第109話 会話
配信の収録は無事終了。
「オオツキさん『設計図』いる?」
レンが聞いてくる。
「不要だ。分野が違う」
私は薬専門だ。
弾丸も作るようになったから、消耗品というか。武器や防具の生産は作業に場所を取るし、素材そのものも大きい。それに薬と違って、きっちり完成させる手順を覚えるためのコストがかかり過ぎる。
撮影者のスズカの能力は【敵視軽減】で、生産系ではない。何もしなければ魔物からの敵視を受け、攻撃対象になることはない、らしい。魔物へ攻撃や、回復行動をとると無効になるそうだ。
レンは私以外に生産者がいないので、私に聞いたのだろう。正確には私も生産者ではないのだが。
……剣を造ってもらいたいわけではない、はずだ。
茶に誘われたが、パスして生産ブースへ。若者のノリにはついてゆけんし、手フェチについてゆく気はない。滝月だとバレるのも困る。
自分のブースで茶を飲み、休憩。飲んだ翌日の朝用のビスケットのついでに、アイスボックスクッキーを焼いたのでそれを出す。
作っている最中、バターの多さに引いたが『化身』で食う分には色々無効なので良し! 焼き上がりが軽やかでサクサク、ホロホロとした食感が好みだ。
休憩がてらオークションをチェック。出品していたものが無事売れている、いいことだ。
売買するためにギルドに預けているカードから、何枚か選び出品。特にメッセージのやり取りもなく無言、発送やらもギルドに手数料を払って丸投げしている。金はかかるが、なるべく時間をかけない方向だ。
『強化』のカードは相変わらず値が上がったまま。一度上がるとなかなか元に戻らん。
薬類と弾丸の『設計図』のチェック。今のところ間に合っているが、まだつくったことのない物が安かったら買うつもりで値段を見ている。
その後は動画を見ながら、情報をチェック。イレイサーの対象となる青葉兄妹――コメントから拾える情報では、どうやら攻略の調子が狂っているようで、配信が少し遅れているようだ。
テンコの配信にも特に目新しいことはない。
前回のこちらの配信もおかしなコメントはない。いや、カズマやツバキにきゃあきゃあ言っているコメントや、犬の散歩についてや、スズカの手フェチ仲間らしいアレなコメントとか、だいぶ様子がおかしいが。
さて、『回復薬』の生産でもしよう。今日は、『翠』を予約しているので、時間まで生産する。
時間前に作業を終えて、藤田さんにカードの補充手続きをしてもらいダンジョンを出る。
飲むつもりなので徒歩。
……歩道で鷹見さんの後ろ姿を発見した。こういう時、どうしたらいいかわからんコミュ障です。
関わりになりたくない相手ならスルー一択なのだが、鷹見さんは唯一の飲み友達である。時間と方向からして目的は同じ『翠』。
挨拶はともかく、何を話せば? 外だが、飯と酒の話でいいのか。仕事外なのに出会って面倒とか思われそうだな。
どうしたものか。
夜目は利くほうだが、「薄暗くて気づきませんでした」よし、これで行こう。
おい、歩行者信号点滅やめろ。追いつくだろうが! 困ります。
「おや、滝月さん。『翠』で夕食ですか?」
「こんばんは。鷹見さんも?」
どうしようかと思いながら足を止めると、隣に並んだ私に気づき、鷹見さんが話しかけてくれた。
ありがとうございます、助かりました。
「はい。今週から季節の膳物の内容が変わると聞いて」
「私は若鮎の天ぷら目当てです」
「ダンジョンものではなくこの辺りで獲れる天然だそうですね」
「そう聞きました。もうすぐ成鮎と呼ばれるようになるんで食べ納めに」
「次回は塩焼きですね」
稚鮎は虫を食べるので避け――保護の意味もあるだろうが――食を苔に切り替えた、まだ骨の柔らかい若鮎を丸のまま天ぷらで。骨が固くなる大きなものは塩焼きや甘露煮だ。
鮎は家の横の沢でも獲れるらしいが、鮎釣り未体験である。
和やかに会話しながら『翠』に向かう。鷹見さん、コミュ力というか、包容力高いな?
少しは見習って――だめだ。少し譲歩するとぐいぐい来そうな奴らが浮かぶ。
だが、田舎では付き合いというものも大事だと学んだ。一律塩対応ではなく、人によって線引きを考えねば。
あとで練習しよう。
「いらっしゃいませ! ――ご一緒だったんですね」
「そこで一緒になりました」
菜乃葉さんに答える鷹見さん。
『翠』に入り、隣り合ったカウンター席に案内される。
すでに席は埋まっており、空きは僅かだ。その席もおそらく予約で抑えられている。『翠』はあっという間に人気店である。
「盛況だな」
「お陰様で」
お通しを出してきた関前さんと会話。
「酒はお二人とも冷でいいですか?」
「お願いします」
「ええ」
他は菜乃葉さんが聞いているようなので、少し特別である。
ドロップした日本酒を把握していないので、料理に合う酒は関前さんに任せた方がいい。そのうち好みの酒が見つかったら自分で選ぶ。
鷹見さんと乾杯して、まず一杯。鼻に香る匂いは控えめ、すっきりと喉に通る。
色々どうでも良くなって幸せである。
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