第111話 お誘い
予想外の者から返事が来た暑中見舞い。
まあいい。冷静に考えれば、縁を持ちたいのは柊さん、佐々木さん、草取りマスター、あとは麓の豆腐屋とお茶屋ぐらいのものだ。一筆送るのはなしの方向で。
豆腐屋とお茶屋は、まめに買っていればそのうち常連扱いしてくれるかもしれない。柊さんと佐々木さんには、お世話になりっぱなしなので何かお返しができるといいのだが。
などと考えていたら不穏な物音。蚊、蚊か! 蚊の侵入を許したか?!
奴らは車から玄関までの短いチャンスを逃さず、体にくっついてくるのである。扉を開ける前に軽く体を払って入るようにしていたのだが、昨夜は酩酊していて忘れた。
自家製の蚊取り線香を持ち出し、火を付ける。少々煙いが、香りは嫌ではない。それに食材に煙がついても無害だ。
人間には無害なのに虫や小動物には有害な物は多々ある。逆にベニテングダケをニホンリスやらエゾシカが美味しく食えるという話も聞く。もっともベニテングダケを茹でて塩漬けにして食う地方もあるが。
お香を焚いて蚊を滅殺している間、本を読む。夕食の時間が押すが、まあ仕方がない。
蚊やアブラムシをはじめ、人に食いついてきたり食害を起こしたりする虫はもちろんのこと、以前はなんとも思わなかった虫もまとめて嫌いになった。特にセミ、お前網戸に張り付いて鳴くのやめろ、五月蝿い。
ひぐらしや、秋の虫の音は好き――うん、あれらは姿を見ないからな。セミとて遠くの木にたかって鳴いていれば気にならんのだ。なぜ目の前に来るのか。
昼から食べたかった角煮カレーを食べて、ビールを飲む。柔らかな角煮は大きめで、カレーは辛め。トッピングは煮卵。
カレーは満足!
そして翌日、本日も暑くて引きこもっていたら来客。
「滝月さん、鮎獲りに行きませんか?」
「鮎獲り……」
玄関前でにこにこしている蓮。その後ろに雪と一馬、そして椿。
「昨日、すでに仕掛けはしてあるのだが、いかがだろうか?」
椿が言う。
仕掛け。
通話することもあるが、大抵野菜とともに柊さんが来訪し「いついつこれをする」とか、「なになにを収穫するから取りに来い」みたいなことを直接伝えられ、指定日に必要な用具と差し入れを持ってお邪魔する感じだ。
「そこの沢だろうか?」
「はい!」
一応場所の確認をするといい笑顔の返事がきた。
「庭の端に炭の用意はしてきたんで、獲れたら焼いて食って、余った分は分ける感じで」
一馬。
草取りマスターとの交流と鮎、双子と椿の天秤が私の心の中で揺れる。暑いし、朝と夕方以外外出したくないのだが。
「ヤマメとイワナも掛かってると嬉しいね!」
「うん」
蓮と雪のやりとり。
ヤマメとイワナ。
「お誘い感謝する。用意するので、先に行ってくれ。沢を降ってゆけばいいのだよな?」
「おう! 大体ウチぐらいのところにいる」
一馬が答える。
そういうわけで慌てて用意をする。――用意? 長靴がわりのミリタリーブーツ、軍手? 胴長なぞ持っておらんし、それくらいかもしかして?
一昨日若鮎の天ぷらを食べたばかりなのだが、その場ですぐ焼いて食うという誘惑はなかなか強烈。山奥まで行くならともかく、すぐそこだしな。
それに仕掛けた罠とやらを見れば、自分でもちょっと獲れるのではないかという気持ちもある。一応、塩とビールを持っていこう。
で、罠。
「網籠」
沢の流れ――私の家の方より流れが緩いし、沢というか小川っぽい――の狭いところにさらに石で関を作り、網籠にしかいけないようにしてある。網籠の中には葉のついた枝が入っていて、あちこちから少し飛び出している。
簗じゃないのか。
「何匹か入ってるな」
「せっかくだし、もうちょっと上流でがちゃがちゃしようか」
一馬と蓮。
そう言って岸を少し遡り、川に入っていく二人。
「籠には魚が隠れられるよう、物陰をつくって入りやすくするんです。網目は大きめのものなので、小さな魚はそのまますり抜けられる仕組みになっています。二人が網より上流で騒げば逃げ出した魚が籠に入ります」
「なるほど」
雪が解説してくれる。
雪も椿もここにいるし、あの魚追い作業には参加しなくていいだろうか。ばちゃばちゃと大きな音を立てて浅い川を歩く二人。
「暑すぎだな」
「みんな岩陰で休んでるんだろうね」
その二人の会話。
どうやら魚も直射日光を嫌厭して隠れているらしい。
「あ、この辺いそう」
大きめの岩の下の隙間に手を突っ込む蓮。
……何がいるかもわからん場所に、迷いなく手を突っ込むだと!?
「いたいた。よっと」
そして手掴みで魚を掴み上げる蓮。すごいがドン引きである。
「昔と変わらず上手いな」
感心する椿。
「蓮は魚獲り好きでしたからね」
雪。
魚獲りって手掴みなのか……? いや、過去に見た情報番組では、魚とり網を使っていた気がする。
混乱する私をよそに、蓮が二匹目を捕まえに掛かっていた。
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