第11話 4人

 先に外のホームセンターで棚と作業台の値段を見る。分かってはいたが好みのものがない。


 このダンジョンにいる生産者で、家具を作るとか、木材を扱うというのも聞いたことがない。そもそもこのダンジョンで出る主要な生産素材は豚皮と布だ。


 棚と作業台は建具屋に頼んで、自分で組み立てる方がいいだろう。母屋を解体した時の余りの木材を買ってもらったり、家の中の建具を頼んだ建具屋がある。


 棚は早々に諦めて、一夜干し用のネットと出刃包丁などを、うきうきしながら購入。ああ、酒用の冷蔵庫がある……。まて、自分、冷静になれ。散財しすぎだ! まず必要なものを揃えてからだ。


 ――俺、マアジが高く売れたら酒用の冷蔵庫買うんだ。


 などと心のうちでフラグたてる遊びをしながら、本屋に移動。ここで弾丸制作関連の本と装備修理の基礎を購入。他にも趣味の本を何冊か。高いことは高いが、大丈夫冷蔵庫より安い。


 一度車に荷物を積む。私の車は積載量が運転者含めて150キロ。今のところ助手席に人を乗せたこともないし、これで足りている。積載量を増やすと魔石の使用量も多くなるし、こんなものだ。運送や移動については、なかなかダンジョン前に戻るとはいかないようだ。


 再び『化身』に変わり、ダンジョン内の売店で【生産】用の道具の買い出し。回復薬用は揃っているが、新しく弾丸用の道具を揃える。


 それと弾丸制作に使うカードを何枚か買う。アイテムや装備の類は、手作業で普通に作ることもできるが、このように設計図と呼ばれるカードを使って、半分自動で作ることも可能だ。この自動は、【生産】を強化することで出る、分岐の能力と似ていて、仕組みをしらずとも出来上がる。


 手作業で作ったものはダンジョンの外でも普通に――ダンジョン内でだけ発動する能力は別として――使えるが、設計図を使って作ったものは、ダンジョンから持ち出すと壊れてしまう。


 まあ、外で使うものは素材を運び出して、能力を使わず外で普通に量産しとるしな。ちなみに外で作った物をダンジョンに持ち込むことはできる。ただ、銃火器や電子機器――魔石で動くが――の類は動かなくなる。


 他に設計図を使った時の違いは、品質が一律かそうでないか。【生産】の能力を含む手作業で作ったものは、当たり前だが品質にばらつきが出る。


 同じ装備でも腕のいい生産者が作れば、効果は1割増し程度になるし、逆に不慣れな者が作れば1割減どころかダメにしてしまうこともある。着心地、使い心地も雲泥の差だ。


 どっちにしても設計図のカードは高いので、弾丸のような消耗品で恒常的に使うものではない。


 私がカードを使う理由は、作業工程を覚えることに役立つからだ。やはり文章や図説より、自動であるものの一度作るということは作業のコツを掴みやすい。


 さて、来たついでにシャツでも買って――いや、自分の防具も見直さねば。浅い層ならともかく、ある程度真面目にダンジョンに通うのならば、いまの装備では心許ない。


 政府で働いていた時の装備は、返却している。あのレベルを揃えるには金だけでなくツテも必要だろう。命の危険があるような層に行くつもりはないし、高望みせずに行こう。


 まずは『白地図』。これは、ダンジョンのマッピング機能があるアイテム。通常1層で1枚、1層が規格外に広い場合はさらに必要になる。因みに市のダンジョンここは、19層までマップを公開しているので、攻略者以外が『白地図』を買うことは稀だ。なのでドロップ率に比べて、安い。


 ノートと鉛筆を持ち込んでもいいが、それなりの技術がないと、不正確になる。結構値がはるが、必要経費だ。――本音を言えば一層のマップのメモが死ぬほど面倒だった。


 そのほか必要なものを少し購入したら、今度は装備だ。カード類の販売ブースから、装備の販売ブースへ移動。


「下着は白か、ストライプか、レースか。カズマはどれがいい?」


 移動途中、昼前に聞いた女性にしては低めの美声が耳に飛び込んでくる。内容が酷い。


「ツバキ、私に聞け。なんでカズマ」

愉快そうに笑っているツバキに少女が言う。


 佐々木椿と佐々木一馬。姉弟だが真面目な椿と違い、少々品行が悪い一馬。冒険者名はそのままツバキとカズマ、同じパーティーでどちらも有名人なため、私以外も足を止めて遠巻きに眺めている者が何人か。


 ツバキは生身でもきりりとした背筋の伸びた女性だが、『化身』でもそう印象は変わらず……つまりは女性もの男性ものに関わらず、人前で下着を広げて見せるような性格ではなかったと認識していたが。 


 カズマの隣に他に2人いる、こちらは男と女。可憐な少女、儚げな少……年か? 計4人が女性ものの下着売り場で騒いでいる。


「その方が面白い。これなんかどうだ?」

真面目な顔をしたツバキが、レース付きの下着のセットをカズマの方に向ける。


「やめろ! 俺に向けるな! 俺に聞くな!」

通路からツバキたちのいる店のブースに向かって喚くカズマ。いや、そこから去ればいいのでは?


 カズマは大太刀おおたちを使う戦士だ。外でも大柄な方だが、『化身』はさらにでかい。目立つ。


「喚くと余計目立つぞ」

上機嫌に見えるツバキ。


 カズマとは仲があまりよろしくないような印象だったが、改善したのか?


「カズマが愉快だ。これなんかいいのではないか?」

「ツバキ、下着を買いに来たわけではないです」

カズマの隣の男性から困惑したような声があがる。


 いったいどういう状況なのか。とりあえずおじさんには理解できそうもないので、退散しよう。ツバキたちと取引があるとはいえ、プライベートにかかわるつもりはないしな。


「ふふ。初恋の君とはいえ、カズマはレンに弱すぎだろう」


 やりとりを背に、人を避けて売り場の通路を進もうとして立ち止まる。


 レン?


「レンとユキの装備だろ! 下着それは後で個人的に買う物!」

カズマが強く言う。


 レンとユキ……イレイサーの二人か。少女の方がレン、少し性別不明気味な少年がユキか?


 住む場所が近いとは黒猫が言っていた。ギルドが管理するダンジョンはこの辺りにここしかないので、いつか会うだろうことも。


 まさか昨日の今日で遭うとは。私と同じく、装備を揃えに来た、というところか。それでなぜ下着売り場で騒いでいるのか知らんが。いや、1部屋目ここにあるということは、なんらかの能力がついている下着なのか。


 そういえば、女性の姿をとる『化身』は、割と下着が見えるような姿で戦っているような? 私が知らないだけで、もしかして下着が防具の主体なのか? やめよう、おじさんが真面目に考えることじゃない。


 2人はおそらく、私がイレイサーについて詳しくないと思っている。実際は、イレイサーの姿だけでなく、もう1つ本来の『化身』を持つことも知っているので、姿が変わっていても驚かない。


 生身の姿は依然不明だが、佐々木姉弟と親しく最近まで話題に上がらなかった存在――まさか、柊さんの孫じゃないだろうな? 確か、幼い頃はこちらに住んでいて、親の都合で引っ越したがまた戻ってきた、と聞いた。


 いや、それはさすがに住んでいる場所が近すぎる。ないな。だが、あの黒猫、やる気があるのかないのかわからんかったな……。町ごとダンジョンを崩落させて始末してしまった方が早い、とか思っていたりして。


 まあいい、2人の存在には気づかなかったふりをしておこう。ダンジョンのあれこれは、ツバキとカズマがいれば大丈夫だろうし、放置で。


 再び歩き出し、さっさとその場を離れる。

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