第110話 暑中見舞い
頼んだのは鷹見さんと同じく、季節の膳。別で目当ての若鮎の天ぷらを頼む。
少しずつ盛り付けられた、見た目も綺麗な小皿。地物野菜を使った料理に、なるべく外の時期に合わせた魚料理。
蕪なます、出汁につけた冷たいトマト、甘エビのヅケ、煮ダコ――『翠』の料理は繊細な日本料理と、気取らない飲み屋の料理の間を行ったり来たりしている。
そしてどれも美味しい。
若鮎の天ぷらには茄子もついており、衣が薄く、噛むととろりとする絶妙な揚げ加減。茄子の天ぷらって、とろとろになるまで揚げると絶対衣が焦げるんだが、どうやってるんだろうか?
若鮎の天ぷらは身も美味しいが、腹を噛むと広がるほのかな内臓の苦さがたまらない。
酒が進むのである。
「滝月さんは美味しそうに食べますね。――すみません、私にも若鮎を」
釣られた鷹見さんが天ぷらを追加する。
鷹見さんも仕事を抜きに美味しいものが好き。いいことである。
「鷹見さんは付き合いが広そうだが、人付き合いのコツはなんだ?」
「人付き合いといっても仕事がらみが多いですが……。やはり利害関係の把握からですかね? 利は金なことが多いですが、名誉だったり安穏だったりと人それぞれですが」
日本酒を注ぎながら鷹見さん。
「私の利は完全に酒と飯だな」
「私はそれに仕事も付きますね」
私の方にも注いでくれながら笑う鷹見さん。
「あとは、付き合いを途切れさせないよう、会わない人には夏と冬に時候の挨拶は送るようにしていますかね? 宛先の名前を変えただけで一斉送信ですが。つい最近、暑中見舞いを」
「なるほど? マメだな」
冬は年賀状だろうか。
そんなこんなで少々飲みすぎた。市のダンジョンで酔いを覚まして、夜中すぎに帰宅。
朝はまたビスケットに牛乳。
なお、ビスケットとクッキーの違いはよくわかっていないまま焼いている。小麦粉やらバターやらの素材が手に入ったので自家製にした。
あまりダンジョン産を多用するのもいかんのだが、普段食っている米は外のものだし、炭水化物についてはいいとする。
家のダンジョンで色々なものがとれ、大抵のものはダンジョン産で済むようになってきた。ここは意識して外の物を取りたいところ。
まあ、季節の野菜はお裾分けがくるし、昨夜のように外食すれば主要な作物は自動的に外の物となるので、栄養は足りている気はするが。
運動は日課にしてしまうと、やらなければなんとなく気持ちが悪い。随分日が高くなっているので、沢登りは諦めて家の中で腹筋その他を行う。
シャワーを浴びて、スッキリしたところでオークションのチェック。売れ具合と欲しいものが出品されていないか。
ついでにメールも確認。鷹見さんとは別のメールアドレスでやり取りしているし、こっちのウェブメールは企業からとか、レンとユキくらいだ。
……。
人付き合いがな……。
立秋の前日までは暑中見舞いだったか。どれ、試しに付き合いの薄いやつに……返事が来なくてもショックがない……いや、特に返事がこなくてショックなやつはおらんな。
根本的に人に興味がないのである。
今現在付き合いがあって、顔を合わせている鷹見さんや柊さんから返事が来なかったら話は別だが、それは最初から送らない。
古巣で微妙に顔を合わせたことがあって、返事が来ても会うこともなさそうで、毒にも薬にもならんやつ――うむ、予算に頭を抱えていたメガネにしとくか。
書類を提出していたので、アドレスは覚えている。自分に割り振られていたアドレスと前半が違うだけだしな。
時候の挨拶を検索し、テンプレを書き換える。様式というのは、心を込めないお手軽文章である。
……職場に送るのは違ったろうか。鷹見さんは仕事で付き合いを切らないように、なんで職場でいいだろうが、私は違うな?
というか、このアドレス、覚えていていいやつだったろうか。――大丈夫、イントラメールはアウトだが、外部ともやり取りできるこっちはゆるかったはず。
一仕事終えた気になり、昼にする。
昨夜の飯が美味かったんで、何を食ってもそっけない気がする。昨夜は魚系だったし、肉にしよう。どこの部位があっただろうか?
冷蔵庫を覗いて、メニューを決めるつもりで扉を開く。寝かせている魚と肉の包みがいくつか。
あ、豚バラ角煮カレー食いたい。だが、煮込むし昼には間に合わん、カレーは夕飯だな。鍋に作るところまでやって、昼飯はスパゲティにしよう。
タコとジャガイモ、オクラのジェノベーゼ。バジルは例の効果が怪しかったトマトのコンパニオンプランツである。一度湯掻いてからペーストにすると、保存しておいても茶色くなりにくい。
昼を食い、カレーを仕込んでダンジョンへ。
戻ってきたら、なんか獣牙くんからメールが来ていた。私が鬱陶しがるので、本当に用事のある時にしか連絡をよこさないのだが――珍しい、何でだ?
うん、別にメガネくん襲撃予定とかはないから。命を狙う理由はないです。安心していいとお伝えください。
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