第5章 -5『トゥルー・プロブレム』
「良くはなってきてるけど、合格には遠いね」
「くそっ・・・もう一度!」
「よし、こいっ!」
あれから数時間。
何度目かの挑戦と失敗が過ぎ、テストは続いている。
『2秒で走れる人間には、8秒の寄り道が許される。
スピードのもたらす、もうひとつのアドバンテージ・・・自由だ。
君に必要なのは、その2秒を走るための準備を覚えること。
それが結果的には、全ての走りを有効なものにしてくれる』
それが、志乃アラタのもたらした成長のヒントだった。
織火は今までスピード競技に身を置いてきた関係上、時間とは縮めるものであり、与えられた時間いっぱい走る状況には心理的にも肉体的にも不慣れ。
だから短絡的な加速に頼りやすく、それを真正面で受けずに時間を稼がれた際には有効な返しがない・・・というのが、アラタから見た織火のひとつの問題点だった。
一方、志乃アラタは制限時間いっぱい動くことを常日頃強いられている。
全員をアウト(フィールド外に脱落させる)にしない限り、ファウンテンの試合は制限時間終了までもつれ込み、ポイント勝負、最悪は延長戦に入る。
そうした中で、常に全開の動きをしていては体力がもたない。何も考えずに放った投球など、まぐれ以外で命中もしなければ、したとして有効打になどならない。
必要な動きを考え、時に味方と連携し―――その動きを高精度に仕上げる。
そうしてひとつでも有効打を繰り出せれば、必ず有利な流れが来る。
同じ水上競技者でありながら、織火にない視点と抱負な経験値を持つ志乃アラタはうってつけのコーチと言える。
ふたりのを見守っているドクター・ルゥは、同じく立ち会い人、かつ志乃アラタをスカウトした張本人・・・ジャッジを見て、慧眼だと感じた。
「さすがは選別官ってとこか。見事な人選だな」
「戦績や動きをちゃんと細かに分析すれば浮き出てくる問題だ。
俺が特別優れていなくても、気付いているやつはいる」
「例えば?」
「あんたらの隊長・・・オリヴァーは間違いなく気付いている。
あれは単純に、こう・・・指導が下手なタイプだろうな。自分が感覚派なんだろ」
「うん、そういうとこが見事な観察眼だ」
「ん・・・まぁ、誉め言葉として受け取っておくか。ありがとう」
ふたりの目線の先で、織火が走り出す。
実際のところ、織火は少しずつボールに触れる回数が増えていた。だがそれでも、明確に『奪った』と表現できる瞬間はまだない。
決め手に欠けることは、誰の目にも明らかだった。
―――案の定、今回の10秒もボールはアラタの手の中で終わった。
「もうひとつの問題は、その動き自体だね。
直線的な動きを繰り返すばっかりじゃ限界がある」
「・・・アラタさんから見て、スロープで曲がるのはダメそうか?」
「ハッキリ言うけどダメだね。
どう曲がるのか目で見えちゃうもん、すぐに対応できる。
人間の俺でそうなら、頭のいい魚には通じないんじゃない?」
「・・・そう、か・・・そうだよなぁ・・・」
織火はここに来て、今まで向き合ってこなかった問題に直面していた。
スプリンターである織火にとってコーナリングというのは、コースの形状に沿って行うもの。そうした前提の中で編み出されたのが水のスロープであり、また障害物を砕くための威力であり、パルスの爆発的噴出による急制動だった。
―――実のところ。
御神織火は、本当の意味では自分のスピードを制御できていないのだ。
走り出したら急激には曲がれない。
競技の上では問題のなかった、要求速度に対する機動性。
それが織火には今、ない。
織火が曲線を描くとき、そこには常に仲間の助力があった。
当然、それを咎めることは誰にもできない。連携はあってしかるべきだ。
だがそれは、常に無条件でそこにあるものではない。
仲間の助けが期待できない瞬間はいずれ来る。
そのとき残るのは、機動性に乏しい戦闘員がひとり。
しかし一方で―――曲がれる程度まで速度を落とせばどうか。
そのとき御神織火に残るものは何だろうか。
「何もねえ・・・」
「そうだね。その速度こそが君の持ち味であり、正体だ。
それを損なう解決は、それこそもったいなさすぎる。
こればっかりはアドバイスでどうにかなるもんじゃない。
君のアイデアの中にしか答えはないだろうね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
文字通り、暗中模索だった。
何も答えが浮かばない。
「・・・今日は一旦やめにしよう。
別に期日のあるテストじゃないからね。
しばらくはベルリンにいるから、ジャッジを通じて呼んでくれよ」
「・・・はい」
「織火くん」
アラタは、沈む織火の肩をがっしりと掴み、言い聞かせる。
「大事なのは、考え続けることだ。
考え続けてさえいれば、答えは案外、そこらへんに転がってる。焦らずいこう」
ぐいっと顔を上げさせて、胸を張る。
「大丈夫!
こう見えて世界ランカー、志乃アラタがついてるぜ!」
そう言ってワザとらしいドヤ顔を作り、すぐに朗らかな笑顔を見せる。
最高のファンサービスに、織火は気を入れ直した。
両頬をぱちんと張ると、しっかりと顔を見合わせる。
「―――ありがとうございます。
反省点の確認がしたいから、最後にもう一本・・・!」
「お、いいねぇ、それ大事。
それじゃラスト一本、気合を入れて―――」
『 ■ 警報 ■ 』
アラタ、ドクター、マーヤ、ジャッジ。
それぞの端末が同時に鳴り―――ほんの一瞬遅れて、街頭のアラート。
『 ■ 近海に巨魚出現を確認 ■ 』
『 ■ ただちにセーフエリアへ避難して下さい ■ 』
「ドクター、場所は!」
「ここから真反対、北部側だ。
切り立った岸壁になっていて港はないが、上には町がある。
群れは小規模のようだが・・・崖を崩すような個体がいれば危険だな」
「近いルート調べてくれ、水路を飛ばせばすぐ・・・?」
動き出そうとする織火の前に―――ジャッジが立ちはだかる。
「お前は行かなくていい」
「な―――なに言ってんだ!非常事態だぞ!?」
「お前が行っても倒せる個体はいない」
「ふざけんなよ・・・!!
今の俺はちょっとした群れとも戦えないってのか!!」
「・・・ああ・・・あぁなるほど、そうか。
そういう聞こえ方になるのか、今のは・・・そうだな・・・」
「ああ・・・!?」
苛立つ織火から顔をそらし、数秒考えこむジャッジ。
そして、改めて告げた。
「ええと・・・よし、こうだな。
着く前に終わるから行かなくて大丈夫だ」
「―――え?」
「すまん、どうにも説明は苦手で・・・。
今、そのあたりのエリアには―――」
同時刻、北部岸壁。
「―――まったく、どうにもツイていないね。
性能テストがいきなり実戦になってしまうとは!」
レオンがそう言って肩を回す。
これまでのスーツより素材に厚みがあるのか、マッシブなレオンの体格が、さらにひと回り強調されて見える。
両脚に加え手首部分にもスクリューが搭載されているなどの特徴はあるが、中でも目を引くのは、腰に付けているベルト状の装備だ。バックル部分が大きく立体的で、さながらチャンピオン・ベルトのような風体を醸し出している。
「この場合、ツイてないのはどちらでしょうね」
その背後で、リネットがライフルに弾を装填している。
リネットのスーツは、それほど大幅な変化はない。全体がオレンジ色を基調としたカラーリングになった以外は、これまでのスーツとおおむね同系統だ。
一方、ライフルはかなり大型化している。これまでの、片手でも発射できるような規格のものから一転、きっちり両手で支える大口径のものに変更されている。
そして、バックパックの大型化が著しい。リネットの背中全体を覆い、頭を完全に飛び出すほどのサイズだ。形状もいびつな三角といった異質なもの。
「ノエミさん、これが陽動である可能性は?」
『低いんじゃないッスかねぇ?
統制が取れてる動きにも見えないし、この数じゃおびき寄せも厳しい。
ここ最近の野生の群れが活発らしいし、その流れだと思われるッス』
「了解しました。
じゃ、全力で排除してよさそうですね。ブッ散らしてあげます」
「君なんか最近こう、言葉が汚くないかい?」
「打ち解けてきたと思って下さい。こっちが素なんで」
「ふむ、なるほど?」
レオンは少し思案して、咳ばらいをした。
「じゃあ―――打ち解けついでに。
終わったら、ぼくとディナーでもどうだい?
旅行カタログによさげな店があってね」
「その言い方、口説いてるみたいですよ」
「その通り、ぼくはいま口説いているつもりだ」
『おおおーーーっっっ!?!?』
「―――――――――」
通信越しのノエミがだいこうふんする。
リネットは突然の発言にきょとんとしたまま聞き返す。
「・・・・・・・・・え、それ今です?」
「まぁ確かに今じゃなかったかな!!
終わったら改めて誘うとしよう!!」
「ちょっと戦闘の前に変な感じにしないでくださいよ!」
「はっはっはっはっは!!!あとあと!!」
『ど、どーなっちまうんスかーーーっっっ!!?
ノエミどきどきしちゃーーーう!!!』
レオンは笑いながら海へ跳び、リネットは困惑しながら空へ飛ぶ。
「レオナルド・ダウソン、新装備サターン!!
戦闘開始します!!!」
「リネット・ヘイデン、新装備ウラヌス。
戦闘行動に入ります・・・ええ・・・?」
戦いも関係も、とどまってはいられない。
次なるステップへの第一戦が始まりを告げた。
≪続≫
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