第35話 料理人のお仕事見学

 菜乃葉さんに無事OKをもらい、約束の時間に出向く。


 クーラーボックスに鮭が入りきらない問題が勃発し、尾の側をクーラーボックスに突っ込み、はみ出た部分は袋に氷である。――他のでかい魚に備えて大きなものを買うか。カジキは無理だが。


 なお、保冷剤は冷えすぎるので却下らしい。


「おはようございます。よろしくお願いします」

「おはようございます!」

裏口から声をかけ、菜乃葉さんに迎え入れてもらう。


 駐車場は地下、ビルの中のエレベーターを使うと裏口の方が近いし、荷物を運び込むには便利だ。


「こっちこそよろしく頼む」

親父さんがクーラーボックスを受け取り、台に運んでくれる。


 店には親父さんと菜乃葉さんだけ。もう一人の料理人、和人かずとさんだったかは、この時間は家に戻って早めの昼というか、子育て中の花乃葉おくさんのサポートだそうだ。


「これもよければ使ってください」

カボスとスダチ、アサツキの入った袋を菜乃葉さんに渡す。


「天然の鮭は寄生虫が多く、生では使えない。イカのようにいったん冷凍して寄生虫を殺すか、虫がつかない養殖かなんだが、ダンジョン産はその心配や手間が不要なところはいい」

そう言いながら、親父さんが鮭を並べ、そのうちの一匹をまな板へ移動。 


 鮭の白い腹に包丁を入れる。


「わ、イクラ!」

菜乃葉さんが小さく叫ぶ。


 やたらぱんぱんだと思っていたが、秋鮭にはイクラというか筋子か、そうか。いや、うちのダンジョンの場合、入ってないのもありそうだが。


「ダンジョン産も、血が抜けているとはいえ、開封したらすぐに内臓は別にした方がいいそうだ」

筋子をバットにならべ、内臓を掻き出し、開いた奥の背骨側を包丁の先でカリカリやって崩し、洗い流す。


 ダンジョン産を扱うことに、あまり積極的ではなかった親父さん、それでもどうやら調べてくれたようだ。同じ魚と適当にせず、新しい知識も受け入れる姿勢には頭がさがる。


「鮭は柵につくったら、熟成のために塩で脱水して寝かせる。なるべく大きいままがいいんで、半身だな」

腹骨がすかれ、あっという間に三枚おろし。


「自分で釣った魚のように、腐敗が始まる時がはっきり分かるのはとてもいい」

塩を振り、ペーパーで巻き、袋に入れて半身をクーラーボックスに戻す。


「熟成させると旨みは増えるが、その代償に歯ごたえがなくなる。コリコリとした食感を楽しみたい場合は熟成させないほうが良い。鮭は熟成させなくても身が柔らかいから、な」


 他も同じように捌き、塩を振って包んでいく。親父さんがやるとやたら簡単そうに見えるのだが、さては難しいな? なんとかできそうだが、おそらく手間取る。


 鮭を包んだ紙に菜乃葉さんが魚の名前と日付を書いている。


「魚によってあしの早さは違う、青魚の類は鮮度劣化が早い。まあ、温度管理がしてあれば36時間ほどは安全だ。さて、車か?」

残念ながら車です。重くても市のダンジョンから歩いてくればよかった……!


「次回からは荷物を降ろして、出直してきます」

「昼間だしな。昼には早いが食ってけるか?」

少し残念そうながらも納得した風な親父さん。


 親父さんは自分が美味いと思ったものを、食わせるのも飲ませるのも好きなようだ。


「もちろん。というか、昼に出直すつもりで来たんですが」

「昼時は混み合う」

「光り物を少しお安く出せているのと、鯖の焼き寿司が持ち帰りで人気なんです。おかげさまで滑り出しは上々です。カウンターに回ってください」

菜乃葉さんににこにこと促され、カウンターに移動。


「ウミツボ――バイ貝と、蕗の水煮です」

すぐにお茶とお通しが出される。


 そして握られる寿司。ある程度下拵え済みの魚が木箱に並べられ、そこからさらに寿司に良いサイズに切り分けられ、飾り包丁を入れられ――。


 うちのアジ、お前こんなに美味かったのか。鯖は生とシメサバと2種類、食べ比べ。さらりとした脂のシマアジの刺身、入梅イワシの梅干し煮。鷹見さんが言っていた海沿いのダンジョンから運ばれたのであろう、アオリイカ、鯛、海老、かっぱ巻。


 予想外にカッパ巻きが美味しい。パリッとした海苔のいい香りと、胡麻と巻かれたキュウリが絶妙。


 いかん。早く色々な種類の魚を届けて、他も味わわねば。さすがプロは違う――。


「戻りました!」

和人さんが裏口から入って来た様子、すぐに水音がして手を洗っている気配。


 そろそろ昼の開店時間か。ちょうど食べ終えたしお暇しよう。


「ご馳走様でした」

新しい魚を届けた時は、一食無料と取り決めている。


「菜乃葉、酒を」

「はい」


 和人さんと挨拶を交わし、お土産に酒と焼き鯖寿司をいただいて帰る。私的には出してもらった料理で足りているのだが……。しかも、クーラーボックスには熟成準備済みの鮭の半身と、筋子、熟成済みの鯖。


 通りがかりに店の前を見れば、2、3人並んでいて開店を待っている。個室は予約、カウンターは先着順だそうだ。


 帰ったら筋子をほぐして醤油漬けのイクラを作ろう。その後はダンジョンに潜って、夕食は焼き鯖寿司で一杯――いや、栄養偏るな?

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