第93話 イタリアン『HAYASE』

 赤身肉のカルパッチョ。四角い板のような皿に、薄く切られた柔らかい牛の内腿が並べられ、上に細かく削られたチーズが白く散り、オリーブオイルに塩胡椒。飾り程度に甘いフルーツトマト、ルッコラ。


 何枚か掬ってまとめて口に運べば、とろけるような味。どうやらこの「とろけるような」のために、肉は薄く切られているらしい。


 ダンジョン産の肉のいいところは、寄生虫や細菌がいないところ。もちろん、適切な取扱をしないとあっという間に汚染されるので、生肉は然るべき店でしか食う気はないが。


 肉のお試し販売を行った後日、また鷹見さんと飲んでいる。イタリアン『HAYASE』。


 店の名前が、対応してくれていたオーナーシェフの名前だったことにさっき気がついた。我ながら人に興味がなさすぎである。


トリッパのトマト煮、とても美味しい。トリッパは牛の第2胃袋ハチノスのこと、トリッパ自体は淡白な味わいと弾力のある独特の食感で、トマトを始め一緒に煮込まれた野菜と合わさり好きな味だ。


「下処理が大変だそうで、煮こぼしを何度か繰り返して臭みを抜くそうです」

鷹見さんがにこやかに。


 うん、食いたくなったらここに来るとしよう。手間もかかる上、ストーブのついている冬場ならいいが、その作業は暑そうである。


「焼肉でも内臓が好きな者は一定数いますから、供給が増えて何よりです。ダンジョン産は寄生虫や病気の個体の心配がないですし、人気ですよ」

「何よりだ」


 普通のダンジョンはロースやバラ肉など部位単位で『肉』がドロップする、内臓系はほぼ出ない。


「それに銘柄の種類も」

そう言ってワインを注いでくれる鷹見さん。


 温泉卵にトリュフソース――私のダンジョンで出たものが、とても活躍している。プロが使うと別物だな、と思いながら卵に絡む香りを楽しむ。


 ホッキガイのバターソテー。バターだけでないのは分かるが、何かは分からん。季節の野菜を添えた仔牛のソテーも柔らかで、焼き加減もとてもいい。


 ワインが進む。ワインもダンジョンで出てくれるといいのだが。ワインが特別好きというわけではないが、さっき挨拶に来たシェフが確保が大変だと言っていたので、飲むばかりではなく料理にも遠慮なく使えるように。


「そういえば、配信は好評のようですよ。冷静なツバキのちょっとした動揺と、今までどこか投げやりだったカズマの献身と、……カオスが」

「……」

機嫌良さそうにワインを飲む鷹見さんに思わず無言になる。


 何の配信かを言わず、話題をふってきたのだから私が参加していることがバレてるのが確定である。配信自体は話題になれば耳に入るだろうしな。


 バレているのは仕方がない。なにせ市のダンジョンの会議室を借りて、配信のあれこれを相談したのだ。それもダンジョン攻略の前線にいるパーティーの中心の二人が参加なのだから目立つ。鷹見さんの耳に入らない方がおかしい。


「何故あの二人に攻略最前線の二人が引っ張られるのか……」

視線を逸らす私。


 バレているのはいいのだが、あのカオス仲間だと思われるのは遺憾だ。カオスなのはあの4人――いや、スズカもずっと手に対しての想いを独り言としてダダ漏れさせていたな。


 カオスが人気とはこれいかに。もしかして私は、お笑い配信パーティーの一端を担ってしまったのだろうか。


「確認ですが、外でも付き合いを?」

「いや、外で会うこともあるが同一人物だと思われておらん」

近所なので会うことは避けられんし、関わりを拒絶するにはその家族の柊さんと佐々木さんにはお世話になっている。


 草取りマスターにも世話になったしな。……最近、家のダンジョンを優先して、庭の手入れが手抜きだ。せっかく草取りマスターに刈ってもらったのに、家の裏手がまたひどいことになりかかっている。


 初夏の草、勢いひどくないか? なんの嫌がらせなんだあれ。木々も勢いがよくて、山歩きにはいい季節なのだが草も元気だ。根絶やしにしたい。根をたやしても種が飛んでくるのだが。


 去年取り扱いを間違えて、アザミの冠毛かんもうを飛ばしまくってしまったせいか、あのトゲトゲのヤツがそこかしこに。私が飛ばさなくても山から飛んでくるし。


「では私もオオツキさんの姿の時は滝月さんの話題にはなるべく触れず、滝月さんの時にはオオツキさんの話題はなるべく控えましょう」


 一言二言で、ツバキやユキたちとの関係性を見抜き、提案してくる鷹見さん。さすがダンジョン局長、ただの飲兵衛ではない。


 返事の代わり、礼を兼ねて鷹見さんのグラスにワインを注ぐ。


 ――私がコミュ障なこともバレまくっている気配だなこれ。

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