第10話 滝月要の【収納】


 取引していた部屋を出て、余分な回復薬をギルドに売って本日の仕事は終了。自分の分の薬のストックはコートの中だ。


 ブランクカードに【封入】しておけば劣化はないが、私の【収納】は残念ながら時間経過がある……ということにしている。


 このダンジョンのギルド職員には、私が『運命の選択』で手に入れた能力は、【収納】ではなく【生産】だと思われている気配があるが、誤解はとかずそのままにしている。


 とりあえずカードはコートのポケットの中から【収納】するようにしているし、私が【収納】持ちなことを知っている相手――一部のギルド職員には『変転具』にも触れるようにして、リトルコアから得た能力だという誤解を助長させている。


 実際には分岐とか進化と呼ばれるものの条件を満たすまで強化をし、『時間停止』など主要な拡張は手に入れている。一般人では到底叶わないレベルなのだが、まあ、その分運搬の仕事でも政府に散々使い倒されたしな。


 個人的な強化で増やした収納個数枠は、自由にしてよかったので、酒の出るダンジョンに派遣される度、そっとカードをストックしていたのは私だ。あとは調味料の類を優先に、涙を飲んで諦めた食材もある。


 かわりに現地でたらふく食ったが。


 【鑑定】と同じく、『運命の選択』以外で入手した【収納】も進化させるまでもっていくのはなかなか厳しい。


 強化の際、『運命の選択』で得た私の【収納】のキャパが一度の強化で3から5個ずつ増えるところ、初到達の【収納】は2から3個、リトルコアの【収納】は1から2個だそうだ。


 一旦自分の生産ブースに戻り、ブース契約者用の通路を行く。そこからさらに一部の契約者専用の通路へ。この通路の定員は先着一名様、誰かと鉢合わせることはない。


 外に出る前に変転を解いて元の姿に戻る。生身の私は中肉中背より少し背はあるが、特徴のない平凡顔だ。髪は黒いし、瞳も黒い。格好はスラックスにTシャツ。


 さて、飯を食って買い物をしよう。


 昼飯はステーキとハンバーグの店、小型のパンの食べ放題がついている。このダンジョンは豚系と牛系魔物が出るため、豚肉と牛肉が安い。鳥肉も県内にドロップするダンジョンがあるため、他所よりは安めだ。


 鶏肉は産出するダンジョンが多いので全国的にリーズナブル、野菜は種類によってはバカ高い。ダンジョン産ならばカードで【収納】持ちが運搬ができるが、野菜を産出するダンジョンは少ないのだ。 


 一般の車は積載可能な重量が低い、トラックは何キロだったかな? トラックは魔石にリトルコア級が必要になるので運送料が高くなる。そして魔石の排出されたダンジョンから離れるほど、速度が遅くなるので遠出のハードルが高い。


 【収納】持ちで、配送業の運転手というのは給料がいいのだが、強化するには自身でカードを拾うか、金をかけてカードを買うしかない。


 大手運送会社は、会社がカードを用意して強化した【収納】持ちを何人か抱えているが、日本全国に全ての物資が毎日行き渡るには到底足りず、遠方から運ばれるものは高くなる。


 幸い、米・麦・大豆・塩・砂糖がとれるダンジョンは、肉に次いで多く、食料に限らず国とギルドが作った、基本的な物資を専門に配送する仕組みがある。だが、その他のものについてはまだまだだ。リトルコアの魔石にも【収納】持ちにも限りがある。


 私が住む場所としてここを選んだ理由は、ダンジョン産の肉の種類と、豊富な種類の野菜が生育可能な気候であることが大部分を占める。山で平地が少なく、野菜は量産ができないため、商売にしようとするときついが、自分で食う分には十分だ。


 まあ、家庭菜園の広さであっぷあっぷしているので、自給自足には遠い。できれば柊さんと被らない野菜を作って交換といきたいところなのだが、現実は栽培が易しいものでも出来がいいかは怪しいところ。


 焼きたてのパンが籠に追加されたところを見計らって、取りにゆく。ハンバーグを一口、パンを割って一口。まあまあかな。


 ダンジョン以前は家庭でも使っていたという胡椒が高級品、何度か使っている料理を食べたことがあるが、このハンバーグは胡椒などの香辛料はなし。だから手頃な値段で食えるのだ。


 移住理由のもう一つ。市で食を推しているらしく、うまい店が多いのと、食材と調味料の類を扱う店が揃っている。くそ高いが以前いた場所では、物自体がなかった食材を扱う店が2、3軒はある。


 香辛料、バターあたりも家のダンジョンで出るといいな。早くダンジョンに潜りたいのだが、まずは義務を果たそう。とりあえず家で生産ができる体制を整えることからだ。


 最後に水を飲み干し、上機嫌で店を出る。家のダンジョンのことを考えれば、浮き立つのはしかたない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る