第90話 台所

 イレイサーにもう少し協力的な態度を取ろうと思いつつ、本日も家のダンジョンに潜る。


 協力的な態度は次回会った時だ。こちらから積極的に会いに行くつもりはない。コミュ障が自分から動くと思うなよ? 面倒臭い。


 76層、スライム。


 スライムからも酒が落ちると判明してしまったので、ドロップがわかるまで真面目にやる。


 『備後絣びんごかすり』。おそらくスライムは三種出るので……、『高貴な薬草』。――『高貴な薬草』とは?


 何か薬の材料であることはわかるので後で調べよう。次に出たものは『アルミニウム』。アルミホイルになって出直してほしい。


 いや、アルミニウムのインゴットはそこそこ金になった気はする。酒器を買い集めるつもりでいるし、一応倒すか? 食材ダンジョンですという体で市のダンジョンで売り払っている手前、持ち込む場所に困りそうだが。絣系はアイラさんが欲しがるだろうし。


 悩みながら魔物を倒し、階段があったので次の層へ。だって次の層は食材のはず、悩みは終了である。


 76層は絣と薬草、インゴットが数種類ずつだ。77層はどうか?


 ひとつめのドロップは『三陸のわかめ』。よし、豆腐を買いに行って豆腐とわかめの味噌汁にしよう、そうしよう。


 『茨城の地酒』! 『富山の地酒』! 『竹輪ちくわ』番号付き! 『ブリ・ド・ムラン』――は、たぶん絵からしてチーズ!


「なあ」


 うきうきと魔物を狩っていたら、何か沸いた。


「今忙しいのだが」

イレイサー関係の招集なら、後にしてもらいたい。


 気づけば黒猫が隣に浮いている。


「最近なんか旨そうな匂いがするんだけど」

「……今日は魚のドロップはないし、捌く予定もない」


 魚を捌いた生ゴミをダンジョン内の所定の位置に捨てていたのはまずかったのだろうか。いや、旨そうな匂いというからには大丈夫か? 猫的に? 食ってもいいが、鱗や内臓だぞ。


「アンタ、俺のこと猫だと思ってるだろう?」

「違う……んだったな」


 ダンジョンの聖獣だった。


「旨そうな匂いというのは普通の料理の方か。ほとんどこのダンジョンから出たものだが」

「うん。時々人間がダンジョンで作ってるよな」


 ふんふんと鼻をならして尻尾をくねらせる黒猫。興味があります、と顔に書いてある。


「お前の食い扶持分ドロップ増やしてくれるなら、たまにやってもいいぞ。設備が揃っておらんし、簡単な物しかできんが」

ダンジョン内に持ち込める物は全てダンジョン産のもので、ダンジョン内で作ったものだ。


 普通の料理ができないこともないが、面倒なのである。だが、素材の分量で料理を作ると一人分には多いため、実は少し持て余しているところもあるのだ。


 結果、『翠』に持ち込んで料理してもらうのだが、つい飲むため、帰りが面倒なのである。家でゆっくり飲みたい。


 黒猫が食う分などたかが知れているだろうが、まあ、多少は減るだろう。今までよりちょっと大きな魚が刺身にできるかもしれない。


「落ちる数が増えればいいのか。あとちょっとならいけるかな? 設備の方は? 何がいる? とりあえず場所だけ作っとくな!」

そう言ってうきうきと消える黒猫。


 なんだ? これは台所をもらえるフラグか? どこに――一部屋目か?


 攻略途中だが、さっさと帰る用事ができたようだ。


 急いで来た道を戻る。戻……クソネコ! お前、ドロップ増やしたんじゃなく、魔物を増やしたな!?


 結果的にドロップは増えた、増えたが違う! いらん魔物まで増えてるだろうが!!!


 一部屋目、割といい具合に整えつつあるのに、真ん真ん中に台所が出現していたらどうしよう。困る。レイアウト、レイアウトは決めさせてくれ!


 内心焦りながらダンジョンの魔物を倒し、一部屋目に戻る。77層から戻るのは大変なんだが!


「よ、お帰り」


 通路から出ると、黒猫が扉を背に涼しい顔でこちらを見ている。


「……新しい部屋か?」

見たことのない扉。


「実質俺の部屋だな! ダンジョンで見たことあるの置いといたけど、合ってるか自信ない」


 そこは自信を持って欲しい。しかし、どうやら部屋の真ん中に台所というのは回避できたようだ。勝手に黒猫の部屋と地続きになった問題が発生したが。


「入っていいか?」

呼吸を整えて聞く。


「どうぞ?」

黒猫が脇によけ、扉を開く。


 目に入ったのは台所を抜けた先の海。透明度の高いアクアマリン色、降り注ぐ日差し。


 海が明るいので、台所が少し暗く感じるが――


「――海?」

「開放感があるほうが好きなんだよ。狭いかごちゃついてるとこが多いからな」

「なるほど?」


 ダンジョンの中は迷路のような作りが多い。洞窟っぽかったり、レンガを積み上げたようだったりバリエーションはあるが、大抵は狭い通路とたまに大きな部屋でできている。


 だが中が森林地帯だったり、夜空に覆われた岩山を行くようなダンジョンもある。熊本の火山ダンジョンや長野の森林ダンジョンが有名だ。


 黒猫の部屋は海だった。


 扉を開けて左右に流しと作業台がある通路のような台所、その先に大きなガラス窓の勝手口、勝手口の先は一段一段が広い階段状の道が海へと続いている。


 台所とテーブルが置けそうな道、海だけである。


 趣味がいいな、黒猫。見直したぞ。

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