」
波止場近くの海。
織火とマーヤは、横目でちらりと志乃アラタを見た。
「オイッチニー、サンシェッ!ゴーロック、シェッハチ!」
不思議な掛け声でストレッチを行っている。ものすごく元気だった。
ジャッジが突如として宣言した織火の強制送還と、志乃アラタによるテスト。
ともかくまずは慣らし運転を・・・ということで、織火は十数分ほど周囲を走って、新装備の感触を確かめていた。
「装備の方は?」
「ああ・・・そっちはまぁ、何とかサマになりそうだ」
あまりにも異常な環境に気持ちは全く落ち着かなかったが、一方で、装備は順調に手足に馴染みつつある。
これまで訓練に実践にと使い続けてきた『スピードスター』は、使用可能な箇所が四肢に増えても、基本的なマインドセットは変わらない。初めて身に着ける全身型のジェットブーツ・ウェアも、スプリントに関して天性のセンスを持つ織火は短時間でそのコツを掴んでいた。
内容がどんなものか分からないが、もう、装備を理由に苦戦はしないだろう。
織火はそう確信していた。
「そろそろいいかーい?」
ストレッチを終えたアラタが、時計を確かめながら声を掛ける。
「そういえば・・・スケジュールって大丈夫なの?
あなた、世界選手なんでしょ?」
「これシゴトなんで大丈夫ですよ。こうしてる間もお賃金が出ているのです。
いやー日本代表でよかった」
「ええ・・・あぁ、そう・・・ジャッジあなた職権の濫用じゃなくて?」
「職責の必要だ」
マーヤは疑いの目でジャッジを見るが、当の本人はどこ吹く風だ。
短くあしらうと、織火に向き直る。
「では、始めよう」
「ああ」
ジャッジはまだにらんでくるマーヤを無視して陸に戻った。
マーヤも納得のいかない顔で陸に戻る。
水上には、織火とアラタだけが残された。
「テストの内容は、これだ」
アラタが手でうながすと、ジャッジは、ファウンテン・ドッジ公式規格のボールを取り出し、投げた。
アラタはそれをキャッチし、数回手の上で遊ばせると、指差す。
「俺は、このボールを持って、守る。そして君はボールを奪う。
ただし、制限時間は10秒きっかり。
カウントがゼロになった時点で、君がボールを持っていれば合格だ」
「・・・・・・・・・・・・それだけ?」
「ああ、それだけだ。シンプルで分かりやすいだろ?」
「そう、だな・・・あ、ですね」
「いいよいいよ敬語なんて」
「いやでも」
それはさすがに失礼、と言いかけた織火に―――アラタは当然のように言い放つ。
「そんなこと気にする余裕なくなるよ。
どうせその程度のスピードじゃクリアできないから」
「―――――――――」
―――織火はカチンときた。
自分はせいぜいジュニアで、相手は現役の世界ランカーだと理解はしている。
が、それでも唯一のプライドを真正面から攻撃されて、心が揺れないはずはない。
これがそういう手口だとしても、乗らないわけにはいかない挑発だった。
「―――オーケー。
はじめましょう、アラタさん」
「それじゃ、よーいスターッ」
ト、と言い終わる瞬間、爆発的な噴射音。
織火は急激にアクセルを踏む。
戦闘のために調節された織火のジェットブーツは、あくまで競技用であるアラタのシューズと比べて、その出力には雲泥の差がある。
瞬く間に距離を詰めた織火は、その手をアラタが持つボールに伸ばし、
「―――!?」
そこにはボールなどないことに気付く。
アラタの手のひらは下を向いていた。
通り過ぎながら水面を見た織火は、そこにボールの存在を認める。が、減速はもう間に合わない。
アラタはボールをひょいと拾い上げると、その場でジャンプ。
ほぼノーモーションにも関わらず、常人以上の高さ。
タイマー、残り9秒。
「―――ッなめん、なよッ!!」
即座に片足にパルスを込め、スピードスターをチャージ。即解放。
光っていない足を軸に回し蹴りの要領で身体を反転、そのまま再び接近。
(空中だ、大幅な回避はできない!!)
アラタはしっかりとボールを持っている。落とす素振りはない。
今度こそ織火の指がボールに触れる。
「ほっ!」
「なっ・・・!」
触れただけだった。
アラタは、両脚を微妙な角度で開き、互い違いにジェットを噴射。
織火の速度にちょうど合わせた形で、空中にいながらその場で回転した。
水面に降りたアラタは、今度は飛ばずに姿勢を正した。
織火の背中に、軽く舌を出す。
残り8秒。
(ふざけんな、どういう姿勢制御だチクショウ!?)
再びスピンターン、今度はすぐには飛び出さない。
一瞬だけ多くチャージし、加速を開始。
残り6秒。
ダッシュと同時、アラタはひときわ高くジャンプ。
織火は片腕にパルスを装填、水面を殴りつけて急停止。
アラタの真下に潜り込む。
残り5秒。
「ここなら回転は関係ない!!」
即座、両脚に全力でパルスを流し込み、ロケットのように飛び出す。
アラタは空中で姿勢を変えるが、織火の進路上からは退避できない。
残り4秒。
「もらッ・・・たあ!!!」
織火は、空いた片腕にパルスをチャージ。
仮にもう一度身体をいなされても、真上からボールを狙える。
アラタに逃げ場はない。
残り3秒。
アラタは、織火に近い左手に持っていたボールを、右手に持ち替える。
そして腕を大きく伸ばすと。
「―――しゅっ♪」
―――織火に向かって、軽くボールを放り投げた。
「んな、」
1秒後に掴もうとしていたボールが、掴もうとしていたその位置よりも遥か手前、織火の視界いっぱいに急に出現した。
当然回避できず、顔面で衝突。
「ぁだっ!!?」
速度の乗った織火はそのまま空高くボールを弾き飛ばしてしまい―――アラタは、その横を通って一足先に着水。
ボールを追うこともなく、腕時計を見る。
「にー、いーち」
ゼロ。
姿勢を直せなかった織火が、派手なしぶきを上げて水面に落下。
遅れて落ちてきたボールは、アラタの手に収まった。
「―――・・・ッぶはぁーっ!!
げっほげほ、げほがッッッ!?・・・んぐおおお~~~・・・ッッッ!!」
水を飲んだ挙句、水面に思い切り腹を強打し、悶え苦しむ織火。
それを見下ろしながら、アラタは改めて告げる。
「言っただろ?
今の君じゃ、何回やっても俺をとらえられない」
「・・・くそ・・・!」
織火は今度こそ真に打ちひしがれていた。
本当に、マトモに触れることも叶わなかった。
レベルの差。経験の不足。努力の総量。
言い方は色々あるだろうが、とにかく届かなかった。
そして、届かない分の埋め方が、今の織火には分からない。
―――分かっているのは。
『分からないことがあるとき』に、すべきことだけ。
「・・・・・・・・・俺は、どうすればいいんだ?
教えて欲しい」
「素直な反省と質問。あらゆる分野の成長の近道だ。
当然教えるし、そのために俺がいるんだ」
アラタは手を差し伸べて、織火を助け起こす。
「君はスピードの利点を半分しか使っていない」
「スピードの・・・利点?」
「織火くんはさ。
制限時間が10秒あるのに、2秒くらいで終わらせようとしたよな」
「・・・ああ。確かに、速攻でクリアしようとした」
志乃アラタは、答えを示す。
御神織火の思考の外―――決してひとりでは到達しない、その概念。
「君に必要なのは、2秒で終わる速度じゃない。
―――残りの8秒間を解き放つ、スピードの『自由』だ」
≪続≫
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