第2章『海行く国の少年』

第2章 -1『模範演技』




「目標は?」

「あと3分ほどでコンタクトです」

「オーケー、分かった」




 新グリニッジ標準時、13時45分。

 ロシア海を航行するグランフリート戦隊の輸送船は、にわかに警戒態勢にあった。

 

 小規模な巨魚ヒュージフィッシュの群れがソナーにかかり、航路上での交戦は避けられないという。

 今日のリハビリを終え、船室で座学に勤しんでいる新入隊員―――御神みかみ織火おるかは、未だ腕の治療が完全ではなく、突発的な戦闘に耐えられるような状態ではない。

 中継基地での補給を目前に控えた遭遇とあり、同乗のリネット・ヘイデン戦闘員も弾薬等の数が心もとない。人手不足がしのばれる事態です、とはリネット本人の談。


 そこで、隊長オリヴァー・グラッツェルはひとつの判断を下した。

 すなわち―――




「おい新人!!

 この隊長サマがお手本を見せてやるから、しっかり見てろよ!!」




 ―――全員俺がぶっ飛ばす、である。


「いいのか、隊長がこれで」

「あはは・・・まあ、グラッツェル隊長なら大丈夫です。

 見ていれば、もすぐに理解できますよ」

「まぁ、がそう言うなら」


 入隊が決まってから、ふたりはお互いを呼び捨てにするようになった。

 『上官以外には線を置きたくない』というリネット本人の希望によるものだ。

 織火は最初のうち遠慮した。だが、大人びてスタイルのいいリネットが、14歳・・・自分よりふたつも年下だという事実に驚愕し、これを受け入れた。


「ハッチ開け!」

 

 輸送船の側面部、戦闘員出入り用のハッチが開放された。

 補助アームにマウントされたオリヴァー、続いて武器が側面へせり出す。

 織火の位置からは、オリヴァーは見えるが、武器の形状を確認できない。

 

「さァて・・・ひと仕事するかァ!!」

「アーム、離れます!」


 オリヴァーは武器を力強く手に取ると、アームから離れて着水。

 膝まである大型のジェットブーツを全開に吹かしながら、己の威力の分身たるその武器を、どっかりと肩に担いで見せた。

 

 


 体躯の七割はあろうかというサイズ。

 重厚なメタル・グレーに彩られた、ふたつの返し鉤。巌のような鎖。

 今の織火が、その形状を見間違うはずがない。


「あれは―――巨大な、アンカー!?」

「ええ、その通り。

 あれが隊長の専用武器・・・ジャイアント・アンカーです」




 オリヴァーの進路上に、水の弾ける音が連続する。

 それはトビウオのように見えた。

 やはり巨魚に違いなく、一匹一匹が、成人男性としては大柄のはずのオリヴァーとほど近い体長を持っている。


「〈フェイユゥ〉か・・・中国から流れてきやがったのか?

 こんなに目に見えて狂暴でもなかったと思うが・・・」


 飛び出した〈フェイユゥ〉は羽のようなヒレを広げ、一斉にオリヴァーを目掛けて滑空する。そして、その口を・・・ほとんど胴体が裂けているようにも見えるほどの、大口を開いて迫りくる。




「あーら、よッ―――」

 バチリと、オリヴァーが青い稲妻を帯びる。

 オリヴァーは、その速度のままジャイアント・アンカーをゆっくり水平に掲げ、

「―――ッッッとォ!!!!!」




 噴射の勢いを使って回転、フルスイング。

 風を殴りつけるような速度で鋼の塊を受け止め―――それだけで、迫っていたうち半数以上の個体が千々に砕け飛んだ。


 海に巨魚だったものの破片がバラ撒かれる。

 それに刺激されるかのように、深い位置に潜んでいた〈フェイユゥ〉たちが一斉に飛び出してきた。その数、実に30以上。


「ハッハァ!!ずいぶん揃えたなァ!!

 いいぜ、まだるっこしい勝ち抜き戦よりゃぁーやりやすい!!」


 オリヴァーはジャイアント・アンカーの鎖を引っ掴んで振り回し、進路上の地面に思い切り叩きつける。

 着弾点にパルスが走り、メキメキと音を立てる。やがて海が隆起し、鋭く切り立つ氷山のような槍をいくつも作り出した。この時点で、逃げ遅れた個体が十数匹ほどは殲滅された。


「ふんッ・・・オラァ!!」

 再びアンカーを手元に引き寄せたオリヴァーは、頑丈な鎖を手に巻き付け、手近な個体を数匹、直接殴って沈黙させる。




 一方向からではダメだ―――そう悟ったのか、ここで〈フェイユゥ〉たちの動きが変わった。

 短く飛んではまた潜るを繰り返しながら、少しずつオリヴァーの周囲を取り囲む。

 

 そしてオリヴァーは、その背後―――浮かび上がってくる気配を感じた。


「・・・ボスのお出ましか」


 


 ゆっくりと水面に顔を出したそれは、薄紫に透けるフリルのようなヒレを首回りで怪しくひらめかせていた―――オニカサゴ。

 〈フェイユゥ〉たちのような、表立った獰猛さではない・・・しかし確実な凶悪さを感じさせる。

 フリルからは、ゆらめく青い光が、〈フェイユゥ〉たちへ流れ込んでいた。




「〈ポワゾン・バロン〉!

 なるほど、テメェの『ドーピング』のせいだな?コイツらの様子は!」


 〈フェイユゥ〉たちの体に一瞬バチリと光が走った。

 次の瞬間、群れ全体が開け広げた口から甲高い鳴き声を上げ、体が膨張していく。

 ―――筋肉が、急激に強化されている。


手間だな、こうなると」


 オリヴァーは、ジャイアント・アンカーを両手で正面に構えた。

 グリップ部分を上下に引くと、その全長が拡張される。




「―――ブレイカーモード、起動オン!!!」




 鉤の付け根が横向きに折れ、その内部から巨大な刃が出現する。

 刃が赤熱していき―――そこへ、一匹の〈フェイユゥ〉が飛来。


 オリヴァーが腕に力を込める。

 パンプアップはお前たちの専売特許ではないとばかりに、筋肉が隆起する。


 やがて両者の距離はゼロになり・・・再び離れるとき、〈フェイユゥ〉の数は

 両断。




 ブレイカー。

 ジャイアント・アンカーのもうひとつの姿。

 グランフリート戦隊でただひとりが振るい得る、赤熱する大戦斧。




「どうした、どうしたッ、どうしたァァァ!!!!」


 自身もドーピングに充てられたかのように、オリヴァーもまたその戦意を全開に、暴威を振りかざしていた。

 一匹が迫れば正面から切り伏せ、複数が迫れば殴りつけ、そして大多数が迫れば、海を用いてこれを総崩しにした。




 やがて波状攻撃も起きないほどに群れが消耗すると・・・音もなく泳ぎまわっていた〈ポワゾン・バロン〉が突如、残り少ない個体を自らの腹に収め始めた。


「ようやくサシでやる覚悟を決めたかい、男爵サマよ!」


 答えはない。〈ポワゾン・バロン〉は鳴き声を持たない巨魚である。

 食らった家臣で蠢くその腹が動きを止めると、全身から青い霧を吹き出し始めた。

 ―――パルスの混じったガスだ。


 吹き出すガスを推進剤に、〈ポワゾン・バロン〉は一気に加速。

 ゴツゴツとした堅牢な下あごで、逆賊・オリヴァーを粉砕にかかる―――!


「上等―――ッ!!!」


 これをオリヴァーは回避しない。

 ブレイカーをガッシリと握り、かかとのペダルを割れんばかりに踏み込む。


 ―――激突。

 パワーは完全に拮抗している。

 一瞬、空中に静止したように動かなくなったあと、互いの衝撃で逆方向に飛ぶ。


 先にオリヴァーが着水。

 

 次いで〈ポワゾン・バロン〉が着水―――できない。

 体勢を崩して水面に打ち付けられ、ジタバタと暴れまわる。

 そのたびに・・・下あごの甲殻がボロボロと崩れていった。


「そんなタックル、俺には通じねぇ。

 この世で俺を真正面から打ち崩せる存在はいなくてな。

 ―――そんじゃァ、終わりだ」




 ブレイカーが、再びアンカーの姿に戻る

 オリヴァーの全身がパルスを帯び、その全てが先端部に集束する。

 足元の水面を間欠泉のように噴き上げ、大ジャンプ。




「・・・『極大グロース―――」




 痛みに悶えながら、〈ポワゾン・バロン〉は生存本能を起動する。

 自身の周囲をガスで満たし、歯をガチリと噛み慣らす。

 火花が散る。全身を包んで、青い炎が燃えがある。

 

 その炎を、上空の外敵へと吹き付け、




「―――重圧グラヴィトン』!!!」




 衝撃で、海がくぼむ。

 〈ポワゾン・バロン〉は、炎ごと全てを粉砕された―――。










「―――と、まぁ、こんな感じだぜ。分かったか?」


 残存個体がいないことを確認し、船に戻ったオリヴァーは、織火に確認する。

 織火は、一度しっかりと深く頷き―――確信を持って答えた。




「無理です」


                     ≪続≫

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