第64話 堅実に

 朝の散歩。


 この山でヤマビルを見たことはないのだが、基本足元はブーツである。休憩は乾いた場所が基本。まあ、運動なので、途中で休むことは滅多にないが。


 クマは出ないが猪は出る。野ネズミやウサギ、タヌキもいるらしいが、警戒心が強い、もしくは夜行性なため遭遇したことはない。……猪は、柊さんの畑で吊るされてたのを、通りがかりに車から見たことがある。


 個人で箱罠を仕掛け、畑を荒らす猪を獲っているのだそうだ。他にも増えすぎると、近隣の山の持ち主と共同で狩りをすることもあるらしい。……間違えて撃たれないよう気をつけよう。


 もっとも狩りの時はお知らせがくるだろうし、むしろ私も山の持ち主として参加するべきな気もするが。


 方法的には勢子――獲物を脅して藪から出したり、逃げないようにする役が、銃を持つ人たちのいる方へ誘導したところを撃つのだそう。猪が駆け降り、駆け登れる範囲が限定される場所があるそうで、そこをうろつかなければ間違えて撃たれる心配はない。


 それはそれとして、猪が出るということはマダニがばら撒かれている可能性があるので、それも注意。やつら、木の枝から獲物が通ると落ちてくることもあるそうなんで、嫌すぎる。


 パーカーのフードをかぶって、頭上からの侵攻は阻止。うむ、暑い!


 ……イレイサーと一馬はスニーカーに半袖だったな。勇気があると言うか、無謀というか。いや、この山で昔から遊んでいたのだろうし、私がビクビクしすぎなのだろうか。


 私、ここで生活を始める前までは、自分がもう少しワイルドだと思っていたのだが、無理です。環境は素晴らしい、今でもそう思う。が、中に分けいると色々想定外なものが。


 草とか、草とか、虫とか、虫とか。草はなんとかなりそうな気がしてきたが、虫は距離を取ってくれないのである。おのれ……。


 散歩を終え、庭と菜園の手入れをして日課の終了。早期のたるんたるん脱却には、素振りでも加えるべきだろうか。


 アサリの味噌汁、飯、焼き海苔、生卵、漬物。本日の朝飯は以上。最近食べ過ぎな自覚がある、そして本日は昼か夜で外食予定なのだ。


 アサリの身はぷっくりしていて味がいい。卵かけご飯にして、胡麻をたっぷり、海苔で巻いて食べる贅沢。ご飯は炊き立て――というか、一人用のご飯専用土鍋なるものを使っているので、毎回炊いている。


 量を炊く方が美味しい気がするので、時々もっと大きな土鍋で炊いて、残ったら焼きおにぎりなどに仕込むこともあるが。


 保温しっぱなしや、温め直しより断然美味しいので炊いている。慣れれば手間ではないし、問題はコンロが1つ塞がることだが、おかずを作る時は土間の流しのコンロを使うので問題ない。


 クーラーボックスを買った時に注文した、冷蔵庫も無事土間に鎮座している。


 冷凍庫が大きめな2台目には、下拵えを済ませた魚や野菜、調理済みの鯖の味噌煮やらが詰まっている。2台に増えたのに、すでにいっぱいになりそうな様相なのは何故なのか。


 もともと使っているものとは別に、ストックがないと落ち着かん性分で、溜め込み型。その自覚があるので、この家は本棚も収納も大きくとってある。


 田舎暮らし、玄関から出られないほどではないが雪が積もる場所、溜め込み型と相性は悪くない。


 が、冷蔵庫についてはダンジョンのドロップの単位が原因の大半を占めてる。食べ終えるまで次を作らなければいいだけなのだが、色々食べたい欲がだな……。


 本当にどこかお裾分け先を見つけないと困るなこれ。あ、料理済みはともかく、素材はツツジさんと愛羅さんに渡せるようになったのか。よし、押し付けよう。


 朝食を済ませ、洗濯と掃除。時間を見て、『翠』に予約の電話。昼は予約を受けておらず先着順だが、夜は予約も受けている。最近は人気なので、予約を入れた方が確実。


 無事予約完了。


 洗濯物が乾くまで、本を読んで過ごし、その後は早めに昼の用意。ここでアサリの酒蒸しやボンゴレを食っておけば、冷蔵庫は無事なのだが。


 鯛めしの準備中である。ダンジョンで形のいい小鯛を選び、通路のどん詰まりで鱗をかいて、エラと内臓をとる。


 この臭わない、生ゴミが消えるというダンジョンの特性はすばらしい――家の台所に持ち込み、綺麗に洗って焼く。昆布と生姜、酒、味醂……酒と味醂が出て欲しいぞ、ダンジョン。期待しているからな。


 ダンジョンで【開封】した、大きさの合わないというか大きな鯛は『翠』に持ってゆく。予約の電話で、その約束をして開けたので無問題だ。7匹いるけど……。


 日本のダンジョン、魚の大きさと形が判で押したように揃ってドロップする場所が多いのに。


 あおさの味噌汁、車海老の塩焼き、頂き物と菜園で取れた初夏の野菜を蒸して冷やしたもの。


 鯛めしは蓋を開けると微かに香ばしい匂いが漂い、皮が割れてふっくら白い身がのぞいている。昆布を抜いて、鯛を手早く崩し骨など余計なものを取って混ぜる。


 いいでき、いいでき。


 上機嫌で食事をし、午後はダンジョンへ。


 浅い層は苦無の通常攻撃でさっさと倒す。敵に遭っても足を止めず、マップを埋めるルートは効率的に。


 新たに得た能力も使って行きたいところだが、とりあえず『強化』のカードを集めることを優先しよう。


 それに【収納】はともかく、弱い敵相手よりも、強い敵相手に使用したほうが、どんな分岐先が望ましいかはっきりする。


 浅い層はさっさと済ませるに限るのだ。


 いや、まて。


 この勢いでやると、敵の復活が間に合わなくないか? 39層までを繰り返すことを想定していたが、予想より早く終わりそうだ。


 まあいい。だったら49層までを繰り返せばいいだけだ。魔法を使ってくる敵が多いので面倒だが、回る場所がないなら仕方があるまい。


  そういえば、売買される『強化』カードがだいぶ値上がっているのだが、もしかしてイレイサー2人が買い漁っているのだろうか。あとテンコも。


 3人とも、私と同じくプライベートダンジョン持ちでそれなりに稼いでいるはず。その稼ぎを全部カードに充てているのなら納得だ。


 テンコはともかく、イレイサーが歪に育たなければいいが。


 まあ、ツバキあたりがその辺は伝えるだろう。彼女は伊達にパーティーリーダーはやっていない。カズマも面倒見はよさそうだし、助言は的確だ。


 ――カズマの方は草取りの話だが。

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