第4話 選択

 黒猫が姿を消すと、私の周りの空間にとりどりの蕾が溢れる。薄く輝く蕾の中にはさまざまな石が抱かれているのが透けて見える。


 『運命の選択』で現れる蕾に似ている。あれは掴み取ると、手の中で『変転具』と変わり、同時に得た称号を口にすると、武器防具を装備した『化身』に変わる。


 今回変転具しょうごうはなしと黒猫が言っていた。ではこれは、武器防具の石だろうか? 


 ぷっくりとした蕾、細長い蕾、五角形の桔梗の蕾のような形のもの、内包されるのは透明度の高い宝石のような石、七色に輝くビスマス結晶のような石、夕焼け色の石、中にインクルージョンのある石、綺麗にカットされたもの、原石のようなもの、様々だがどれも美しい。


 時間を確認して、周囲に視線をもどし、蕾の中をゆっくりと歩く。狭い空間だが、選ばなかった石は触れても体を透過してゆく。


 選んだのは黒に見えるほど濃い青紫と深紅の混ざった宝石を内包した、白い蓮のような蕾。淡く輝き、先がわずかに青い。中の宝石がその光に照らされ、黒以外の色を見せている。


 腹黒そうでいい。


 手を伸ばし、掴み取るとそれは日本刀に変わった。そして同時に手首辺りが光り、銀の腕輪が現れる。


 ――なるほど、同系統。


 武器防具についた能力を確認する間もなく、今度は六つの宝石が浮かび上がる。薄く輝き、中には花の蕾が封じ込められている。先程と逆。


 ダンジョン初到達の能力石だ。一般に出回っている話を信じるなら、このうちの半分がすでに持っている称号に沿った能力、半分があまり関係のない能力という率だ。


 浮いている石は、青、緑、赤系。形は様々だが、どれも拳に握り込めるほどの大きさ。色や形、内包する蕾に規則性を見つけようとしている研究も聞くが、今のところ何の関連も見つかっていない。


 考えても無駄なので、自分の好きなものにする。色が綺麗な、紫を帯びた青いタンザナイトを思わせる石に触れる。すると、瞬く間に中の蕾が花開き、花芯から光が溢れ出す。


『【幻影回避】。周囲に己が居場所を錯覚させる』

頭の中に声が響き、光は懐中時計に吸い込まれて消えた。


 久しぶりにダンジョンの声を聞いたが、さっきの黒猫の声に似ているな。それにしても今更近接武器か。運動にはいいか?


 落ち着いたところで確認。


 日本刀についている能力は【魔月神まがつかみ】、銀の腕輪は【隠形おんぎょう】。


 【隠形】はわかるが、なんだ【魔月神】って。――状態異常つきの必殺技的なものだった、あとで使ってみよう。刀は斬撃属性、これは一般的。時々剣なのに打撃属性がつくものもあるそうだが。


 【隠形】は身を隠す系統の能力だが、今の状態は立てる音を小さくするだけのようだ。おそらく強化をして行けばその名の通りのものになるはず。銀の腕輪自体の防御性能は、魔法防御系。


 私の種族はダンピール。赤目の印象を和らげるための伊達メガネ、服装は【収納】がついた黒のロングコート、チャコールグレーの三つ揃え、ベストに『変転具』の懐中時計、銀鎖。細身の内羽根ストレートチップ――おおよそ動き回る冒険には向かない、フォーマルな黒の革靴。


 生産職でそう動き回ることもなく、自分で言うのも何だがダンジョンでの姿は、見目が良かったために、生産職の知り合いであるスーツ大好きツツジさんにコーディネートされた格好だ。


 ちなみに出会いの第一声は「ナポレオンコオオオオオォオオォオト!」だった。出会いというか、突然後ろから奇声が上がったのだが。


 自分のコートがナポレオンコートと呼ばれる部類なのだと、ツツジさんに叫ばれて初めて知った。すごくうっとおしかったのだが、スーツを着てさえいれば、むしろ近づいて来ないので無害。壁際から送られてくる視線を気にしなければだが。


 そして腹立たしいことにツツジ作の靴は履きごこちがいいし、スーツも同じく着心地がいい。防塵防汚効果は付いているが、特に攻略のために防御力を高めるような処理はされていない。


 日本刀は黒い柄、黒い鞘、美しい白銀の刃。角度によっては漆黒にも見え、風景を取り込んで消えて見える。腕輪の方は輝きを抑えた銀に、繊細な模様、影の中では黒く見える紫の宝石がついている。

 

 コーディネイトとしてはいいのではないか? 生憎私はジャージ愛用者で、外出時はスラックスを履いていればあとは適当、かしこまった席ならスーツを着ていけばいいだろう程度の意識レベルなのでよくわからんが。


 だが装備として物理防御が低いことだけはわかる。しばらく浅い層だが、リトルコアと対峙する前に防具を揃えねば。


 生産サポートといいつつ完全に戦闘向けの報酬だが、もともと『運命の選択』で得たものは一応戦闘系だからな。生産系の人たちは、武器に鍛冶屋のハンマーや、裁縫の針、防具に鍛冶屋のエプロン、針仕事の指抜きなどを出している。


 称号武器防具による戦闘系と生産系の割合は半々より若干戦闘系が多い程度。ただ、リトルコアを何度も倒し、その先の階層にゆく者は少ない。外での仕事との兼業も多いし、浅い階層でのドロップで小遣いを稼ぐ程度で、命懸けで進むまでは到らない。


 『化身』を早々に失うより、長くダンジョンにいけた方がいいという考えだ。生身が80歳を超えても、『化身』では姿も能力もかわらんからな。


 確率は低めだが、私のようにリトルコアから能力カードを得る者もいるし、浅い層までなら生産系も戦闘系もそうかわらない。


 懐中時計を見ると、既に1時間になろうとしている。優柔不断というわけではないのだが、武器防具の蕾を眺めるのに時間をかけた。あれは眺めているだけでも美しい。


 意識を手に入れたものから、周囲に戻すとなかったはずの扉がある。パニックルームの正面にダンジョンの奥へ進む通路、左手に扉だ。


仕事

・イレイサーの装備の修理

・消耗品、主に薬品類・弾丸の提供

条件

・イレイサーのこと、イレイサーに繋がることを口外しない

・イレイサーの不利になる行動を慎む

報酬

・メインドロップが食材のダンジョン(初到達付き)

・能力はそのままにレベルアップに必要な経験値の初期化

・レベルアップ時の能力の上昇率

・『強化』カードのドロップ率

・新たな武器防具、日本刀と腕輪

結果による賞罰

・イレイサーが5年以内に対象を消す

 →日本刀と腕輪は消滅、得た能力(武器防具のもの含む)とダンジョンは残る

・イレイサーが失敗

→得たものはダンジョンごと消える、対象が何かしているダンジョンの崩壊

・私がイレイサーを裏切る

→今回得たものだけでなく、元々持っていた能力を『化身』ごと失う


 新たな武器防具を効率よく育てるには、なるべく期限いっぱい対象を倒さないこと。


 ……大体こんなところか。


 頭の中で今回のことをまとめ、現れた扉に向かう。

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