第44話 個人でのハードル

 生身では外のものを食べることが推奨されている。ギルドもダンジョン産は季節外れのものしか流通にのせない。旬を迎えるもの――収穫期のものは外のものを食えと言うこと。


 ダンジョン産は、生身に摂り込める栄養が外のものより低くなる。外の生産者の領分を邪魔しない意図ももちろんあるだろうが、健康のために旬のものを食っておけよということだ。


 化身は腹は減るし、一定を超える飢餓は体力気力が減るものの、腹を満たせばいいだけで、栄養素については特に気にしなくていいらしい。


 食にこだわりがない者は、ダンジョンで一番手に入りやすく、腹に溜まるという――大抵肉を選ぶコスパ重視となる。


 ダンジョン産を避け、外のものしか口にしないという者もいれば、肉は絶対ダンジョン産しか口にしない主義の者もいるので、人それぞれではある。


 私? 私は美味しければ。外の生産物は出来不出来があるが、旬のものを食べるのは気分的に嬉しいし、味以外で美味しく感じるタイプなので。


 34層のスライムはどうでもいい。35層はイカ類とホタテだった、リトルコアもいるはずなので隅々まで回る。バター焼き……っ! ああ、だが今日は寝かせてあった鮭とイクラ丼……っ!


 35層のリトルコアはマグロ。もはや黒い水溜りも下になく、空中をすごいスピードで泳いできて体当たりをしてくる。通路が狭いので、避けることが困難。


 それは向こうもだが。対処法としては、通路が交わる場所に位置取りし、遠距離攻撃を当てて避けるか、避けながら攻撃を叩き込むか。別に迎え撃って叩き伏せるのでもいいが。


 32層のスライムの能力カードを投げる。予想通り【溶解液】と【毒】。この毒のダメージは重複しないか。【溶解液】はともかく、【毒】は自分で作ったほうが強力だな。この層でさっさと使って荷物を減らそう。


 魔物の能力カードを使うと、同じ層でドロップした同じカードに能力の名前が現れる。名前が出る前のカードには簡単な絵だけ。


 ちなみに【溶解液】と【毒】の能力カードはどっちも三角フラスコの絵なので、液体だとしかわからない。


 これは未鑑定カードを使った時や、【鑑定】した時にも起こる。もっとも、未鑑定カードは31層以降でないとドロップしないが。何か強力なアイテムならばいいのだが、普通の薬草なども混ざっていて当たり外れが激しい。


 そして私には【鑑定】の当てがギルド以外にないのだが、どうしたものか。でちゃったよ、マグロのリトルコアで未鑑定カード。どうするのだこれ?


 【?】の文字カードを眺めて困惑する。


 まあいい、保留だ。未鑑定カードはしばらく一部屋目の棚に保管しておこう。で、他のドロップは『クロマグロ』『タイセイヨウクロマグロ』『ミナミマグロ』『メバチマグロ』『ビンナガマグロ』『キハダマグロ』『王鮪』――あとは強化や楔などのカード。


 ……リトルコアは倒しても、そして美味そうなものがドロップしても、【開封】することが難しいのはわかっている。わかっているが倒したくなるんだよ……っ! 手に入れたくなるのだ……っ!


 そして血涙を流すまでがセットなのだ。もう今日は上がって夕飯にしよう。腹が減る時間なのもよろしくない。


 楔のカードを使い、次回は35層ここから。とりこぼしのスライムを倒しながら上に戻る。


 作業台でカードの仕分け。ここに置いておく鉱石系の素材カード、先ほど出た【?】のカード。カードに封入されている個数の確認、鷹見さん相談案件など。


 ……ホタテを1つ、いや2つ【開封】。


 そして台所へ。飯だ!


 ご飯を炊き、とろろ用の出し汁を作る。そして自然薯をすって、出し汁で好みに伸ばす。大根はかつらむきして、細く刻んでツマに。茗荷も少し混ぜるか。


 冷蔵庫から寝ていた鮭は刺身に、ホタテはどうするかな? 2つともバター焼きでいいか。卓上コンロと網焼き器を持ち出す。


 飯が炊けたら小丼に盛ってまずはイクラのみ。オレンジ色のイクラは張りがあってぱつんと丸い、つけ汁の醤油の匂いが香る。


 鮭はアトランティックサーモン、オレンジ色が強い綺麗な身。背と腹の部位で食べ比べ。こちらも美味しい。腹の方の刺身を醤油につけると脂が広がる、美味しいが少しで満足してしまうので、たくさん食べるなら背の方だろう。


 大根のツマを食べて口をリセット、しゃりしゃりとした歯触りで爽やかだ。


 次はとろろを掛け、その上にイクラをたっぷり。これも美味しい、マグロの山掛け丼も作りたい。頼むから部位でも出して欲しい。マグロのカードは【開封】するのに色々ハードルがありすぎる。


 リトルコアのカードは1枚に封入されている数が多いため、運搬に便利で、離れたギルドとの取引に使われる。私のマグロも他県に行ってしまうのだろうか。だが、高額で売れるはずなので、売り払った金でちょうどいいマグロを買うという手も。


 うん、そうしよう。


 ホタテはバターと醤油を落として。もうこれは鉄板の旨さ。

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