第63話 未練を残しつつ

 56層のスライムは、54層のスライムと同じ。使って来る魔法の種類だけ違う。普通のダンジョンでなら、色も違うのだろうが赤黒いので同じスライム扱いでいいだろう。


 どうせ魔法を放つ予備動作中に能力を奪い、魔法を目にすることはないのだから。ドロップは当然のように火、闇、光の魔法石とその上位。


 よし、帰りに収集しよう!


 60層のリトルコアで大量に同じものがドロップするんだろう? 分かる。出なければ、本当に帰りにこの層を回ればいい。


 戻る時間を考えたら、夜中までは厳しい。私には時間がないのだ。いや、いっそ一泊しようかな? 早朝に戻って朝飯を食べて、朝寝を決め込むという手も。


 とりあえずさっさと進もう。


 57層、『ケンサキイカ』『ヤリイカ』『ホタルイカ』。チーズが数種、ニンジン数種、そして塩。『岩塩』『天日塩』『せんごう塩』。


 うむ、調味料が確実に揃ってゆく。いいことだ。だからせめて料理酒くれんか? イカはすでにスルメイカとコウイカが出ているので、それほどテンションは上がらんが、食べ比べてみるのもいいだろう。


 58層のスライムは絹糸と絹を落とした。『マルベリーシルク』『ワイルドシルク』『ノイルシルク』、『シャルムーズシルク』『デシン』『シルクシフォン』など、呪文のような名前の絹が6種類。――私にはわからんので、愛羅さんに丸投げしよう、そうしよう。


 59層は『クルマエビ』『甘エビ』そして知らないが『クマエビ』! 57層で出た『岩塩』を振って焼いたら素敵じゃないか? 


 ああ、天ぷらの食材がだいぶ集まった。明日は鷹見さんに紹介された天ぷら屋に連絡を入れて、予約をとろう。


 他は『プレーンヨーグルト』『練乳』『粉乳』、『セロリ』『芹菜』『白胡麻』『黒胡麻』、『ゴボウ』『堀川ゴボウ』『金ゴボウ』『新ゴボウ』。


 燦然と輝く『新ゴボウ』、やっぱりドロップ変だな? そう思いつつ、ブランチの亜種のような魔物を倒す。


 リトルコアの60層を前にしばし休憩。54層でドロップカード集めがてら、能力の収集をしてしまったので気力が大分減っている。


 薬を飲むか、このままだらだらして回復を待つか。飲んどくか。


 回復薬を飲みながら、時間の計算をする。


 うん、このペースならもう少し行ける。61層以降は魔物の範囲攻撃が顕著になるので、装備を待ちたいところだが避けられないことはない。


 1部屋目にすぐに戻れる『帰還の翼』を持っていることも、進みたいという誘惑を後押しする。リトルコアでなければ、一度くらい攻撃を当てられても耐えられるな、とか。


 今日の本来の予定は61層まで。60層のリトルコアを倒し、楔を打ち込んで61層を覗いて帰る――。


 キリがない。危ういことはしない方向で! まだ酒の在庫はあるし、きっぱり思い切ろう。予定通りで戻る、決定だ。


 ということで、リトルコア。サラマンダー……か?


 赤黒火に覆われたでかいトカゲがいる。入ってきた私に気づき、一定距離近寄ると、大きく方向転換。その勢いと遠心力で鞭のように飛んできた尻尾を後ろに飛んで躱す。


 伸びるのか。


 尻尾が途中で伸び、間合いを見誤るところだった。同じ攻撃を続けるので、こっちの攻撃の間合いに入れない。躱し、壁に追い詰められないよう慎重に位置取りをする。その繰り返し。


 さてどうするか。収集した魔法は届くだろうか? 悩んでいると、べちゃっとなんとも言えない音がした。サラマンダースライムの尻尾の先がちぎれ飛んで、壁にべったりついている。


 避けていたらまさかの自爆。いや、これも攻撃の一種なのか? スライムの溶解液とサラマンダーの特性の火付きの投擲物? 千切れることに構わず、尻尾をふり続けるサラマンダースライム。


 飛んでくるものがなくなるまで全部躱しきると、本体も動かなくなった。もそもそと残った体が動き、丸いスライムの形状を取る。そのまま逃げ出そうとするので、思わず苦無を投げた。


 60層クリア。


 やっぱり自爆だったのでは?


 ドロップは『光の魔法石(大)』『闇の魔法石(大)』と鉱物類。どうやら火の魔法石を取りに56層を回らねばならんらしい。鉱物類は鉱物類で使うので、いいような悪いような。


 まあ、どうせ『強化』カードを集めるために各層殲滅するので変わらんか。だが、スライムはテンションが上がらないのは如何ともし難い。 


 ここはあくまでイレイサーのためのダンジョンというのが前提にあるのだから、仕方がないと諦めてはいるのだが。


 61層を覗いて、上に戻る。


 61層のドロップは『宇和島の鯛』『伊勢の鯛』『明石の鯛』『金華ハム』『ラックスハム』『パンチェッタ』『群馬の生ハム』『長野の生ハム』『青森の生ハム』『根ミツバ』『糸ミツバ』。


 嬉しくないわけじゃないが、だいぶ魚欲は満たされ始めているため、酒への期待が大きすぎた。


 それとは別だが、突然の国産生ハムに戸惑っている。たぶん私には味の繊細な違いは分からんぞ?


 途中弁当を食べ、下から殲滅して進む。予定の時間が来たら、今日はここまで。あとは階段から階段の最短距離を。


 装備の生産、手が空いたらでとか伝えたが、早く出来上がらんかな。別途料金払っても、割り込んだ生産を先になんてことは愛羅さんもツツジさんもしないだろうし、おそらく納品日は変わらんだろうが。


 一部屋目に戻り、カードの整理。イレイサーのためのカードなら、ダンジョンの一部屋目に心置きなく置いておける。このダンジョンが消える時は、イレイサー相手の生産も不要になるのだから。


 整理を終えて、イレイサーと繋がる箱を開ける。メールをよこすよう伝えてはあるのだが、時々なにか入っているのでダンジョンに入った時にはみるようにしている。


 箱の底の真ん中に2枚のカード。


 どうやら市のダンジョンの20層、リトルコアから出る『高品質な青い薬草』と『高品質な赤い薬草』のようだ。


 市のダンジョンということは、イレイサーの能力なしで行ったのだろうし、椿と一馬がついていっているとしても、到達は早いほうだな。


 後で薬にして送り返そう。


 今日はもう終了である。風呂に入って熱い茶を飲んで寝よう。

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