第13話 ギルド職員

 次に向かうのは生産物の買取りブース。


 ドロップ品は普通、カードのままでのやりとりになるため、銀行の窓口のようなカードブースに持ち込む。その場でカードの種類と枚数を確認、金額を告げられ同意すれば金を受け取って終了。このダンジョンで出るものの買取額は掲示されているし、時間はかからない。


 大口の客――深層や他のダンジョンの珍しいカードを持ち込むか、持ち込む枚数の多い客は、査定に時間がかかるため、融資窓口のようなパネルで仕切られた場所での取引。


 カードから出した状態の素材のやり取りは、ダンジョン内でなく、外に売買の店がある。うっかりダンジョンの外に持ち出せない素材を【開封】してしまった場合は、中の買取ブースで対応してくれるが、値が下がる。


 私は生産物の買取窓口の方が馴染みがあるので、そちらに。生産物は大きさがまちまちで、検品作業があるのでお互い対面で座るか立つかしてやりとりをする。


 そしてここは融通がきく。本来ダンジョン登録の手続きをする窓口は別なのだが、ここで受けてもらえる。これもツツジさんの餌の特権。


「オオツキさん、また納品ですか?」

顔見知りのギルド職員が対応してくれる。


 私は個人ブースを与えられている関係で、四半期ごとに定められた本数をギルドに売ることになっている。なので薬を売りにくると納品と言われる。


「いや、ここだけの話、自宅にダンジョンができてな。登録をここで頼んでいいか?」

「あら、おめでとうございます。でも、ナイショなんですね、わかりました」

唇に指を当てて笑う藤田さん。話が早くて助かる。


 昼前に回復薬を売りにきた時にはいなかったので、午後からのシフトだったのだろう。一応この窓口の誰に頼んでも良いことにはなっているのだが、イレギュラーなことはなるべく信頼できそうな人に頼みたくて、午後の出勤時間ふじたさんを待って出直したのだ。


「登録用のドロップカードはこれで。で、ドロップの査定と買取もお願いする。一枚は藤田さんに進呈する」

それくらいには親しい。


 確か年間12万だかを越えなければ、売買も税務署やらに引っかかることはない。ん? 譲渡はもっと上の金額まで大丈夫だったかな?


 後で調べよう。


「あら、ありがとうございます――これは、確かに内緒にしたくなりますね。魚は珍しい」

差し出したカードを確認して表情を変える。


 昼直後で他の納品の客はいないが、それでも藤田さんの声は後半、小声になった。


「海のない県よりは安くなってしまいますが、ここは海岸からの便も悪いですし、それなりの額がつきます。――こちら、鷹見たかみの方へは?」

「お願いする」


 鷹見さんに話がいけば、ギルド内の情報の取扱にも気を使ってもらえるだろう。


 鷹見というのは、ツツジさんとアイラさんを留めるために、あれこれ画策している大元だ。私に生産ブースを借りないかと持ちかけてきた、ここの上役。


 個人ブースの話は、守秘についてツツジさんやアイラさんと同じ扱いにすることを条件に受けた。ついでに敗北した飯屋の予約。


 話を持ってこられたのが、電話には勝利したのに一見さんはカウンター不可、個室は2名様からという嫌がらせが炸裂して、予約が取れなかったのを引きずっていた時だったので。


 時間を気にせず使える個人ブースは、生産に力を入れたい人や、外で普通に働いている人たちにとっては魅力かもしれんが、私は空いている時間帯にくればいいし、個人ブースそのものにはあまり魅力を感じなかったもので。


 私にとって魅力的な便宜は、出入りに他の冒険者と鉢合わせない通路が使用可能なこと、契約に関する書類などを正規の窓口ではなく、ここの担当者に処理してもらえること。


 私は契約うんぬんはツバキたちくらいしかないのだが、個人ブースを与えられるような生産者は個別の取引も多いらしく、誰とどんな契約をかわしたか漏れると面倒になることもあるらしい。あと、生産者は単純に引きこもりタイプも多いので人のたくさんいる窓口での書類作業が苦手、これは私もだ。


 隠れようとするのは、種族的特性を経験が強烈に裏打ちしてしまったからな気がする。もう忍ぶ必要はないのだが、つい。


 まあ、有名無名に関わらず、外で情報を漏らしたくない者はいる。外ではダンジョン関係で絡まれたくなかったり、外の自分と結びつけてほしくないと思う人たちだ。ツツジさんやアイラさんのような有名人、生身は硬派を気取るのに『化身』は魔法少女もどきなど。


 後者はそういうものだと受け入れられているのだが、ダンジョン出現以前の雰囲気を引きずる、50以上の年齢の方々には抵抗が残っているようだ。


「まずはこちら、ダンジョンの登録証です。カードの査定は少々お待ちください」

藤田さんが特殊紙に印刷された登録証をくれる。


 多分これで、鷹見さんにとって、というよりここを管理する冒険者ギルドにとって、ツツジさんやアイラさんと同じく、私は留まって欲しい者の側になったはずだ。個人の技量ではなく、珍しい素材を持ち込む者としてだが。


 不都合が起こらない限り家から近いこのギルドに売るが、【収納】持ちの私は、県内くらいであれば、他のギルドに売りに行くことが容易なのだ。長距離、車に乗るのは避けたいが。


 ……。


 そういえばイレイサー2人、カードではギルドに持込めない――カードを持ったまま外に出ると消える――のだな。あちら側のダンジョンは鉱石の類が落ちてそうだが、重量は大丈夫なのだろうか。


 プライベートダンジョンの持ち主の中には、運搬業者を雇う者もいると聞くが、知られたくないだろうし。


 藤田さんが情報を入力するのを眺めながら、つらつらと考える。


 装備のカードや『ブランクカード』、『白地図』などはカード1枚につき中身は1つだが、素材はカードの端に書いてある数字の数が封入されている。アジの絵のカードに3とあればアジ3匹が【開封】したときに出る。


 カードを落とさなかった敵もいるが、一層で私が倒した数は100を下らない。――黒猫はカードの出る率を上げといたと言っていたが、確かにここのダンジョンよりは少しだけ出がいい気はした。


 全部売ったわけではないのに、魚だけで査定額は15万円近く。売らずにとっている鉛は、このダンジョンでも出るし、大して値はつかないが、他に『覚えのくさび』が出ているし、1層の1日の稼ぎとしては破格だろう。


 この分なら生産設備を整えた後、酒用冷蔵庫もすぐ買えそうだ。


 約束通り、アジのカードを藤田さんに一枚渡し、上機嫌で家路に着く。

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