第12話 ツツジ、アイラ
このダンジョンで販売しているものは豚皮の装備が多い、特産品が豚だからな。浅めの層と深めの層と2種類の豚系の魔物が出る。あとは11層以降のスライムがたまに出す布。
布装備も人気があるが、10層に出るリトルコア以降のドロップということで、布と深めの層の豚革装備は値が張る。牛革装備も高め。
なめし固めた革の装備は思ったよりも固く、軽い。最初は、剣道の胴装備のようなものをコートの下に着ることが無難か。
運命の選択で授かった装備は時間経過で修復されるが、生産品はどうしても痛む。修理しつつレベルと層に合わせて買い換えてゆくものだ。高い装備を浅い層でダメにするつもりはない。
あとはとりあえずブーツを――
「嫌。やめて、やめて」
胴装備を手に取り、移動しかけたところで聞き覚えのある声。
「ツツジ」
スーツ大好きツツジさんだ。相変わらず少し離れた壁に半分身を隠しながらこちらを見ている。
先ほどのツバキたちもそうだが、『化身』になってダンジョン内にいると、どうも社会的規範から少々逸脱するというか、年齢や姿形から解放され、少々
「その姿でそれはやめて! スーツ、スーツ」
必死に訴えてくるが、私には選ぶ自由がある。
「生産はともかく、今度できれば11層以降にも潜るつもりなので」
このスーツの装備で、それがあまりよろしくないことはツツジさんも知っているはずだ。
もっとも私が生産者よりだった場合を前提としてだが。もともと防具については鎧系より防御力が低く、代わりに動きやすいコートだったので、私の戦い方は基本避ける。
「スタイル、顔、細身のナポレオンの超ロングコート。無理、スーツ以外は無理」
「防御面で人の趣味に付き合うつもりはない」
私がこのスーツを着ているのは、第一に生産メインだったから。次に防塵や形状記憶などに優れており、手入れがいらない。 そして何より格安。
ツツジさんの知り合いにほぼ実費で作ってもらった――頼んだのは私ではなくツツジさんだが。おそらく代金の代わりに何か作り返したのだと思う。ツツジさんは革系統に特化した生産者で、靴やベルトはツツジさんの作だ。
「作る、作ってもらう!」
「高い」
ツツジさんはスーツに対して変態だが、有名な生産者だ。同じく、スーツを作ったアイラさんも。
簡単に手に入る素材で作り、ほぼ何の能力付与もなかったため――防塵や形状記憶は、レベルの高い生産物には何をするでもなく付随してくる――私でも手が届いた。生産者の名前の付加価値はツツジさんの依頼なため、プライスレス。
だが普通は、ツバキなど有名冒険者がオーダーを入れる相手だ。お遊びで作ったものならばともかく、攻略用の装備はとても手が出ない。昔ならともかく、今は家や食に金をかけたい。
「お願い、せめてもっと格好いいのに……」
メソメソし始めたツツジさん。
鬱陶しい。
「ツツジ様、豚の皮でオオツキ様に似合う防具をお作りになられては?」
私が無視して行こうとする一歩手前で、割って入ってきた声。
ギルド職員の田中さん。職員は制服と『運命の選択』で得た装備を組み合わせている。胸のあたりにある肩が出ているケープというか、幅広の帯のようなものにどこの所属か分かる刺繍が入っている。田中さんは生産ブースの管理責任者だ。
ギルドの意向は、ツツジさんとアイラさんにこのダンジョンに残ってもらうこと。今まで二人はさまざまな素材を試しに、あちこちのダンジョンを移動して来たらしい。
おそらくここへも、このダンジョンから出る布と豚系の魔物の皮と、牛系の魔物の皮が目当てで来たのだろう。私はその肉目当てで越して来たわけだが。
ところでこのダンジョン、最初の部屋が広いとはいえ、無限ではない。生産ブースには限りがある。国の下部組織であるギルドの料金は明瞭で、高いことは高いが吹っかけているほどではない。
生産ブースを一年間借り切るというのは実は、金の問題ではなくギルドへの貢献やコネの問題だ。
回復薬の生産者、よく出るレベル帯の装備の生産者、テントなど戦闘以外で必要になる装備の生産者、料理生産者あたりは一定の枠が設けられ、大抵ギルドが指名して年単位で契約する。設備は個人持ちで入れることになり、又貸し禁止なため個人ブースとも呼ばれる。
残りのブースは時間貸しで予約抽選の上、空きがあれば先着で貸し出し。抽選ブースは基本、ギルドが生産設備を揃えた部屋で、土日や仕事帰りの時間帯はだいぶ倍率が高いらしい。
で、このダンジョンに来て間もない私が個人ブースを借りられているのは、簡単に言えばツツジさんの餌だからだ。表向きはコンスタントに一定品質の回復薬を納入可能だから、ということになっている。
「オオツキ様も同じ値段であれば、防御性能が高い方がよろしいのでしょう?」
「生産者に信条を曲げさせるのは好かん」
そりゃあ、安くて確かな性能の防具の方がいいに決まっている。
ただ、私が適当に生産をしている負目があるせいか、一流の生産者の流儀というものに憧れが少々。便利に着ておいてなんだが、ツツジさんとアイラさんには意に沿わない生産をあまりして欲しくない。
「あら? ツツジ様の信条第一はスーツかと」
頬に手を当てて、困ったように首を傾げる田中さん。
「格好良くても革装備はスーツじゃない。スーツー、スーツー」
……。
このスーツと鳴く生き物は、本当に素晴らしい生産者なのだろうか……?
「じゃあアナタは防御力の高い靴を作りなさいな。スーツはアタシが作ってあげるわよ」
「アイラ様」
通路を来る、巨漢に田中さんが頭を下げる。
布系防具を手がけるアイラさん。ピンク色の髪に、厚い胸板、ピンヒール、ぷるんとした唇、性別男。己れの筋肉と可愛らしいものを愛する。
「アイラ〜」
半べそをかきながら巨漢にすがりつくツツジさん。
ツツジさんは小柄で可愛らしい外見、スーツ以外では引っ込み思案で、恥ずかしがり屋――と、田中さんとアイラさんから聞いている。私はその状態を見たことがないが。
私の外での姿をおそらく二人は知らないし、私も二人の外での姿を知らない。腕のいい生産者は絡まれやすいため、個人ブースの契約者は、どのブースの利用者か分からないよう出入りなどが配慮されている、通常の冒険者より身バレしづらいのだ。
「そんな顔しないの」
ツツジさんの背中を軽く叩きながら、私に向かって言う。わかりやすく渋い顔をしていた気はする。
「アタシたちが鬱陶しいのはわかるけど、手に入る物だけ考えれば、悪い話じゃないでしょ? 付き合ってちょうだい」
小さく笑って言うアイラさん。
アイラさんを鬱陶しいと思ったことはないし、誤解されていることはわかっているが、わざわざ否定するのも面倒なので黙っている。ツツジさんが少々鬱陶しいのは否定しない。
「ツツジ様もアイラ様も、たまには初期の手順を思い出されるのも気分転換になって良いかと……」
にこにこと田中さん。
「そちらがいいのなら、私に否やはない」
そういうことになり、防具は生産に来た時に受け取ることにして、その場を後にする。後腐れがあるならともかく、相手がいいと言ってるものを、固辞するのも面倒だ。
私の靴の型もスーツの型紙もすでに二人は持っている。『化身』は何か特殊なスキルででもない限り、老いることも姿が変わることもない。
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