第7章『終わる海の少年』

第7章 -1『人事通達』


「えー、まぁ、その。

 改まってなに言っていいか分かんないけども」


 チャナ・アクトゥガは、そう言ってブリーフィングルームを見渡した。

 全員が真剣にこちらを見ている。

 いつもなら徹夜明けで爆睡しているドクターも、今日に限って元気だ。


 チャナは咳払いすると、観念して話し始めた。


「今日から正式に、ウチが隊長に就任することになったよ。

 いちばん上で引っ張るのには慣れてないから、色々あると思うけど。

 みんな手伝ってくれたらチャナさんは嬉しい。よろしくね」


 誰一人、その決定に異論はない。暖かな拍手がチャナを迎えた。


 




 北極圏での戦いから、3週間が経過していた。


 オリヴァーが去ったあと―――死んだ、という表現は避けられている―――隊長のポジションに関しては様々な意見が出た。

 あえて隊長を空位とし、副隊長をトップとして運用する案もあった。

 最終的はチャナが気持ちを固め、そのまま隊長に繰り上がることに決まった。


 チャナはあれ以来、大きく雰囲気が変化した。

 これまではツインテールに結わえていた髪は、首の後ろで三つ編みにしている。

 さらに、驚くべきことだが、この3週間でチャナの身長は13cmも伸びた。

 ドクターによれば、オリヴァーとの連動によって抑制されてきた肉体の変化が今、一気に訪れているらしい。

 それに合わせて、服装も全体的にスポーティーな印象を与えるものに一新。

 立ち振る舞いはどこか、オリヴァーやマスター・ケイナを思わせる。


 大人になった・・・という表現は、決して軽々しい比喩などではないだろう。

 止まっていた時間は、チャナの中で確実に未来へ動き出している。


「えー、そんで。

 まずちょっと最初に人事発表がある。

 ・・・そんじゃ、こっちきて挨拶して」


 指でちょいちょいと招くと、少し横によける。

 さっきまでチャナがいた場所に立った人物は、いつもより少し抑えた声を出した。




「副隊長に任命されました、レオナルド・ダウソンであります!

 粉骨砕身の覚悟でアクトゥガ隊長を補佐する所存です!」




 敬礼をするレオン。声色が、知らぬ者には分からない程度にうわずっている。

 明らかな緊張をにじませる様子に苦笑しながらも、一同は拍手を返した。


 チャナが自分の後任として副隊長に選んだのは、レオンだった。

 唯一の従軍経験、多彩な武器やビークルの技能に加え、物事を俯瞰して分析できる視野の広さを買ってのことだ。


「命令される立場になっちまった」

「これからはオルカも敬語を使わなきゃいけませんね」

「レオナルドふくたいちょー!って言わなきゃダメなのかなあ?」

「むう・・・!意地の悪いことを言わないでくれ、みんな・・・!」


 いじられて居心地の悪そうなレオン。

 織火たちは笑った。釣られてレオンも笑う。緊張が解れる。


「悪い悪い、分かってるよ。基本的には今まで通りだろ?」

「現場判断の優先権が少しばかり上がるだけのことさ。

 それだって状況次第で各個人に委ねられることも多いだろうからね」

「・・・命令系統と言えば」


 リネットの目線はドクターに向く。


「よくと交渉が成立しましたね」

「ん?あァ・・・」


 ドクターはとぼけたように顎をかいた。


「なんだろうなぁ。ちょっと懐かれたのかもしれん。

 なにせいっぱいオモチャくれてやったから―――」


 言いかけたとき、部屋のドアが乱暴に蹴り開けられる。

 そこには、不機嫌な顔の、色白の少年・・・レックスが立っていた。

 これまで着ていた、ベルトだらけの白いロングコートではなく、モッズコート風の白い上着と、首元に黒く長いマフラーのようなものを身に着けている。


「・・・懐いてねェよ、生涯独り身決定マンがよ」

「俺に対して惨すぎないかお前・・・?」

「対等な利害関係を気持ち悪ィ表現するからだアホカス」

「くそ!バカ!じゃあ返せ!俺の自慢の新装備を返せバカ!バーカ!」

「うるせェなガキかテメェは!?」


 喚きながらコートに縋りつくドクター。

 レックスは心底嫌そうな顔だ。


「じゃれ合ってるうちに改めて正式に紹介しとくね。

 レックスくんがドクターのとしてリクルートされたよ」

「「じゃれ合ってねえから!!」」











 誰もが意外に思ったことだが・・・グランフリートとの協調関係を提案してきたのはレックスからだった。


『俺は王位種全員の抹殺を目指すが、方法と過程にはこだわらない。

 もしテメェらが倒すなら、ひとまずそれはそれで構わねぇ。

 そこの目的のためなら、知恵や力を貸してもいい』


 そうドクターに語りながらも、レックスは即座にけん制も行う。


『だが、あくまで俺がなりたいのはでね。

 このまま何となくヒトに交じって生きる気は一切ない』

『・・・、ってことか?』

『ハッ、やっぱりアンタは話が早くていいな』


 レックスは意図が伝わったこと満足げに確認する。

 そしてすぐに真剣な表情になり、堂々と宣言した。


『俺の作る「巨魚の王国」が、最終的に、ヒトと共存を目指すべきか?

 それともヒトを滅ぼして、巨魚だけの世界を作るべきか?

 ———ヒトの中でも最高水準のお前たちを通して、それを見極めさせろ』

『ふむ』


 ドクターはしばし黙考すると、おもむろに顔を上げる。

 そして、にこりともせず、ぽつりと言い放った。




『ここで武器とか防具をいっぱい貢いだら、ポイント稼げるのか?』

『アッハハハ!!アンタ!!ハハハ!!』


 


 極めて珍しく、レックスは純粋な意味で笑った。











「・・・ということで。

 まぁ平たく言うと、装備提供を条件に協力してくれるそうだ」

「命令系統に組み込まれない、ある種のイレギュラーとして期待できるからね。

 ウチが提案して、隊員じゃなくて研究者として扱うことになったワケ。

 その方が装備関係の連絡もスムーズだしね」

「フン」


 レックスはなにやら不満げだが、特に否定もしない。

 と、織火がやおら立ち上がり、レックスの前に立った。


「・・・なんか文句あるってコトか?」

「ないはずないのはお前が一番分かってるよな」

「ハッ、じゃあどうすんだ?ここでブッ始めてもいいんだぜ?」


 視線が火花を散らす。

 それを織火は、まばたきひとつで打ち切って、右手を差し出した。


「・・・あ?」

「お互い文句なんか言わせないよう、とことん共闘といこうぜ。

 俺たち、北極じゃコンビネーションできてたろ」

「・・・・・・・・・」


 レックスは・・・抵抗なくその右手を受け入れた。

 あえてお互い、ギリリと鳴るほど強く互いの手を掴む。


「あァ・・・正直、あの連携は悪くなかった。

 だが毎回あのクオリティじゃなきゃブッ死ぬぜ。もちろんテメェがだ」

「そのときは努力するさ。俺がブン殴って、死ぬのがお前になるようにな」

「———ハッ」

「———はは」


 不倶戴天の好敵手の、不器用な協定は、こうして交わされた。

 周囲もその関係を肯定する。

 こうでなくては、ヒトの強さのアピールなどできはしない。


 チャナが手を叩く。


「そんじゃあ、こっからは今後の話!

 チャナ隊長による大改革、その具体的な方針を発表しよう!」


 目線で促すと、ノエミが立体ホロモニターを起動する。


 表示されたのは、何やら見知った名前が並んだ、大きな系統図。

 そして、その上部に・・・見慣れない単語が大きく記されている。


「これまではさ。

 グランフリート戦隊が下請け、新国連が親会社だとして。

 あれこれ逐一、指示や許可を受けてから動いてたワケじゃんか」

「まぁ、そうですね。そういう話で新国連の下に入りましたから」

「けど、それって結局、多層化すぎるっていうか、一枚じゃないっていうか。

 いざってときに足が重いままじゃん、お互いにさ。

 ———そこで!!」


 チャナは系統図の上に記された文字をポイントする。


「もう、我々はひとつの超大型巨魚対策組織として新生すべきじゃないかと!!

 チャナさんはそう考えて、構想を練っちゃったワケです!!

 名付けて―――」




 それは、実に分かりやすい名だった。

 何のひねりもなく、理念の表明そのものだ。


 しかし、これこそが。

 この世に迫る、を退ける―――ひとつの希望の名となる。








「———統合巨魚討伐組織!!

 『ヒュージフィッシュ・バスターズ』計画なのだーッ!!!」







 未来を知らぬ今は、ただ―――全員が「名前ダサいな」と思うのみだった。


                                  ≪続≫

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