第8話 近所付き合い
庭と呼べる場所を横切り、細い石段を降りる。この石段も少し手入れをしないと崩れてるな。下は以前は畑だったらしい場所、この広さを畑として管理できる気がしない。
というか、すでに挫折済みなので、ここには何か手間のかからない木でも植えよう。大きな木は石積みが崩れるか? ほどほどの木を家側に寄せて植えればいいか。
もう一度石段を降りると梅林で、ここはもう
山を買って1年、柊さんが近所にいなければ早々に詰んでいた気がする。この山は元々柊家の持ち物で、今も大部分が柊さんとその分家である佐々木家の土地だ。
私の家も柊さんの妹さんが売りに出した土地で、土地と古い家屋を置いてある家財ごと買い取ったものだ。具体的には母屋と納屋の中に残っているものは好きにしていい代わりに、廃棄物の処分も私持ち。
柊さんの妹さん家族はずいぶん前から町に引っ越しており、空き家になっていた母屋はだいぶ傷んでいたが、柱等は無事だったので古材を使用してのリノベーション。
……ほとんど建て替えだが。資材の運送費が馬鹿高いので、これでだいぶ助かった。
再利用された立派な梁に柱、思いがけず予定より重厚な造りになった。納屋は状態が良かったので、少し手を入れて車庫兼物置にしている。
「お邪魔します」
薪割り機の音に負けないよう、少々声を大きくして挨拶。気づいた柊さんが薪割り機を止める。
以前の私は薪割りというと手斧か何かで割るのを想像していたのだが、たくさん使う農家は機械だった。私の薪ストーブは柊さんから薪を買う前提で、薪の長さに合わせて選んだものだ。
山の管理――間伐やら新規ダンジョン発生の有無の確認を含む委託も便乗させてもらっている関係で、うちの敷地の分も伐採した木々は適当なサイズに切られて、まとめて柊さんに渡されている。それもあって、とても安くしてもらっている。
機械とはいえ、この薪割りの作業を見ていると手間に合わない金額なのではと思ってしまう。
私は普通の魔石式冷暖房を併用しているので、大量には使わないが、薪ストーブは金もかかるし手間もかかる。冷えたストーブに普通に火を熾して、部屋を煙だらけにしたこともある。温度によってはちゃんと煙突に煙がいかないんですよ……。
薪ストーブに憧れもあったが、現実問題として私の家はダンジョンから離れていて、魔石を使う機器の効率が悪い。暖房は設定を上げても温度があまり上がらないし、冷蔵庫もたぶん普通より温い。
夏は冷房に頼らなくても、ひさしが影を作るし風が通って涼しいのだが。市のダンジョンから離れていて、魔石の効率が悪いことが、私の家の元の主が引っ越した理由の一端でもあるだろう。
って、魔石。家のダンジョンのものに取り替えればいいのか。帰ったら早速入れ替えよう。
「おう。どうかしたか?」
「魚が手に入ったのでお裾分けに。刺身と、こっちはこのまま塩焼きにでもしてください」
柊家も最近母屋の改修が済んで、お孫さんはそちらに住んでいるようだ。
柊さんは母屋は広すぎると、出会った時から離れ屋で暮らしているのだが、今はどうしているのだろう。柊さんはあまり無駄口を叩くタイプでなく、私も人と話すのは得意ではないので、聞かないままだ。
「これは珍しい。ちょっと待て」
私から笊を受け取ると、離れ家に引っ込む。
母屋の改装が済んでも、離れ屋は使っているらしい。しばらくして、ビニール袋を持ってきた。
「佐々木からたまり漬けをもらったところでな。持ってゆけ」
佐々木さんは柊さんの家より
「ありがとうございます」
さらに納屋の中で風を通していた、じゃがいもと玉ねぎも持たされた。よければ
行きよりだいぶ重くなった荷物を抱えて、家に帰る。じゃがいもや玉ねぎは、土間にある棚にしまい、摘ませてもらった紫蘇は流しで水につけておく。柊さんの家には赤紫蘇も青紫蘇もあるが、今回は青紫蘇――大葉ともいう――をもらってきた。
上機嫌なまま家庭菜園の手入れ。トマト、ナス、インゲン、キュウリ――。苗は本格的に畑をやっている柊さんから分けて貰った。
地植えにせずに麻袋に土を詰めて植えていたり、プランターに植えているものもある。全部少しずつ、来月にはまたちょっと種類の違う野菜を植えて、時差で収穫できるよう頑張るつもりだ。
私の植えた野菜が食えるのはまだまだ先なので、キッチンに戻って買ったキャベツを千切りに。大根のツマを作るために桂むき――ああ、大葉も欲しいな。今日は柊さんにもらったが、大葉と茗荷、小ねぎ、生姜あたりは魚料理のために作ろう。
家の東側を小川が流れているので、そこでセリと
ドロップしてくれればいいが、最近は育てるのも楽しいので菜園もどきは続けよう。
自分の分の刺身を作り、冷蔵庫へ。次に油の準備、南蛮漬け用の小アジを骨まで食べられるようにゆっくり揚げる。アジフライは身がパサつかないよう、短時間で揚げて、余熱で火を入れることでふっくら仕上げる。
我慢ならずにビールをあける、揚げ物とビールの相性はたまらん。キャベツの存在を思い出して口に運び、アジフライ第二弾を揚げ始める。酒を飲みながら油を扱ってはいけないのは重々承知、だが我慢が効かなかった。
アジフライも身が厚いアジを使うと、ふっくら具合が素晴らしい。サクッとかじって、さらさらとした熱い脂を冷たいビールで流す幸せ。
刺身は風呂上がりに一杯やるつもり。いつもより酒量が多いが、運動したし、今日くらいいいだろう。
まだ陽のあるうちからビールというのも微かな背徳感を伴って、贅沢だ。
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