第5章 -16『サイドバウト〈黒vs赤〉①』


 神殿を飾る純白の廊下が、みるみるうちに漆黒の泥に汚されていく。


 脚の王レッグスの足元から湧き出る大量の『ネェロ』は、まず床を伝って甲殻の王シェルを囲み、逃げ場を奪う。

 そしてそれは一定方向にゆっくりと回転しながら、黒い渦を形成していった。


「いたぶって殺す気分じゃねえ・・・一瞬でバラバラにしてやる・・・」


 殺意に満ちた銀の瞳が、苛立ちながら嗤う。

 いかに抑えても抑えきれない残虐性が、本人も気付かないうちに笑みの形を作る。

 冷静さと狂暴さが完璧に同居する様は、見る者によっては『狂気』と名付けるべき奇怪な感情だろう。


 しかし・・・違う。

 少なくとも、この甲殻の王シェルはそうでないことを知っている。

 あえて表すなら、それは―――


「どうせ大した遺言もねぇだろ?

 ―――ブザマに潰れて、ブッ果てろよ」


 黒い渦が速度を増しながら閉じ、獲物を飲み込んでいく。

 やがてそれが黒い柱のようになって、全ての動作が停止した。

 銀のパルスが、表面を走る。


「『黒潰檻ガッビァ・ネェロ・スキャチャーレ』!!!」


 轟音。

 脚の王レッグスの視界を、そして周囲の景色を染めて、黒い柱は爆散した。

 

「ハッ」


 爆発を見て、ほんの少しだけストレスが減った気がして、脚の王レッグスは低く笑った。

 そして笑ったあと―――






「ずいぶんとなものだな」






 弾かれるように、黒煙の中に突進する。

 手に『黒槍ランチャ・ネェロ』を形成。本来は投げ放って使うはずのそれを握ったまま加速する。

 そしてそれを眼前に構え、




「―――『殻闘かくとう雷喰らいばみ』」




 黒煙を突き破って放たれた真紅の拳。

 ほんの一瞬に赤いパルスが閃くのみ、一撃で槍を粉砕する。

 

「ガァッ!!!?!?」


 来たよりも速く逆方向に吹き飛ばされた脚の王レッグスは、受け身も取れず床に打ち付けられ、そのまま廊下を転がっていく。


「ギィ、ィィイッ・・・!!!

 ・・・ッあぐ、がッ、は・・・!!」


 両手に作った杭を床に突き刺し、体中のベルトを総動員して、ようやく停止。

 しかし立ち上がることはできない。

 膝をつき、片手でようやく上半身を支えて、黒煙を睨む。

 時折バチバチと、赤い稲妻が走っている。

 まるで雷雲のようだ。


「したい手段で攻撃する。結果のことは考えない。

 それをやり終えれば気が緩む・・・まさに子供だ」


 赤いパルスが迸り、黒煙を吹き飛ばす。


「この甲殻の王シェルの守りを、その程度で抜けはせん。

 ―――お前がそんなことすら分からないとは思っていないのだが。

 買い被りだったか?」


 傷も、汚れも、陰りすらない。

 黒い暴威に、直接触れる距離で晒されてなお―――その甲殻は、あまりに鮮やかな真紅を称えたままだった。


 


 


 いかなる敵にも生存を脅かされることのない、この世で最も堅剛な鎧。

 それこそが、甲殻の王シェルたるこの男の武器だ。




「クソ、クソクソ、クソチクショウが!!クソがァッ!!

 どうして俺が死んでほしいのに死なねえんだよ!!!」

だけだ。

 その体たらくでは、御神織火には届かんだろうな」

「ン、だと・・・!?」

「お前も焦ってはいるだろう?

 あれを見て、何も感じていないはずはない。

 感じていないなら、それほど苛立ちはしないはずだ」

「・・・それ、は・・・!!」


 甲殻の王シェルも、織火の様子を偵察していた。

 悩む様も、鍛える様も目の当たりにしている。


 同じものを脚の王レッグスも見ている。


「スポーツマン、というものか。

 殺す技を磨く俺とは趣が異なるが、克己心には敬意を覚える。

 考えることこそが、強くなる道」


 甲殻の王シェル脚の王レッグスを指差した。

 そしてその指の腹を上に向け、数回折る。


 来てみろ、のサイン。




「お前も考えてみるがいい。俺の素肌を焼きたければ」




「―――――――――」


 脚の王レッグスの心がざわつく。

 黒いばかりだった胸の中で、何かが、確実に変わり始めていた。


                             ≪続≫

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