第5章 -15『脚と甲殻』
その正体は、いまだ人類が観測していない世界最大種・・・オサガメの巨魚である。
ひとつの国土にも匹敵するこの極大種の甲羅に乗せ、あるいは表面を削り、彼らの神殿は作られている。
そうして作られた荘厳な神殿の廊下を、赤衣の男・・・
平時のため、普段被っているフードは脱いでいる。鋭く赤い眼光。スキンヘッドに刈り込んで頭髪がないが、顎に残した髭が、本来は赤髪であることを語っている。
そう。ほとんどの王位種―――あるいは言葉を持たぬ多くの巨魚にとっても―――父祖の存在は神に等しい。
故に、
「―――ん、あれ?
今日は出てんじゃなかったかお前?」
―――父祖たる男を本当の父親と認識している、この
「・・・用事は済んだ。
お前こそ大人しく城にいるのは珍しいのではないか」
「あァ、出してた偵察が戻ったからさ。
情報が入ればこっちにも色んな準備があるワケよ」
「準備・・・?」
「お前も今ドイツに連中がいることは知ってんだろ」
確かに、グランフリート戦隊の居所は掴んでいる。
正確には、共にいるフィンの反応を、王位種陣営は常にモニターしている。
これまでの経緯を見れば、それはグランフリートの側としても承知のことだろうと思われる。この戦いは、常に攻守が決まっているようなものだ。
「準備とは何だ。
ドイツには現状、こちらが優先して攻める理由はない。
野良が暴れる分には好きにさせるが、仕掛けることはないだろう」
「俺たちはそうだろ。そんなのは分かってる。
―――けどな、俺にはあるんだよ・・・アイツを殺す理由がさァ」
銀の瞳が憎悪に燃える。
瞳孔が横長に細められ、歯がぎりりと鳴る。
「御神織火か」
「あァーそうだ。分かってんだろ
舐めてかかったとはいえ、こっちはきっちり負けてんだ・・・!
次はズタズタに勝ち切らねぇとイライラが止まんないんだよッ・・・!!」
髪をかきむしり、息を荒げる
対照的に、
だがどういう星の巡りか、より面倒な癇癪の場に居合わせるのは大抵の場合この
目付け役を文字通り命じられているはずの眼の王が、普段は姿を現さないことも一因だが、それにしても運が悪いものだと
「つまり、あの方の命令にない攻撃を仕掛けるということだな」
「そう言ってんじゃん、分かってるクセにいちいち聞くなよ・・・!!
テメェのそういうとこにもイラつくんだ、クソ、余計にィ・・・!!」
「親の言いつけにないことをするのか?
子ならば親の言うことを聞いてはどうだ」
「俺は父さんの子供だけど、別に奴隷じゃねえんだよ・・・!
考えて動けねえガチガチ野郎が指図か、俺に?なァ!
まずテメェからヤッてやっかよ、あァァー!?」
口汚い罵倒と感情に任せた恫喝、荒れる叫び。
こうした意思の硬さを・・・
だからこそ、ここで通すことはできなかった。
「―――偵察は、こちらも出した。
あの者たちは戦力を増強したようだな」
「・・・あァ・・・?
・・・・・・・・・まぁ、そうだな・・・武器だの技だの、ゴチャゴチャやってるよな。
で、それが今なんか関係あんのか?」
そして、できるだけシンプルな・・・目の前の子供に響きそうな言葉を選んだ。
「行くのはやめておけ―――どうせ今回もお前は勝てない」
言い終わりと同時に飛んできた黒い矢を片手で受け止め、握りつぶす。
同時に爆発。
黒煙が晴れたとき、そこには片手と顔を真紅の甲殻で覆った
「お前が先か?」
「それができないから止めた」
「そうかよ」
コミュニケーションらしきものは、それで終わった。
他に意思表示などいらない。
眼前を埋める黒い波が、それを考える暇もないことを認識させた。
≪続≫
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