第122話 進行度の食い違い
「こんばんは」
「あら、おかえりなさい」
ダンジョンの通路を出て、1部屋目で作業するテンコに声をかけ、ちらりとイレイサー側の壁に目を向ける。
残念、扉はないようだ。
「レンとユキなら、お風呂に行って戻ると言っていたから、もうすぐ扉がでるわよ」
さらりとテンコが告げる。
「戻ってきたのか」
「50層まで行って死に戻りですって」
……。
「死に戻り?」
条件の達成ができなかったのか。
「そもそもレンが能力カード欲しさに、無理やり進んだ場所なんですもの。そこから30層は無理じゃないかしら?」
ため息をこぼすテンコ。
イレイサーたちのレベルが、上がりづらくなるところまで上がっていれば、50層は楽勝のはずだ。協力者の装備と違って、イレイサーのあの仮面や神父服のようなものは、カードを使わずともレベルアップで防御力が上がるはず。
「そういえば、50層から攻略者が極端に少なくなるのだったな……」
そう思いつつも、一般的なことをつぶやいておく。
「40層を超えたあたりから、レベルが上がりづらくなるし、望んだ能力が上がっているとも限らないもの。でもそれは普通の冒険者の話、イレイサーは別だわ。ただのレベルと経験不足ね」
嘆息するテンコの言葉。
イレイサーは自分たちのことをどの程度テンコに話しているのか? 少なくとも通常の『化身』とイレイサーの能力が乗算されることか、レベルアップの能力カードを一枚多く引けること、どちらかは話している様子。
……通常の『化身』とイレイサーの能力の乗算。そもそも通常の『化身』のレベルが低かったのだったな。イレイサーの姿で黒猫にもらったダンジョンに通い詰めているのなら、通常の『化身』のレベル上げの暇はない。
カズマやツバキたちと市のダンジョンでと決めている可能性もある。死ねば『化身』の剥奪が起きるのだから。
それはともかく、通常の『化身』が育たずともイレイサーの能力だけでも50層は普通にいけそうだが。
……私ほどダンジョンに籠らない、のだな。幼馴染同士遊んでいるようだし、柊さんの手伝いをしている姿も見る。
「何故30層攻略を提案した時に断らなかったのか」
「これからレベル上げも含めて準備するんでしょう?」
「30層分の攻略、時間がかかるからテンコのダンジョンを楽しめ、と」
ユキにそう言われた気がしたが気のせいか?
「貴方に165層の宝石の加工を頼まれた後、期限のある依頼を全部仕上げて暇を作ったの。レンとユキに30層分の攻略のために装備を頼まれたのもあって、
肩をすくめるテンコ。
「イレイサーたちも真面目にダンジョンに通うそうだし、暫く私のダンジョンに来やすいのではないかしら?」
協力者の特典として、黒猫が次のレベルアップまでに必要な経験値の量をリセットしてくれたが、私は80層までを繰り返す程度では上がらない状態になっている。
思ったよりテンコもイレイサーもレベル上げが進んでいない。そういえば、テンコも165層の『ターフェアイト』を渡した時、レベルをあげるような話をしていたような……。
不意に「アンタを基準に考えるなーーーーッツ!!」と過去に叫んだヤツの声が聞こえた気がした。ちなみにレンの憧れ【03】勇者スメラギ、よく叫ぶ男。
久しぶりにニュース以外で名前を聞いたせいで、思い出しやすくなっているのか。隣で一緒にキャンキャン吠えていたのがいた記憶があるが、顔が思い出せん。ピンク色の頭をしていた気がする。
私は単独任務が多かったので、誰かと一緒になることは滅多になかったのだが、五月蠅かった思い出。スメラギは世間で寡黙なほうで通っているらしく、政府の広報の演出、あるいはキャラ付けの酷さに閉口したものだ。
まあ、政府の勇者のプライベートの顔が流れることは滅多にないし、国民に夢を見せるのもいいだろう。
「テンコは今、何層くらいの素材を扱っているんだ?」
「能力上昇の使い捨て付与を使って129層の宝石付与に5割成功――ただし、そのレベルの宝石を扱ったことが少ないから、正確かどうかわからない。使い捨ての付与の成功率が4割と低いの。せめて8割にあげるために目下努力中よ」
そうだな。100層以降に行ける者たちは稀だしな、素材がそもそも手に入らんな。政府お抱えの付与持ちを基準にしてはいけない。
ターフェアイトに即死防止の付与をしてもらいたいのだが、これは大分先になりそうだ。
やはりさっさと50層に連れて行き、望む能力のカードを取得してもらうべきか?
いざとなれば対象は私が暗殺するとして、イレイサーには5年間死なないでいて貰えばいい。テンコには装備を作ってほしいので育ってもらいたい。
そしてテンコにはイレイサーの面倒も見てもらいたい。私は見ないが。
果たして50層に連れていった場合――私が50層まで行けると分かった場合、テンコはイレイサーの面倒を見るだろうか?
「ほら、扉が出たわよ」
テンコにイレイサーを押し付けたいという思いと、さっさと100層以降に行きたい思いで逡巡していたら、イレイサーがダンジョンに戻ってきたようだ。
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