第112話 塩焼き準備

 蓮はさっさと二匹目を掴み取り、一馬に渡して、また別な岩陰に手を突っ込む。渡された一馬は、仕掛けた籠罠に魚を放しに行った。


「みんなもやる?」

こっちを向いて蓮。


「遠慮する」

即答。


「僕は、どうしても魚を岩に押し付けて潰すところを想像しちゃってダメなんですよね」

「私も力加減に自信がないな」

雪と椿の会話。


「蓮に任せる」

「応援してるよ」

即答ではないが、断る2人。


 どうやら2人とも経験者であるらしく、そして蓮のように上手く捕まえられないようだ。そもそも最初からチャレンジしようと思うな。


 だが掴み取り体験などというものも聞くので、私の感覚がおかしいのだろうか。というか、私以外全員サンダルか……。水遊び感半端ないな。


 遊びで野生の魚を素手で獲るような者たちと、果たして付き合っていけるのだろうか。人間としてはせめてどうぐを持ちたい。


「こんなもんでいいんじゃねぇ?」

しばし後、一馬が蓮を止める。


「うん、そろそろ焼き始めたいしね!」

笑顔で応じる蓮。


 その笑顔でやってることが野生児。


 上流へと遡って、柊さんの家の側まで来ていたので戻りである。蓮と一馬は身軽に岸に上がって、濡れたサンダルを気にすることもなく歩き出す。


 一馬の手には笹に通された鮎。罠籠からだいぶ離れたため、どうするのかと思っていたら器用なものだ。


 だがしかし、私の中で風情とはいったい? となるからやめろ。その笹に鮎を下げるのは別な方法で獲った時にしてくれ。


 佐々木さんの家まで戻り、塩焼きの準備。


 タライに移された魚は鮎が大半で、他にイワナとヤマメ。


「参加する」

こちらは私でもできる。


「私無理〜生きてるの無理!!」

蓮が後ずさる。


 いや? 貴様が捕まえたんだろうが!!!


「え? 何で?」

一馬が蓮に聞く。


「子供の頃は平気だったけど、今はなんか無理! トンボの頭とかも無理!」

蓮の主張。


 トンボの頭がなんなんだろうか? 田舎の子供の碌でもない昆虫体験の気配なので追及はしない。トンボは害虫を食ってくれる益虫なので、大切にしてほしい。


「大人になったら毛虫がさわれなくなるようなもんかね?」

「僕は今、カブトムシも無理です」

首を傾げる一馬に、雪が言う。


「昔から積極的に触りたいとは思わなかったかな?」

椿。


 椿に完全同意。


「青大将は今でも可愛いと思うけどね」


 突然爬虫類を付け足すな!


 鮎の腹で親指を押し進め、糞だし。食べているのは苔だが、細かい砂も飲み込んでいるので、出しておく。


 串うちは骨の下、上、下。全体的に塩を振る――生きた鮎はヒレが立っているので、注意深く焦がさず焼けば化粧塩の必要はないそうだ。


 越してきた時から、捕まえた鮎やイワナをその場で塩焼きにすることにちょっと憧れていたので、学習済みなのである。


 まさか蓮たちと焼くことになるとは思っていなかったが。


「わー。滝月さん、料理できるんだ?」

「手際がいいですね」

「生きている魚、触れないタイプかと思ってた」

「外の生き物は肉も魚も苦手という方はいますね」


 蓮と雪が隣で話しながら、今すぐに食べない魚を網籠にもどして、川につけにゆく。


 一馬と椿は火を起こし、炭の管理。炭と言っても、魚取りを始める前に薪を焼いたもの。火が燃え盛るようではあっという間に丸焦げになるので、炭火で焼く。


「肉も焼くか!」

そう言って家の中に入ってゆく一馬。


「野菜も用意を」

一馬の背に声を投げる椿。


 シシトウ、玉ねぎあたりは私も食べたいのでぜひ。


「滝月さんって、料理上手なの?」

「上手いかはわからんが、料理はする」

戻ってきた蓮に聞かれて答える。


「虫とか苦手そうだけど、うちからいく野菜、大丈夫?」

「……大丈夫だ。だが少しだけでいいので、農薬を使って欲しい」

アブラムシとか青虫とか!


「ダメなんだ」

「目下、すり合わせ中だ」


 庭、いや野菜から駆除できれば別に苦手ではないのだ。家の虫の出入り口になりそうなところには、配管も含めて薬剤を塗ってあるのでムカデやゲジゲジの類は入ってこんし。這い寄るタイプは大丈夫だ、もちろんチャバネなにがしも。


「虫が食えない野菜は人も食えない、とよく言われるな」

椿。


 「味噌汁にアブラムシが浮かぶこと」が許せるかを、そっとアンケートした時に豆腐屋の親父から言われたとも。 


「ははは、頑張ってね!」


 よほど私が嫌そうな顔をしていたのか、蓮が笑って応援してくる。おのれ……!

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