第150話 おこわ

 今辞めても退職金は出さないなどと言い始めた馬鹿と、その方針を継いだ後任の馬鹿の何人かが『化身』を失っただけである。


 最初の数人は何故狙われるのか分からなかったようだが、途中勘のいい者が暗殺の理由を聞いてきた。


 そもそも普通に退職と退職金支払いの書類に、決裁の判子を押せばいいだけだったので答えなかったが。


「貴方は予告を出すより、いきなり暗殺するほうだとは言ったのだが」


 否定はせんが、私のしそうなことが、暗殺、暗殺予告、暑中見舞いの順になるのだが。


 スメラギは無駄に私への理解があるので、面倒くさい。獣牙とはまた別のタイプなのだが、同系統だ。


「あの無能どもはいなくなってくれて助かった、今の直属の上司となった人は小心者だがよくしてくれている。関係者を暗殺する気になったら、その上の上司にしてくれ」


 だいたい正規の手続きを潰してくるような上司は悪い上司である。組織に所属して給与分は働いているのに、個人的に働かそうとするタイプだ。


 出世コースの途中の役職でもあるので、欲を出すのか色々手をつけようとする者も多い。まあ、今の時代、『化身』を失ってはよほどのことがない限り、上にはいけない。


「私が暗殺した証拠はないだろう」


 そのようなヘマはしない。


 それに、向こうから近づいてこない限りは特に手だしする予定はないので、かかわらずにいてくれればいいだけなのだが。


「あれだけ警戒するなかで、暗殺を成功させていることが証拠だ」

「司法の証拠にはならんな」


 薄く笑う。


「うむ、次回があるなら協力しよう」

「……」


 何に協力する気だ、『政府の勇者』。


「では帰還する」

「ああ」


 さっさと帰ってくれ。


「貴方と会い話したこと、天魔に自慢しよう」

「今度はあれが押しかけてきそうだから止めろ」


 結局上の命令通り、暑中見舞いの件を確かめに来ただけなのだろうか。何をしに来たんだスメラギは。


 いつも真っ直ぐどこまでもストレートなので、本当に言葉のままなのだろうが、私のような裏を勘繰るタイプは、どうしても何か他に理由があるか考えてしまって対処に困る。


 いや、私だけでなく、大多数が暑中見舞いごときで? と思うのではないだろうか?


 心情的にちょっと疲れたが、予定通り生産して家に帰る。――パンを買おうと思ったのに『ODA』に寄るのを忘れた。


 思い出したのは家についてからである。そういえば、山菜おこわも作りそびれているな。


 気疲れしたので、夜は冷蔵庫にあったものをつまみにして飲んで寝た。今朝はダンジョン産のパンと頂き物をジャムにしておいた柚子ジャム。


 柚子ジャム、減らさないと次の柚子がきてしまうのではないだろうか。あと3瓶あるのだが、秋の終わりまでに消費しきれるであろうか……。


 食後は少し本を読んで過ごし、早い時間から昼の準備にかかる。今度こそ山菜おこわである。


 塩漬けの山菜は水につけてあるし、もち米の浸水も終えている。


 蒸すのである。


 山菜おこわと明太おこわを作ろう。今度、小さなホタテを集めてホタテおこわも作りたいところ。大きいのをほぐして入れるのでもいいか?


 ……黒猫にも出すか。


 しょうがない、炊飯器でも作ろう。浸水もいらず、すぐ炊けると聞く。だが曖昧な記憶で始めるのは危険だ、作業に入る前に少々調べよう。


 追加は五目おこわとキノコのおこわでいいだろうか。うっすらしょっぱい味のものばかりなので、栗おこわも作りたいが、主役の栗がない。


 中華風おこわも作っておくか。肉は大きめに。 


 おこわのおかずは何がいいだろうか。おこわは単品でも食えるので、思いつかんな。とりあえず卵焼きと漬物を――漬物、ダンジョン内で私が作るしかないのか。


 佐々木さんにいくつか作り方を教えてもらったが、自分で作ったものは今ひとつだ。佐々木さんの言う通りに作っているつもりだし、何が違うのか分からんのだが。


 一応、浅漬けを作る。他は豆腐とこんにゃくの田楽、鳥のポン酢煮にでもしようか。


 作っていると、どこからともなく黒猫がやってきた。どこでもなく、聖獣なので突然現れるのだが。


「黒猫、この間の生米はどうだった?」

「歯応えは良かったけど、味はそんなになかった」


「あれは本来、そこの蒸し器に入っているものが完成形だ」

もあもあと湯気をたてる大きな蒸籠を指す。


「ええっ!?」

驚くということは気づいてなかったのか。


 ……気づけば途中で食うのを止めるだろうし、気づいてなかったのだな。


「料理と素材の見分けがついていないうちは、戸棚に入れたもの以外食うな」

「悪い! 料理だと思ったんだよ! レンやユキの料理より美味しかったしな!」

慌てて弁解になっていない弁解をする黒猫。


「……」

レンやユキの料理はどれだけなんだ。


 この椅子の足まで食いそうな黒猫に引かれる料理とはいったい……。


「――戸棚の中のもの以外は食うな」

「うぐ。わかった」

しょげながら頷く黒猫。


 しっぽが力なくだらんと下がる。


「うまい!!」

そして食べるとすぐにご機嫌になる黒猫。


 簡単構造だな、ダンジョンの聖獣。

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