第5章 -3『ファンサービス』

 織火とドクター、マーヤは、職員の運転する水上車でベルリンを走っている。

 実地テストの開催場所は、南部の貿易港付近にあるらしい。


 ベルリン、ひいてはドイツ全体は近海の水質が比較的安定しており、水没の被害が少なかった土地である。

 世界初の水上鉄道路線を引いたことで知られ、また、水上スポーツの発展に多大に貢献している。世界情勢が全くの別物となった現在でも水没前と変わらず主要都市の一角として栄えている。


 しかし、近年では近海の巨魚ヒュージフィッシュの狂暴化に悩まされており、特に東部の漁港においてセ-フエリアが破られた事件は記憶に新しい。

 セントラル・フォースの駐屯地や研究所の設置で多少は回復しているが、まだまだ予断を許さないのが現状らしい。織火たちグランフリート戦隊の新型装備がこの街で製造されたのも、万が一の場合に戦力を確保するためだ。


「テストって、どういうことをするんだ?」

「最初は広いスペースで機能に慣れてもらうだけだ。

 そのあとは・・・なんというか、ちょっとトレーナーが付く」

「トレーナー?」

「詳しいことは俺も知らん。現地でだ。

 テストの発案者は別にいるんでな」

「・・・まぁ、分かったよ」


 織火はスッキリしないまま窓の外を眺めていると、景色が海沿いに変わる。

 海岸線の公園は、グランフリートの、いつもの公園に少し似ていた。


 窓を開けて腕を乗り出す。少し風が強い日だ。


(あの公園、端っこに立つと気持ちいいんだよな・・・危ないけど)


 視界に、小さな男の子がひとり映る。

 地面が切れる端のあたりに立って、下を眺めている。


(あぁ、そうそう。あのくらいだな。

 あのくらいまで来ると・・・落ちそう、に・・・・・・―――?)


 男の子はずっと下を向いている。

 

 爪先が地面を外れる。

 ふらふらと身体を揺らし、上半身を屈めて海を覗き込む。

 ・・・今日は風が強い。

 ぱたぱたと手を振って、背を逸らす。


 


 ―――




「―――運転手さん、右!公園!

 あの子供このままじゃ落ちるぞ!」

「えっ・・・!?」

「何?」


 織火が指を差して叫ぶ。

 言われてそちらを向くと、運転手とドクターたちも状況を把握した。


「クルマじゃ間に合わん!

 織火、降りて走れ!そこの水路だ!」

「ッああ!」


 水上車を飛び出し、脇道の水路に着水。

 最短距離は右手側の別の水路。

 即座にジェットを吹かし、そちらに合流しようとする―――が、加速度の微調節がうまくいかず、コーナリングが膨らんでしまう。


「くそ・・・!?」


 慣れないブーツが、言うことを聞かない。

 少し近付いて表情が見える。焦っている。

 織火もまた焦る。


(無理矢理でも加速するしかない!!)


 織火は、一瞬目を閉じた。

 

 足に全意識を集中。

 焦燥を反映するかのように、胸からパルスが漏電した。

 まだ精密な操作ができない。ならば、せめて量。


 ありったけを集め、両脚に込める。

 



 イメージするのは、爆発。

 水路がバレル、自分が銃弾。

 

 飛び出して、そこへ着地するしかない―――!!




「いッ―――けぇ!!!」




 両脚が、はじけるように輝き、足元で水が爆ぜる。


 イメージよりも遥かに強いパワーで、織火は水路から飛び出た。

 自分の身体を守るより先に、減速の準備。

 風に頬を潰されながら両足を前へ。逆噴射の姿勢。


 男の子が、音に気付いてこちらを向く。

 全力で逆噴射。

 飛び越えないよう速度を殺しながら、手を伸ばす。


「手ぇ出せッ!!」


 もう、半分落ちている男の子は、泣きながら左手を伸ばす。

 着地―――否、空中で停止。

 新型スーツの衝撃吸収性能のおかげで、膝は無事だった。




 織火は、男の子の手をしっかりと掴む。

 間一髪―――




「ッやば・・・俺も、落ち・・・ッ!!?」


 


 間一髪、間に合わない。

 自分の体重を支えることができない。

 

(せめて・・・!!)


 せめて着水時に自分がクッションにと、男の子を体の内側に抱えようとする。

 そして重力が一定方向へとふたりを運び、






「―――ッとぅおああああッ間に合ッ!!!

 間に合ったよかったぁ!!おわーーーッ!!」






 さらにその後ろから、織火は誰かに引っ張られた。

 男性だ。パーカーのフードをかぶっていて顔は見えないが、男もジェットブーツを履いている。


「よいっ、しょっ、と!!」


 バック噴射で、カブを引っこ抜くようにふたりを引き上げる男性。

 放心する男の子を抱えて、織火はぜぇぜぇと息を吐いた。

 男も同じ様子だ。


「はぁーーーッ・・・!

 た、助かった・・・誰だか知らないけど、ありがとう・・・!」

「や、いやいやいや、当たり前でしょ・・・!

 聞いてないもんこの展開は・・・!

 普通に待たせてよもぉーホントにさぁー・・・!」


 よくわからないことを口にしていたが、気にする余裕はなかった。


 そのうち、事態を飲み込んだ男の子が、がばっと立ち上がる。

 涙を浮かべて頭を下げ、しゃくりあげる。


「ぅ、うぐっ・・・ご、ごめッ・・・なざい・・・!

 ありがど、ござっ、ひっぐ、えぐ・・・!うええ・・・!」

「無事でよかった、怪我ないか?」

「だ、じょぶ、ですッ・・・!ひぐ・・・えぐぅ・・・!」


 男の子は何度も頭を下げる。


「何であんなとこにいたんだい?」

「・・・ぼ、帽子・・・うぐ・・・おっこちて・・・」

「帽子・・・?」


 言われてふたりが下を見ると―――確かに、海面に帽子が漂っている。

 しかし、かなり大きいように見えた。

 少なくとも、子供にぴったりのサイズではないことは確かだった。


「きみの帽子?」

「うん・・・ブルームーンズの、サインキャップなんだ・・・。

 去年の試合のとき、もらって・・・おれ、自慢で・・・。

 友達に見せに行こうとしたんだけど、風で・・・ひっく・・・」

「・・・そっか。きみ、名前は?」

「え、ハンスだけど・・・」

「じゃあ、ハンス」


 男は、水面と帽子、それと足元を何度か見比べる。

 そして、軽く足首を回すと。


「俺、取ってくるからさ」


「は?」

「えっ?」




 


 男は、まるでトイレにでも行くような気軽さで、崖から飛んだ。






「―――な、バッ・・・!?」

「うそ・・・!?」


 一瞬虚を突かれてフリーズした織火とハンスは、慌てて下を見る。

 するとそこには―――何事もなく水面にいて、帽子を拾っている男がいた。


「えっ、何で・・・!?」

(・・・どうやって着地したんだ・・・!?)


 男は帽子の水を払って、それをまじまじと見つめている。

 そして何かを考えている。


 織火は、とにかくあのままでは登れないと判断した。


「おーーーーーい!!!

 今、なんかロープとか探してくるからなーーーーー!!!」


 男はすぐに返事を叫んで戻した。


「いらなーーーーーーーーーい!!!!!!」

「いらな、いやいらないワケねえだろ!?

 意地張るなよ!!!」


 突っ込む織火をよそに、男は水上で軽く2、3回ほど屈伸する。

 ひときわ大きく屈みこむと、






 男は織火の真横にいた。






「―――あっ」


 織火は―――混乱しなかった。

 これまでの全てに説明がついた。ついてしまった。


 大ジャンプの頂上、浮き上がったフードの下から見えた顔。

 見覚えがあった。ないわけがなかった。


「―――志乃、アラタ―――!?」


 


 優勝経験国・日本代表エース。

 ファウンテンドッジのワールドクラスプレイヤー。


 ブルームーンズの志乃アラタ。そのひとだった。




「おいしょっと、ただいまー」

「ただ、ただだ・・・!?まままーーーッ!?」


 ハンスは可哀想なほど混乱している。

 自分が死にかけた理由の、その実物が現れたのだから無理もない。


「帽子は濡れちゃって、サインは落ちちゃったみたいだ。ごめんね」

「いえっ、いえっ、いええっ!えええ!!えええええ!!!!」

「そしたら、そのかっこいいシャツがいいかな。

 かわりに背中にサインしたげよう。背番号付きだ!」

「ぶええええええええええーーーーーーーーーーっっっ!?!?!?!?」


 鼻血が出んばかりの興奮。

 ハンスは今、命が助かったせいで死ぬかもしれない状態だった。


 一方、織火は茫然としている。

 突然有名人が現れたことでは―――全くではないが―――なかった。


 織火は、慣れない装備とはいえ、パルスを使ってなお、満足に目標地点に到達することができなかった。


 志乃アラタは。




(いくらワールドクラスとはいえ―――志乃アラタは。

 、あそこまで跳んだんだ―――!)




 身震いがした。

 自分の小ささに。極まった人間の偉大さに。




「来ないと思って探してみれば、とんだトラブルだったようだな」


 背後から別の声。

 いつの間にかそこには、フルフェイスの男が立っていた。


「ジャッジ?どうしてここに?」

「順番が前後した気がするが・・・いい例になったろう」

「何の話・・・」


 言葉を遮り、ジャッジはビシリと、織火の顔に指を突きつける。


「お前は、弱いんだ。

 よりも弱い者を、みすみす戦いには置けない。

 いつまでも今のままであれば―――日本に強制送還するしかない」

「な―――・・・・・・・・・いや・・・そうだな」


 理不尽と、一蹴はできなかった。

 それほどまでに、今起きたことは、織火にとって衝撃だった。


「どうすればいい?」

「簡単な話だ。このベルリンで強くなればいい。

 俺の用意したコーチのもとでな」

「そういえば、立会人がもうひとりいるって・・・お前のことか?

 コーチってのはどこに?」

「もうそこにいる」

「え?」


 周囲を見回す。


 まずジャッジ。

 ある方向を見ている。


 遅れて到着した水上車。

 降りてくるドクターとマーヤ。

 ある方向を指差してあぜんとしている。


 感涙にむせぶハンス。

 ある方向に向けて何度も頭を下げている。


 自分を指差して笑っている志乃アラタ。

 織火を見ている。

 

 全員の視線が、志乃アラタに集まっている。






「よろしくね♪」

「えっ?」





 

 実地テストが始まる。


                  ≪続≫

 

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