第3話 決断
「ああ、あとイレイサーとは住んでいる場所が近い。外で会うかもしれないけど、イレイサー相手にあんたの生身を隠す隠さないは自由だ」
「近いのか?」
「今回のイレイサーは引っ越してるんでな。ちょっといつもと予定が狂ってる。普通は距離の近さより、イレイサーや対象者との心理的な近さで選ばれる。それが一方的な執着であっても。で、結果近いとこに住んでるやつが選ばれるんだけど」
尻尾をぱたぱたと振る黒猫。
なるほど、だからここは「
「アンタへの報酬はこのダンジョン。アンタ自身のみ、レベルアップの時の能力の強化率が高い、普通より『強化』カードが出やすい」
指折り数える代わりか、ぱたりぱたりとしっぽを大きく振る黒猫。
レベルアップでは、様々な能力の数値が上昇する。上昇する能力には無条件に上がるものと、自身で選びとって上げるものがある。
『強化』のカードはその名の通り強化をするカードで、『変転具』か武器、防具に使用できる。『変転具』への使用では、称号でついた『属性』と『称号スキル』、初到達報酬の能力、カードで得た能力が強化され、登録された能力が多いほど個々の上昇は抑えられる。
『強化』はドロップ率が低いレアカードで、買うととてもとても高い。それが出やすい。
――レベルアップについては正直、すでにある程度レベルが上がっていて、いったいどれほど魔物を倒せば上がるんだ? みたいな状態なので、スルー。深い層にいけばいいのだろうが、レベル上げのためだけに行く気はない。
「ダンジョンは、魔物の傾向かドロップの傾向を選んでもらえる。但し、イレイサーが望んだ生産品の材料が混ざる。具体的に言うと、偶数層はスライムだな」
ドロップが選べる。
スライムは、どこかで取り込むのか全く関係のないアイテムを落とすことも多い。スライムは色々なものを取り込んで、ゆっくり溶かして食うからだ。
ただ、そのダンジョンにないものも落とすし、発生して間もないスライムも落とすため、スライムがカードとして持つものは、結局ダンジョン次第なのだろう。
「分かった」
偶数層のスライムが、回復薬の素材をはじめ消耗品の素材を落とすということなのだろうが、問題ない。
「で、称号はやれないけど、武器防具を新しく贈る」
「大盤振る舞いだな」
一から強化するのかと思うといささか面倒だが、楽しくもある。
「ダンジョンだけだと、買えるからな」
ま、アンタの今の装備と同系統か、称号に合ったのが出やすいかな? と黒猫が言う。
簡単に言うが、ダンジョンがいくらすると思ってるのか。いや、ダンジョンのドロップが自由自在の存在なら、金の価値なぞ気にしないか。それか今までのイレイサーか、協力者に、金持ちがいて否定されたのかもしれない。
「他には、レベルアップに必要な経験値がリセットされる。能力なんかが今のままレベルが上がる」
「それは……。報酬としては大分大きいな」
前言撤回、レベルアップの上昇率もスルーできない。いや、まて私。政府の仕事はやめたし、ダンジョン攻略は興味が――いや、ドロップが選べるなら興味津々ですね。はい。
「こっちもある程度腕をあげてもらいたいし、一度手に入れたものを失くしたくないと思ってくれないと困るんだ。本来なら対象者かイレイサーへの想いがあるはずなんだけど、アンタにそれはないだろうしな」
ちょっと困ったように、視線をそらしてぱたぱたとしっぽを振る黒猫。まあ、協力者は同じ条件なんだけど、と小声で付け足す。
執着や欲によるやる気。確かに私も全力で釣られかかっている。ドロップが選べる家にあるダンジョン……!
「大体分かった。だが、そのイレイサーと相性が悪い時は?」
「協力がないまま一年経つと、このダンジョンとこのダンジョンで得た能力が強化分も含めて消える、それだけ。でも、同意なくイレイサーのことをバラしたり、イレイサーの不利になる行動を起こしたら、今現在持っているダンジョンでの能力も一緒に消える。アンタ自身のことは、イレイサーまで辿られなければいい」
私が話さなければ、少なくとも一年は楽しめるのか。相性が悪くなければ関係を続けてもいい。
「ああ、イレイサーが目的を達成したら、今回の武器防具は消えるけど、得た能力とダンジョンは残る。あ、武器防具についた能力も『変転具』に残るから安心しろ」
武器防具についた能力が消えるのなら、強化して育てる旨味が少ないな、とちょうど考えていたところだ。
『変転具』に残るということは、以降の強化の効率は悪くなるが、能力は使えるということだ。効率のいい強化のために、イレイサーには時間をかけて対象を倒して欲しいところ。
「イレイサーが目的達成前にドロップアウトしたら、今回の報酬は全部なしな。ちなみに期限は5年。ついでに言うなら期限内に達成できなかった場合、ダンジョンの崩壊がおきる」
「……わかった」
ダンジョンを自分のものにしたければ、イレイサーのサポートをしっかりしろというわけか。ダンジョンの崩壊の方は知らん、ダンジョンにちょっかいかけたやつの責任だろう。
「イレイサー以外が対象を倒した場合は? 今回の報酬は全部なしで崩壊もなしか?」
そのはずだ。
「そう」
黒猫がうなずく。
「協力者が倒した場合も?」
「その場合は、イレイサーが倒した場合と一緒」
なるほど。
「了承がもらえれば、イレイサーのダンジョンとこの最初の部屋同士を、1時間後に繋げる」
黒猫が言う。
早速顔合わせ、ということらしい。
「最後に、何故私?」
「『近い』のと、イレイサーの希望の修理や生産物の幅が広いんだよ。メインは回復薬と弾丸の生産だけど。まあ、内緒にしたけりゃそうなるな」
「ああ」
よくわからんが、本来は愛憎を含む執着という意味での『近い』という概念が物理的距離の『近い』に入れ替わっているらしい。
私には【正確】がある。道具を揃え、勉強をせねばならんだろうが、ある程度――手作業で全て作る――は対応ができるだろう。ある程度より先が必要になるまでに、イレイサーが他に信頼できる生産者を見つければいい。
「わかった、協力しよう」
「おう! 助かるぜ!」
上機嫌な黒猫。
またイレイサーが望む生産物の傾向ほか、少々説明を聞いて、ダンジョンのドロップ系統を選ぶ。
私が選んだのは食材だ。自分で食えるし、食材がメインのドロップならば、バレても一攫千金を狙うような冒険者に絡まれることはまずない。目の玉が飛び出るような高額になることはないが、需要がなくなることはなく、コンスタントに売れる。
ダンジョンの登録時に、秘匿の希望を出すつもりではいるが、念の為。なにせ家のダンジョンだ、通うのとは違って量を確保するのは難しくない。薄利多売で行こう。
うそです。食い意地が張ってるだけです。家にある食料庫すばらしい!
「時間になったらそこに扉ができるはずだから入ってくれ。それまでに武器防具と初到達報酬の受け取りを済ませろ」
顎をしゃくって今は何もない壁を指し、そう言って姿を消す黒猫。
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