第91話 設備
完全に空いているスペース――大体壁側は家具を配置し、真ん中はパニックルームから真っ直ぐダンジョンの通路へ行けるよう空けていた――に部屋が出現しているものと疑っていた。
ダンジョンの造形を見てきた身としては不安がだな? 疑ってすまなかった。
「あ、台所以外は魔物が出るから気をつけろ。大物はでかいし上がって来れないけどな、ダンジョンの層で言うと300くらいな」
黒猫が笑う。
「無茶言うな」
流石に遭遇したことのないレベルである。
「アンタなら能力的にうまくすれば行けるだろ?」
「命をかけるつもりはないし、そんな時間のかかることにチャレンジするつもりもない」
――ドロップ品によっては進んでしまいそうだが、流石に命はかけられないので途中で止まる。
「ま、まずは200層かな?」
確定事項のように黒猫が言う。
さては適度に酒のドロップを配置するつもりか? いや配置されているのか? くそう。自分の欲望が敵だ。
「……」
「で、どうよ? 何か足りない設備あるか? 一応、会ったことのあるイレイサーのを参考にしたんだけど」
「確認する」
台所に足を踏み入れて、黒猫の用意した設備の確認。
台所は暗い。というか、その先の南の海が明るすぎるのだな、目が慣れれば普通だった。
洞窟のような壁、基本はダンジョンの通路かこれは? 入って左手は流しとコンロ、作業スペース側に冷蔵庫。右はカウンターのような収納兼作業台。落ち着いたブルーグレーに金のつまみや装飾。床板と同じく無骨な棚に食器や鍋。
オーブンも作業台の下にくっついている。作業台の天板はやはり無骨な一枚板で、上に大理石のプレートが載っている。そして端の天板に黒っぽいプレートが埋め込まれている。
「作業台、この色分けはなんだ?」
「乾燥と保温? なんかそんな機能だったな。俺じゃ何に使うかわからないけど」
「おお、それはまた高いものを……」
脱水ができるやつだ。
調薬でも薬草を乾燥させたり、一定の温度を保つために使っている人がいる。ちょっと羨ましい、とてもとてもお高い設備である。
料理だと、豆腐の水切りとかに使うのだろうか。あとは切り替えで食器の温めか? 贅沢じゃないか?
人が動けるスペースの幅は広くないが、むしろ機能的でいい。突き当たりは開け放たれた海へと続く扉。
オレンジ色の薔薇だかなんだかとその葉の緑、海のネオン発光してそうなブルーの対比、途中には小さめのテーブルと椅子。
――食事はスペース的に外か。レベル300の魔物が上がってくるかもしれん中で。
「実際作ってみんと不足がわからん程度には完璧に揃っている。ただこれを揃えた者に頼んだ方が早いのでは?」
調味料がないが、それはドロップ品でということなのだろう。
「だって見た目と味が……。壮絶なんだもん」
黒猫の耳が伏せられ、へにょりと尻尾が下がる。
「ああ……」
そうだな、ダンジョンで料理する高レベル生産者は味より見た目より、補助効果優先だったな。防御アップとか、気力減少を緩やかにするとか。むしろ、そこそこの生産者の方が、味と見た目を追求している気がする。
「レンとユキもこんなやつ入れてたけど、なんかすごい臭いがしてるし、美味しそうじゃないんだよな」
黒猫が遠い目でどこかを眺めている。
あいつら料理系のスキル持っていたのか? ないままに効果付きの食事を作るのはかなりの難易度だと思うが。せめて私のように【生産】持ちなら、マシだが。
まさか素でダークマターを錬成する系の料理下手ではないよな? ユキはともかくレンはありそうで不安になる。
「料理を、ということは人の食事でいいのだな? 外からの持ち込みは可能か?」
「オオツキと同じものでいい。持ち込みはダンジョン産のもんなら。外のモノは俺に影響が全くないんだ、味がしない」
黒猫が答える。
なるほど、ダンジョンの聖獣。全く影響がないということは、銃火器等の攻撃もスルーだな。かといって、ダンジョンから授かった能力での攻撃も無効な気がする。
それはともかく、他のダンジョンのドロップはいいが、外の食材はダメか。ダンジョンの素材で、外で作ったモノもダメなのだろうな。米やパンが封じられた。
「ここで作ったものの持ち出しは?」
「そっちは自由でいいぞ。設備はこっちだが、材料はそっちだし」
よし!!!! 弁当のグレードアップ確定!!!
「調味料やらが揃っていないので、しばらくは単調になるぞ」
「はいはい」
黒猫の返事に作業を始める。まずは流しの上のタンクに『水』を【開封】。
「……排水はどうなっている?」
普通は流しの下に水を受けるタンクがあるのだが、下の扉を開けても配管だけだ。
「一部屋目以外に流れてる」
「なるほど……」
一部屋目以外では物も生身の人間もダンジョンに取り込まれてしまう。どうやって? と思うが、ダンジョンを自在に生成する存在だからな、と思い直す。
私の一部屋目の台所の排水もなんとかしてほしいところ。――通路まで管は引けるのか。部屋と通路の間に勾配がないから、一番通る場所がびしゃびしゃになるだけだな。配管も邪魔だろうし。
便利構造を羨ましく思いつつ、料理を始める。
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