第5章 -15『脚と甲殻』


 底の城ボトム

 巨魚ヒュージフィッシュの統制者たる王位種の居城。

 その正体は、いまだ人類が観測していない世界最大種・・・オサガメの巨魚である。

 ひとつの国土にも匹敵するこの極大種の甲羅に乗せ、あるいは表面を削り、彼らの神殿は作られている。


 そうして作られた荘厳な神殿の廊下を、赤衣の男・・・甲殻の王シェルは歩く。

 平時のため、普段被っているフードは脱いでいる。鋭く赤い眼光。スキンヘッドに刈り込んで頭髪がないが、顎に残した髭が、本来は赤髪であることを語っている。

 甲殻の王シェルは、美術に興味はない。だが、を神格化している多くの王位種にとって、その思想は理解できるものだ。それほどまでに、廃品として歴史の闇に沈むのみだった自分たちを解放した者への感謝は大きい。

 

 そう。ほとんどの王位種―――あるいは言葉を持たぬ多くの巨魚にとっても―――父祖の存在は神に等しい。

 故に、甲殻の王シェルには理解できないものがある。


「―――ん、あれ?甲殻の王シェルじゃん。

 今日は出てんじゃなかったかお前?」


 ―――父祖たる男をと認識している、この脚の王レッグスのことだ。


「・・・用事は済んだ。

 お前こそ大人しく城にいるのは珍しいのではないか」

「あァ、出してた偵察が戻ったからさ。

 情報が入ればこっちにも色んな準備があるワケよ」

「準備・・・?」

「お前も今ドイツに連中がいることは知ってんだろ」


 確かに、グランフリート戦隊の居所は掴んでいる。

 正確には、共にいるフィンの反応を、王位種陣営は常にモニターしている。

 これまでの経緯を見れば、それはグランフリートの側としても承知のことだろうと思われる。この戦いは、常に攻守が決まっているようなものだ。


「準備とは何だ。

 ドイツには現状、こちらが優先して攻める理由はない。

 野良が暴れる分には好きにさせるが、仕掛けることはないだろう」

そうだろ。そんなのは分かってる。

 ―――けどな、あるんだよ・・・アイツを殺す理由がさァ」


 銀の瞳が憎悪に燃える。

 瞳孔が横長に細められ、歯がぎりりと鳴る。


「御神織火か」

「あァーそうだ。分かってんだろ甲殻シェル、俺の性格は!

 舐めてかかったとはいえ、こっちはきっちり負けてんだ・・・!

 次はズタズタに勝ち切らねぇとイライラが止まんないんだよッ・・・!!」


 髪をかきむしり、息を荒げる脚の王レッグス

 対照的に、甲殻の王シェルはうんざりと頭を振った。


 脚の王レッグスの癇癪は珍しいことではない。

 だがどういう星の巡りか、より面倒な癇癪の場に居合わせるのは大抵の場合この甲殻の王シェルである。

 目付け役を命じられているはずの眼の王が、普段は姿を現さないことも一因だが、それにしても運が悪いものだと甲殻の王シェルは自嘲した。


「つまり、あの方の命令にない攻撃を仕掛けるということだな」

「そう言ってんじゃん、分かってるクセにいちいち聞くなよ・・・!!

 テメェのそういうとこにもイラつくんだ、クソ、余計にィ・・・!!」

「親の言いつけにないことをするのか?

 子ならば親の言うことを聞いてはどうだ」

「俺は父さんの子供だけど、別に奴隷じゃねえんだよ・・・!

 考えて動けねえガチガチ野郎が指図か、俺に?なァ!

 まずテメェからヤッてやっかよ、あァァー!?」


 口汚い罵倒と感情に任せた恫喝、荒れる叫び。

 こうした意思の硬さを・・・甲殻の王シェルは、正直なところ憎からず感じている。この思考停止を否定する姿勢こそ、脚の王レッグスの強さの源とも言える。

 

 だからこそ、ここで通すことはできなかった。


「―――偵察は、こちらも出した。

 あの者たちは戦力を増強したようだな」

「・・・あァ・・・?

 ・・・・・・・・・まぁ、そうだな・・・武器だの技だの、ゴチャゴチャやってるよな。

 で、それが今なんか関係あんのか?」


 甲殻の王シェルはこのあと必ず起こるであろう出来事に備え、廊下の中央、道を塞ぐように立つ。

 そして、できるだけシンプルな・・・目の前の子供に響きそうな言葉を選んだ。




「行くのはやめておけ―――どうせ今回もお前は勝てない」




 言い終わりと同時に飛んできた黒い矢を片手で受け止め、握りつぶす。

 同時に爆発。

 黒煙が晴れたとき、そこには片手と顔を真紅の甲殻で覆った甲殻の王シェルと・・・先ほどまでのような苛立ちを通り越した、冷えて目を見開く脚の王レッグス


「お前が先か?」

「それができないから止めた」

「そうかよ」


 コミュニケーションらしきものは、それで終わった。

 甲殻の王シェルは、空いた片手と胸にも甲殻を展開する。

 脚の王レッグスの両手から、ドロドロと黒い液体があふれ出る。

 他に意思表示などいらない。


 甲殻の王シェルは、今もどこかで見ているであろう眼の王アイズが、このを黙っていてくれることを期待しようとした。

 眼前を埋める黒い波が、それを考える暇もないことを認識させた。


                               ≪続≫

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