第97話 お誘い

「で? 確か、政府発表のコアの鑑定結果が165層だったはずだ。この宝石では不足か?」

だいぶ話が逸れたが、付与の話である。


 リトルコアからのドロップカードによる【鑑定】持ちは多いが、『運命の選択』での【鑑定】持ちは少ない。


 事後処理に時間がかかることもあり、ドロップカードの詳細な【鑑定】は後回しにされることが多く、発表したころには『150層越え』とか『150層相当』などが定着していて、割と細かい数字は忘れられがちである。


 過去最高レベルや、大きな被害をもたらしたリトルコアは別だが。


 ちなみに破壊後のの復興に『政府の英雄』は関わらないが、氾濫によって外に出たリトルコアが別のダンジョンに近づくと、10層のリトルコアの討伐を済ませていても氾濫を誘発することがあり、間を置いて深層の確認に駆り出されたりもする。

 

「ターフェアイト……十分よ」

カードを見て呟き、私に視線を移すテンコ。


「これなら一度だけ即死を避ける付与がつけられるはず。一応聞いておくけれど、毎回即死を防げるとか、生命はフルのままなんて考えてないわよね?」

「もちろん」


 そういった効果は大抵使いきりの消耗品、くそ高いがソロで進むのなら『帰還の翼』とともに揃えておきたい物だ。


 深層で稀に遭遇する即死攻撃を使ってくる魔物も怖いが、こっちと相性の悪い魔物と相対する可能性は低くはない。補ってくれる者がおらんからな。


「他の素材は私持ちよね? 成功してもしなくても、1つ二千は貰うわよ?」

「ああ」


 二千円ではない、二千万である。おそらくつり合う素材を手に入れるために、テンコはその支払い額の半分以上を使うことになるだろう。その辺は分かっている。


「とりあえず【開封】するか」

分かっていないのは、ターフェアイトがどんな形で何色をしているかである。


 依頼の検討に当たって、一応手持ちのカードの中で手頃な宝石を幾つか調べたのだが、このターフェアイトという宝石、ピンクっぽいラベンダーから黒っぽい紫まであってカードから出すまで色が分からんのである。


 テンコから返してもらい、もう一度カードを眺める。


 カードの数字は5。1つくらい暗い色があれば嬉しいが、まあ、黒い服の上につけてしまえばピンクも黒を透かして落ち着いた色に見えるだろう。多分だが。


「【開封】」


 手の中に5つの宝石が落ちる。


「おお? 綺麗じゃん! ピンクとメタリックグレイ?」

レンが覗き込んでくる。


 近い。


 腕を伸ばして体から離す。レンも手の中を覗き込みながら離れる。興味があるもの一点集中なのやめろ。


「紫がかった茶色とラベンダーもありますね。色の幅のある宝石なんだ」

そう言いながらレンの額を押さえ、私の手から顔を離すユキ。


 ありがとう。


「この色で」

光の角度で紫が見えるメタリックグレイ、1センチほどのラウンド。


 たまに別な形が出ることもあるが、ダンジョンから出るのは大抵この形だ。他の形は少し高値がつく。


 カットしてしまえば形はどうとでもなる気がするのだが、そういう問題ではないらしい。出たまま、というのが蒐集家の気を惹く。原石ならともかく、なぜそれがいいのか、その辺の機微はよくわからん。


「ええ。ラペルピンでいいのかしら?」

「ああ」

ジャケットの下襟の穴につけるピンバッチである。


「付与のための細工の関係で、宝石の美しさを十全に引き出すことはできないわよ?」

「ああ」

美しさより、身の安全である。


「少し時間をもらってもいいかしら? 聖獣のダンジョンのおかげで、レベルが上がるの。成功率と上昇ボーナスを考えたら、もう少し鍛えてから手をつけたいわ」

「半年は待てんぞ?」

ダンジョンを早く進みたい。


「もちろんよ。あと、よければピンクを売って貰えないかしら? 差額はもちろん支払うわ」


 先ほどの私の支払いより高くなるのは妥当だ。個別の価値はよくわからんが、付与だけでなく装備に使える素材の100層越えのドロップ品は高い。165層のものとなればなおさら。当たり外れもあるが。


 ターフェアイトは外では稀な石だが、ダンジョンではドロップした深さで希少さが決まる。深い層であればあるだけ美しい宝石がドロップするが、それは種類ではなく、異物のあるなしだったり、透明度だったり、輝きのことだ。


「構わん。今のところ使う予定はないからな」

そう何度も死にかける目に遭いたくない。


 そういう魔物だと分かったら何か別の対策をしたい。予備は欲しいが、それはダンジョンを進んだ後で、また考えよう。その頃にはテンコのレベルも上がっているだろうし。


「僕たちもテンコのダンジョンを手伝って、もう少し防御をあげる付与アイテムを作ってもらう話はしているんです。オオツキさんも一緒に行きませんか? 宝石類って生産工程にも必要なんですよね?」

後半はテンコに向けての確認。


「レベルの低い石から付与を移していくのだったか」

レベルの高い石に、高レベルの付与をする場合、低い石を媒体にし、付与の強さを加えながら、レベルの高い石に付与を移していく方法がとられる。


「このレベルの宝石に、高レベルの効果を一気に付与する勇気はないわね。割れる確率が高いもの」

テンコが答える。


「行こう、テンコのダンジョン! 普通よりは宝石たくさん落ちるって! 4人だし、ドロップはいい感じなんだろ? 俺、戦闘頑張るし!」

レンからもお誘い。


「テンコのダンジョンなのだから、勝手に同行者を増やすな」

テンコの受け答えの雰囲気からしてダンジョンの攻略は了承ということなのだろうが、私が気持ち悪い。


「いいわよ。私だけでは、進めないところまできているのだし」

テンコを見れば、あっさりと許可を出す。


「私は回復を手伝うだけだぞ?」

配信のあれで分かっているだろうが。


「分かってる!」

「よろしくお願いします」

レンとユキ。


「回復……嬉しいわ。これで少しは安心できる」

テンコ。


 ……不穏ではないか? 

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