第45話 開封ダンジョン

 リトルコアのドロップカード、オークションにしれっと流してやろうかとも思ったが、一応鷹見さんに相談という形の報告。


 報告という名の外食である。フレンチ系の創作料理で、ダンジョン以前からある店だそうだ。ダンジョン出現で少々落ち込んだものの、今も昔も人気の店で、私も越してきてから昼に食べにきたことがある。


 ランチメニューは決まっていてビーフシチューかオムレツ、それでも時間前から列ができる。夜は予約制で、来るのは初めてだ。


 とりあえず冷えたスパークリングワイン、すっきりさっぱりしたかったので、酸味が利いた極辛口。


「イカ、特に『スミイカ』はぜひ天ぷら屋にもお願いいたします。粉類は広く需要がありますが、米ともども外のものを買う割合が決まっていますから価格の方はあまり期待できません。――デュラム小麦は別ですが」


 鷹見さん曰く、デュラム小麦は日本の気候に合わず、うまく育たないのだそうだ。そしてパスタに向いた小麦であるという。


 料理を待つ間、生ハムとチーズの、つまみというにはおしゃれな物をアテに酒を飲む。話題は私のダンジョンのドロップ品のこと。特にリトルコアのドロップ品についてだ。


 封入されている個数が多いので、商工会などにコネがない限り、オークションに流すかギルドに買い上げてもらうかの二択になる。物によっては小さくてその必要がない場合もあるが、なにせマグロとカジキである。あと地鶏。


「香辛料は商工会を通して希望者を募りましょうか。すぐ集まるでしょうし、悪くなるものでもない。うちのダンジョンで開ければ、オオツキさんも使えるようになりますし」

こちらに笑顔を向け、グラスを持ち上げる鷹見さん。


「ありがとうございます」

私のこと、よくお分かりで。


「ただ、ナマモノは難しいです。特にカジキもマグロも大きいですし、どうしても開封ダンジョンに送ることになります」


 開封ダンジョンというのは、リトルコアのドロップカードを【開封】できるダンジョンのこと。正式にはもう少し長い名前がついているが、開封ダンジョンと簡単に呼ばれている。


 1部屋目が広いが、ドロップ的にはあまりよくないダンジョンが選ばれ、各県に1箇所はある。なにせ木材など、加工品のドロップでも大きいものはたくさんあるし、それを開封する場所はどうしても必要になるからだ。


 ダンジョンを攻略する冒険者はおらず、ギルド職員や取引業者だけが出入りする。ドロップ品は【開封】してそのまま近隣の業者に運ばれていったり、『ブランクカード』に【封入】し直して遠くに運ばれてゆく。


 『ブランクカード』の【封入】は1枚1つ。カードの値段もそこそこするので、遠くに運ぶならばドロップした状態のまま【開封】しないほうがいい。


「開封ダンジョンは県も絡んできますから……。ですが、市長と知事の仲も悪くないですし、話の分からない方ではないので。なるべくオオツキさんを煩わせない方向に持っていきますので、安心してください。――その前に、ギルドに売っていただけるならばの話になりますが」


 鷹見さんは飴と鞭がね!?


「面倒ごとがないのならギルドに」

オークションにしても、開封ダンジョンにしても、ギルド本部やら他のギルドがちょっかいをかけてきた場合、調整してくれるのは鷹見さんだ。多少儲けてもらってちょうどいい。


 もっと生産性を上げるために他の冒険者を入れろとか、ダンジョンを売れとか、私に直接ちょっかいをかけてきたら、遠慮なく元の職場のコネを頼ろう。いくつか貸しはあるはずだ。


 だが、穏便にスローライフをおくりたいので目立ちたくはないので大人しく。最近スローどこいった? と思うが、よく考えると、もともと草や虫と戦っていて全然スローではない。越したばかりは落ち着いたらゆっくりできると漠然と思っていたのだが、やることが減らんし、草は取ってもまた伸びる。


 いや、だが草取りマスターのあの助言のおかげで少しだけ改善の兆しが! ありがとう、草取りマスター。


「地鶏、マグロ、カジキ――魅力的ですね。そのあたりが丸のままドロップしたというのも聞いたことがないですし、高く売れると思います。この県で【開封】するにしても、他県に運ぶにしても、開封ダンジョンの手数料が高いので、通常ドロップを同じ数まとめたよりは安くなってしまいますが……」


 料理が運ばれてきて話は中断。


 ソーセージやベーコン、クルトンのまじったグリーンサラダの上には半熟卵、ナイフで割って流れ出した黄身を絡めて食べる。白身はふるふるとしているけれど、全部固まっているのに、黄身はとろりとしている。


 どうやって茹でてるのか知りたい。


 ダンジョン31層ランス牛の黒胡椒風味。ダンジョンを全面に出した名前が出てきた。いや、31層の牛肉はダンジョンの売場にも滅多に出ない高い肉で、ダンジョンの階層数を料理名に入れるのはありがちなのだが。


 肉は噛みごたえはあるのに簡単に噛み切れ、ほどほどの脂と肉汁が美味しい。付け合わせの野菜は地ものなのか、旬のものを使い新鮮で味がしっかりしている。温められたバゲットは、ばりっと砕けて香ばしい。


 最後に上にオレンジピールがのった、ラムの香るデザート。


 各種1はこの県で【開封】して、1匹ずつ封入しなおしたものを私に回してくれるそうだ。


「いや、マグロ1匹もらっても困るのだが」

「うちのダンジョンに併設して解体してくれる業者というか、店向けの魚屋があるので紹介しますよ。その後はそこで売ることもできますし、選んだ部位を持ち帰ることもできます」


 そんな店が都合よく……っ! と思ったのだが、肉と違って魚は丸のままドロップすることがデフォなので、一般客が入れないか入れるかの違いはあるものの、どこのダンジョンでもだいたいあるそうだ。


 送られてきたカードはダンジョンで【開封】する都合上、ダンジョンの周りには色々な店や工場が集まる。特にダンジョン内で使う分に関しては、【封入】の都合上、加工もダンジョン内でするため、外に店を持つ業者がダンジョンの中にも小さなブースを持っていることも多い。


 なお、肉は部位単位でのドロップが普通のため、部位を薄く切る加工場所はあっても、解体場所はない模様。


 ただ、食肉用の牛豚を飼う農家さんは多く、小さな屠殺場は市内にあるそうで、もし牛が丸のままドロップしたら紹介してくれるそうだ。


 豚の解体やらを自力でする方も多いと聞いて、逞しさに驚いている私だ。そういえば柊さんも猪や鹿は解体できるような話を聞いたような……。


 もしかして私は都会のもやしっ子なのだろうか。

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