第46話 香辛料

 数日後、オークションで落としたものが届いた。


 生産ブース用の机、棚、椅子、ベッド、弁当箱。来週には寝椅子、弁当箱、サイドテーブル、盆、ランタンが届くはずだ。


 ……そっと増えているのは事故だ。


 落とせなかった寝椅子の出品者が次の週に、もっと好みの物を出品したもんだからこう……。すでにベッドを購入してしまっていたのだが、もともと寝椅子の方が欲しかったものだからつい。


 この金額では無理だろうな、と思いつつ未練がましく入札しておいたら、後から出品された寝椅子は競る相手がおらず、うっかり落札してしまった。


 開き直って、取り置きしてもらい、送料一律でおさまる5枚を超えない範囲で欲しいものを落札した次第。同じダンジョンなので、ランタン以外は木製品の類だ。


 このランタンは『回復薬』と同じように、ダンジョン内でしか使えない生産物だ。高めなのだが、鷹見さんから聞いたリトルコアのドロップを売った時の試算が思っていたより良かったので良しとする。


 貯金からの前借りだめ、絶対。と思っていたのに……少し反省しよう。そういうわけで、財布には痛いが第2弾も届くのが楽しみだ。


 今ある生産ブースのものは一度全部収納。落札したものを【開封】する。机と棚がきれいに収まり、作業スペースが広くなった。計って買ったのだから当たり前だが。


 調薬のための道具を机に戻し、素材を棚に収納。今まで使っていた家具はリサイクルへ出す予定でいる。

 

 新しい机と椅子、棚で生産をする。使いやすいよう道具や素材の位置の調整をしつつ、真面目に量産をする。椅子は座面が革張りの回転椅子ドクターチェアなのだが、座り心地がやたらいい。


 オークションを眺めていて、国の研究施設で座ったやたら座り心地のいい椅子の生産者を思い出し、検索したらでてきたので、他より割高を覚悟して入札した。高かったがこれならば文句はない。


 会ったことはないが、おそらく椅子の生産に関してツツジさんクラスなのだと思う。ちなみに寝椅子とベッドも金をかけている、必要経費、必要経費だ。


 ……この椅子は自宅でも使うか。持ち歩きで【収納】を圧迫するが、生産を始めるとつい作業時間が長くなる。椅子は大事だ。


 週のうち最低1日は市のダンジョンを訪れ、売買ブースにカードを補充し、こちらの生産ブースに籠る。そして、来たついでに食材や消耗品の買い足しをして帰るのがパターンなのだが、今日はもう一つ香辛料の【開封】があった。


 ダンジョンの中会議室で【開封】すると、つなげた机いっぱいに胡椒の小瓶が並んだ。まずそこから私と鷹見さんが欲しいだけとる。鷹見さんがとった分は、鷹見さん個人の分もあるかもしれんが、市の協力店に回す分。


 残りはギルド職員によって箱詰めされ、隣の大会議室に運ばれていく。机の上が空いたら次の【開封】、これを何度か繰り返して私の作業は終了。全体から私の取った分を引いて、代金はギルドからの振り込み。


 鷹見さんが商工会に声を掛けたそうで、大会議室では今頃残りの香辛料をめぐる商談が行われているはず。大人気のようだが、あまり市場に流すと値段が下がるし、悩みどころだ。


 外で旨いものを食える確率があがるのは嬉しいのだが、必ず手に入るとあてにされるのも困る。もしイレイサーがヘマをして、自宅のダンジョンが消えた場合、香辛料に頼り切っていた店は困ることになるだろう。


 魚の時のように、鷹見さんがそのへんはうまくやっている気もするが。


 『クミン』『コリアンダー』『コショウ』『ターメリック』『カルダモン』『シナモン』『カレー粉』。私はそれぞれ10瓶ずつ確保した。


 今夜はカレーに決定している。じゃがいもと玉ねぎは柊さんにもらったものがあるので、にんじんと――いや、その前に何カレーにしようか。


 うきうきしながら薬の生産を切りのいいところまで済ませ、買い物。カレーの材料だけでなく、一週間分の食材だ。自宅ダンジョンで加工肉と魚は出るので、週一の買い物で余裕なのだが、野菜を買わねば。


 エンドウ豆、トマト、ヤングコーン、シシトウ、竹の子、茗荷。ダンジョン産のその他の野菜、豚こま肉、ロース薄切り。牛は先日鷹見さんと食べたので今週はパス。


 外の肉はごくたまに売っているのを見かける。鶏肉は遭遇率が高いんだが、それでも少ない。


 麦やトウモロコシなど、飼料になるものがドロップするダンジョンのそばか、高原や北の大地ならば普通に売っているのだが。それ以外の場所でも、飼っている農家は多いが、頭数は多くない。たくさん飼うには餌と面積が足りない。大抵は自家消費か知り合いに分けて終わる。


 そういう場所の、外の肉が出回るのは秋の終わりが多いんだが、それは飼い葉とか餌になるものの、冬場にとっておける量に限界があるかららしい。冬を越せる家畜の数には制限があるのだ。世知辛い。


 まあ、肉は食いすぎるくらい食っているので、ダンジョン産だけでもいい。タンパク質は川魚をはじめ、他でも摂れるし。


 帰りがけに豆腐屋に寄って、がんもどきを買い、取り置きの豆腐を回収して柊さんの家による。


「こんにちは」

相変わらず納屋で何か作業中の柊さんに声をかけ、豆腐の入った袋を持ち上げてみせる。


「おう、すまんな」

「いえ。私も便乗させていただいてますし」


 他はともかく豆腐は午前中すぐに売り切れてしまう。予約は取っていないのだが、柊さんを始め付き合いの長いもともとの住人ならば話は別。引き取りを引き受けた代わりに、私の分も取り置きをしてもらった。


「これも持っていけ」

代金をもらい、さらにまたもや野菜を持たされる。


「いつもすみません」

ありがたく受け取る。


 胡椒かカレー粉を出そうと思ったが、まだ出回っていない。胡椒なら取り扱い店があるのだが、バカ高い。お高めの肉を贈ったばかりだし、あまり返しすぎるのも負担をかけてしまう気がする。


 なかなか難しいな、と思いながらお礼を言って家に帰る。


 さて。カレーだ! 

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