第7章 -2『一瞬の真実』
「次に・・・これは新国連の人たちとも後でしっかり共有するけど。
北極での調査結果に関して、ここで話しておくよ」
それまで立って進行していたチャナは着席し、代わりにドクターが立ち上がる。
後から入室したレックスも今は着席している・・・あえて椅子をテーブルから離し、部屋の壁際に持って行きはしたが。
「まず、船そのものに特別な機能はなかった。
あくまであれは対巨魚を想定された戦艦で間違いはなかったようだ。
しかし、艦内のデータベースの一部に高度なセキュリティが見つかってな。
興味深いものがいくつも見つかった」
ドクターがモニターを操作し、表示を切り替える。
「ひとつが、周辺に生息する巨魚のリストだ。
いや、『裏リスト』と言った方が正確かな」
「裏、ですか?」
「ああ。この隠されたリストの内容は、一般の船員には公開されていない。
そしてその中には、あの〈ダイヤモンド・フューラー〉も入っていた」
「どうして危険な情報を共有しなかったんだ?」
「その秘密は、次の情報にあるかもしれない」
再び映像が切り替わり、そこには北極全体を温度・・・サーモグラフィーで表示したような、色分けされた地図があった。
「これは、北極全体のハイドロエレメントをモニタリングしたもののようだ。
そしてこいつと航行記録を照らし合わせると・・・ある事実が浮かび上がる。
船は平時においても、常にエレメント濃度の高い場所を航行していたんだ」
エレメントの濃度の高い場所は、海面の状態も不安定ならば、集まる巨魚も大きく強いものになりやすい。いくら戦うための船であったとしても、通常であれば危険な地帯をわざわざ航行するメリットはない。
「加えて言えば、船そのものにこういった観測をする装置はない。
データベース自体は船のものだが、探知機は乗員の持ち込みである可能性が高い」
「・・・ハロルドか」
「そう、だろうな。GF-01自体も、こちらが本命の目的だろう。
戦艦として作れば、北極全体を走ることは自然だ。隠れ蓑だと推測される」
「となると、何故そのようなことを調べていたかということですね」
レオンがそう発言すると、ドクターは途端に言葉を詰まらせた。
「・・・ああ、うん・・・・・・・・・それなんだがな・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたんだドクター。何かあるのか?」
織火が怪訝そうに尋ねると・・・ドクターは深呼吸をすると、努めて冷静に言った。
「オルカ。実は・・・ここからの話は、お前に関係する」
「え・・・俺に?」
「しかもそれは・・・その。
キツい話かもしれないし、逆に、考えよう次第では良い話かもしれない。
正直お前次第で・・・俺には、何とも言えん。ただ覚悟はしてほしい。
・・・いいか?」
「・・・・・・・・・あぁ・・・分かった」
嫌な・・・とても嫌な予感がした。
喉がひどく乾いている。
「今回の収穫物の中で・・・最も不可解なものだ。
それは、各国のニュース映像や、スクープ映像だ。
国籍、人種、年齢性別を問わず数十名。
その中に・・・・・・・・・お前がいたんだ、織火」
「俺が・・・?」
「ああ。そいつらには、たったひとつの共通点がある」
———まさか、という言葉が、ぐるぐる織火の脳裏を巡る。
予感が膨らみ、心臓を内側から、ぎり、と握った。
スクープ映像。
御神織火の、スクープ映像となり得る事件。
それは―――
「———全員が、パルスの暴走によって事件を起こした者だ。
それも・・・ひとり残らず全員、先天的なパルス能力を持っていたよ」
織火はそれを、事故だと思っていた。
何の思惑もなく、必然性もない。ただ、精神が産んだ事故。
だが。だが、そこに明確な第三者の思惑があった。
吐き気がする。目の裏と、掌の底のほうが熱くなった。
「俺は―――誰かに、暴走させられたってことか?」
「・・・そうであれば話はもっと単純だったろうな」
「なんだって?」
「オルカ、キツいだろうがしっかり見るんだ」
そう言ってドクターは、映像を再生した。
ドバイ・スタジアム。
最も忘れたくて、そして忘れることができず、それが許されなかった場所。
恐らく、スタジアムを空撮していたドローンの映像だ。
審判に抗議する少年が、突然、苦しそうに胸を抑えてうずくまる。
その体からは青い電流が走り―――
「あ、う―――・・・・・・ッ・・・!!」
織火は・・・逃げ出したくなる衝動を必死に抑え、その映像の続きを見た。
青い電流が迸り、少年を光で包む。
次の瞬間、会場になだれ込む巨魚。壁が崩れ、人々が逃げ惑う。
あとはもう、惨劇という以外の表現はなかった。
「ふ、ぅ・・・うう・・・!」
織火は、必死に見た。
画面上のあらゆる情報を見続けた。
そして、これまでの経験、見てきた全てを思い出し、思考する。
———そして。
織火はついに・・・数年越しの真実に到達した。
「―――早すぎる・・・!!」
「・・・言ってみろ」
「この中には・・・見たことある巨魚も混じってる。
〈ヘッドスピアー〉なんかも、見える。知ってる
だけど・・・そうだとしたら、変だ。
俺が暴走した瞬間、こんなにすぐ会場になだれ込むはずない・・・!!」
映像上で織火が暴走してから、巨魚が出現するまで、数秒もない。
本当にその瞬間には壁を崩して会場に侵入している。
「コイツを監視し、暴走するのを待って・・・突入させたんだな。
あらかじめ周辺に用意していた、巨魚の群れを」
レックスが結論付けると、ドクターはゆっくりと頷いた。
「・・・確認したが・・・この映像は、あらゆるメディアから消えていた。
今、この世でこの場所にしか、この映像は存在しない。
恐らく、隠すためだ。お前が気付いた今の真実をな」
織火が、右腕で思い切りテーブルを叩く。
バトルアームの拳がわずかにめり込み、ぶるぶると震えている。
その拳の先に、涙が落ちる。
「・・・くそ、くそ・・・くそッ!!
だれだ・・・いったいどこの、どいつだ・・・!!
なんでそんなことを・・・俺の大事な・・・ッ!!」
「オルカ・・・」
フィンが背中を抱く。
織火はそのまま、右腕に顔を埋めて静かに泣き出した。
怒りよりも、思い出した哀しみが心を染めていく。
チャナが立ち上がり、首を振った。
「ドクター、一旦休憩。
———しばらく、泣かせたげようよ」
「分かってる。フィン、頼む」
「はい」
ドクターは他全員に目で促し、フィンと織火を残して退室した。
「とりあえず、談話室にでも行くか。
レックス、お前なに飲む」
「・・・こないだお前のラボで飲んだやつは、なんて言うんだ」
「ん?・・・ああ、カフェオレか?」
「よこせ。悪くなかった」
「はは、了解」
ドリンクサーバーで全員の飲み物を確保し、談話室に入る。
会話のない時間が数十秒ほど流れたとき、リネットは静かに会話を切り出した。
「統合討伐組織、でしたか」
「ああ、そうそう。ヒュージフィッシュ・バスターズね」
「全体を一度解体して、再編成するということですか?」
「まぁそれに近くなるのかな。まだ詳細は詰めてる最中だけど。
この戦隊として動くときと、全体として動くときは、編成が変わることになる」
リネットは、テーブルの上で組んだ手を落ち着かず動かしている。
「となると、私がセントラルフォースに混じって戦うこともあり得ると・・・」
「・・・そう、なっちゃうね。やっぱ複雑?」
「私は、構いません。ただ向こうにとって私は手配犯です。
いいのでしょうか、本当に・・・」
「今更そんなこと悩む必要はないぞ」
言葉に詰まるリネットをすっぱりと切ったのは、レオンだった。
「そこのモップのような髪の男など人類の敵なら王位種にとっても敵だぞ?」
「おいテメェさりげなく売ってくれてんじゃねぇぞ筋トレ眼鏡」
「アクトゥガ現隊長には国籍がないし、ドクターは学会の爪はじき者そして独身。
グラッツェル元隊長とノエミさんに関してはそもそも指名手配犯という始末だ」
「なぁ俺だけなんかひどくね?」
「マシだと思わないか君は」
リネットは斜め上を向いて数秒ほど考え、
「マシに思えてきました」
「結構!じゃあそれでいい。
何か言ってきたら銃で殴ってやるといい。特にアーチャー隊長殿のギャグはね」
「そうですね・・・ふふ、そうします。ありがとう、レオン」
「かーっ、さっそく人心掌握ッスかぁ?副隊長は違うッスねぇ!」
「や、やめたまえノエミさん」
「おい無視してんじゃねぇぞ誰がモップだブッ潰すぞ軟派マッチョ」
「そしてしつこいな君は!!」
騒ぎ出す隊員たち。
やれやれと離れて見ていたチャナの胸元で、端末が鳴る。
「ん・・・はい、チャナちゃんです。カワイイ?」
『おう、チャナちゃんか!カワイイぜ!
リカルドだ!今、新国連の本部にいる!』
「奇遇だね、ちょうどこっちでキミのクソみたいなギャグの話を・・・」
『いやちょっと今あんまりそういう、』
爆音。
崩落の音。
なだれ込む怒号と、銃声。
・・・それはリカルドの背後。騒いでいた隊員たちにも聞こえる大きさだった。
『———余裕がさ、ハハハ・・・ないんだよねぇ・・・!』
「オーケー、何が起きてる?」
尋ねずとも分かることを、チャナはあえて聞いた。
予想される返事ならば、それは最悪の事態のひとつだからだ。
『・・・新国連本部が、襲撃を受けてる・・・!
ちょっとベネツィアまで助けに来てくれないかな・・・!』
≪続≫
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