第92話 肉
小麦は出ているので、パンは焼けるか? いや、イーストやらが要った気がする。
いっそパンそのものと、調味料、米のドロップを期待したい。
ダンジョン産の米は買値は高く、売値は低い。差額は外の米の流通コストに回される。外での生産を保護するための、そういった品目がいくつかある。
お陰様で金はあるのだが、黒猫にここでドロップするまで出さない方が、ドロップするのでは? と。
一人で食いきれない食材を使いたいところだが、急には浮かばんものだな。初回だし、浮かぶ料理でいいか。
「まずは様子見でアジの塩焼きと焼き鳥、蛤の酒蒸し」
酒と塩で済み、調理の時間がかからないもの。
もちろん日本酒付き。あれだ、晩酌メニューだと思えば米は必須というほどではなかった。塩と砂糖は出ているので、味噌醤油が欲しい。
洋食系だと私の知識では塩胡椒を振って肉を焼くか、野菜を焼くかしかメニューが浮かばん。オリーブオイルがあれば多少ましになりそうだが。
ハムやチーズをそのままどんでもいいのか? なお、南の海の風景はガン無視メニューである。
「おー!」
尻尾をくねらせて喜ぶ黒猫。
「さっそく! いただきます」
「ああ」
鯵の白い身がふっくら柔らかく、美味しい。『萩の瀬つき鯵』、身が厚くて脂がのってしっとり優しい味を塩が引き立てる。
そして日本酒。
「ぷは〜! いいな、いいな。焼き鳥食ったところに酒、魚食ったところに酒!」
上機嫌な黒猫。
ちょっとうるさい。黒猫は、一見前足で持って食っているように見えるのだが、口元近くに浮かせた料理を前足で押さえて食べている。
「直射日光は少し暑いな」
からりと乾いて、そよ風よりも少し強い風。
爽やかだが、種族的になのか直射日光にはほんの少し苦手意識というか、抵抗を感じる。
「ああ。コートだもんな」
黒猫がチラリと私を見て言う。
それもある。仕方がない、脱ぐか。透明度の高い遠浅の海らしく、目視で見渡せる範囲には今のところ魔物の気配はない。
「開けた風景は悪くないのだがな」
選んだ席は、台所口に近い側。黒猫が果たして魔物の囮になるのかは謎だが、位置どりは黒猫の方が海側だ。
――南の海と黒猫というのもどうかと思うぞ?
「ふんじゃ、これでどうだ?」
黒猫が器用に焼き鳥を齧りながら、尻尾を大きく振る。
勝手口のそばに植えられていたオレンジ色の薔薇が、どんどん伸びて絡み、支えもないのに日除けのアーチを作る。
「うむ。いい感じだ」
日陰になると途端に気温が下がった気がする。
妙な時間に飯を食うことになったが、この台所を自由に使えることになったのは素晴らしい。冷蔵庫もあるし。
「醤油はそのうちドロップすることを期待するとして、あとは牛と豚の解体だな」
「スパッとやればいいんじゃん」
黒猫がお椀を抱えながら簡単に言う。
「血が出ない分やりやすいのだろうが、皮をはいで内臓を処理するハードルが高い。それに牛一頭分は流石に黒猫が参加しても多いだろう。処理しきれん」
冷蔵庫に入らんし、入ったところで食い切れない。
「一応、外の解体業者には口を聞いてもらったが、ここで食うにはダンジョン内で解体せんとだめだろう?」
市のダンジョンの解体業者は部位ドロップ対応なので、一頭の解体はやっていない。
「むう」
黒猫がぱたぱたと尻尾を動かす。
「鳥は二人でちょうどいいくらいだがな」
幸い黒猫はよく食べる、自分の体重より食いそうな勢いだ。
黒猫との食事は月に1、2度、タイミングがよければとのこと。あとは戸棚に適当に作って突っ込んでおけばいいらしい。私の【収納】と同じく、そのままの状態で保存可能だそうだ。
で、牛の解体の会話をしたせいか、鷹見さんから呼び出し。外の解体業者に、ダンジョンに来てもらおうかという話が出ていたのだが、どうやらそれらしい。
外でそれなりの設備を使って定期的に数頭解体する契約――これは、冒険者ギルドとして――で、その対象のカードを取りに来る時に、ダンジョン内で1、2頭解体。ダンジョンに出入りの業者が扱える程度までにしてくれるようだ。
ダンジョン内でも弁当用の食材として扱いたいようで、ダンジョン内での解体は私のためだけではない。ただ、私に優先権があるだけで。
そういうわけでわかりやすくサーロインとヒレ、ロースを頼んだ。あとはおすすめの部位を適当に見繕ってくれるとのこと。楽しみである。
解体の立ち合いはなし。魚は自分でもおろすので見学したいのだが、肉の解体予定はない。
ようやく美味い肉が食える!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます