第5話 イレイサー
タダ働きを要求してくるようなヤツでも、武器防具にダンジョンが手に入るのならば、十分黒字、いや遥かに黒字だ。懐も、私の欲求的にも。
だが、時間的拘束が長くなるのだけは頂けない。素材を探して取り寄せて揃えたりするのは結構面倒だ。どう交渉しようか。
一応、ノックして扉に手を掛ける。……開かん。
「はーい、どうぞ」
中からよく通る声が返ってくる。
あちらからしか開かないのかと思いつつ、もう一度力をこめると、今度は簡単に開いた。
部屋に入ると、あの黒猫が澄ました顔をして浮いている。全員扉からは離れている、どういう仕組みだ? 中の者が了承せんと入れんとかか?
「俺はレン! よろしく!!」
「ユキと言います」
雰囲気が違うが似た顔の二人が並び、こちらに向かって自己紹介をする。
もっとも鼻の頭から額まで、黒い金属のようなものが張り付くように覆っていて見えないのだが。片方やたらテンション高いな?
イレイサーは2人?
「……ああ、よろしく頼む。ダンジョンではオオツキと名乗っている」
とりあえず私も名乗る。
もちろん本名ではない。本名は
こちら側の最初の部屋は私のダンジョンの1部屋目の2倍程度。商業にも使える広さか? プライベートダンジョンとしては十分広い。そして最初の部屋から通路が二つ。この規模の最初の部屋で、分岐があるのは珍しい。
「出口が無くなってる」
声をあげてレンが壁を見ている。
おそらくそこに、外との出入り口があったのだろう。
「おう! この部屋に入り口以外から入った者がいると、出口ってか、外の世界に通じる場所が無くなるんだよ。オオツキが自分の方に戻れば出るから安心しろ。オオツキの方に通じる扉は、それぞれの最初の部屋にイレイサーと協力者が両方いる時に出現する。オオツキの方も一緒な」
黒猫が言う。
お互いダンジョンの外のことへ干渉なし、そういう仕組みか。
「ダンジョンへの通路はそのままか?」
レンが振り返って聞く。
「持ち主がいない場合と、持ち主が許可した者以外がいる場合は入り口自体が閉じる。今は入り口閉じてるけど、持ち主がいるから2つとも空いてるな」
黒猫が答える。
なるほど通路が二つ見えるのは、最初の部屋だけが共有でユキとレン、それぞれのダンジョンということらしい。
そしてどうやら、私のダンジョンも許可した者しか入れないダンジョンのようだ。イレイサー以外は、かな?
「イレイサーと協力者以外が最初の部屋に入った時は、ダンジョン同士を繋ぐ扉は消えたままだ。まあそんな仕組みだ」
黒猫がぱたぱたと尻尾を振る。
「5年のうちに最初のボスを倒さないと、魔物が外に出て来るんだっけ? 俺、レベル1だけど早く倒せるように頑張る」
レベル1。イレイサーのレベルが1ということか?
9層くらいまでは、能力に偏りがあっても進めるため、小遣い稼ぎと運動がてら入る者が多い。1層に週末通うだけでひと月もせず、レベル2にはなるはずだ。
そしてボスが外に出るのは5年目がほとんどだが、4年の記録もある。記録があるのは数件で観測間違いとも言われるが、4年を目標にしておくのが間違いない――のだが、聖獣が何も言わないことを考えると、少なくとも貰ったダンジョンは5年が正しいようだ。
「2人分の生産をするのか?」
イレイサーが2人とは聞いていない。
「もう一人の協力者は現在選定中。まあ、初期で使いそうなもんとか、消耗品がアンタで、もう一人が防具系生産特化ってとこか?」
あけすけに黒猫が言う。
「ダンジョン自体に慣れてなくって、まだ何を選んだらいいかわからないんだ」
申し訳なさそうに、だが嬉しそうに言う。
私もプライベートダンジョンには浮かれ気味なので気持ちはわかる。早く話を終わらせて覗きにいきたいくらいだ。
生産者も二人か。期待されていないようだが、別に構わん。事実、『運命の選択』で生産系の能力を手に入れた者にはかなわんし、過度の期待をかけられて無茶な要求をされるよりは遥かにいい。
「こっちは当面、傷薬や回復薬をつくればいいのか?」
究極、私がのんびりできればなんでもいい。
「うん。引っ掻き傷くらいなら薬草はっとけばいいんだっけ? まだ2層の階段見つけたところだから。――でも、5層に行くくらいには、お守りに回復薬1本は欲しいかな? あと弾丸! でも弾丸は、拳もあるから急がなくてもいい」
レンがぎゅっとグローブをはめた手を握ってみせる。
レンの武器はグローブと銃か? イレイサーも新たに武器防具を授かるので、元から持っているものと合わせて武器は二つある。
ユキの方は武器の装備をしていないのでわからない。いや、一つは指輪か。魔法系のようだ。
レンと呼ばれた少年は、神父が着るような黒い服を袖捲りして着ている。ユキと呼ばれた青年はくるくると表情の変わるレンと違い、楚々とした雰囲気がある。レンに話すことは任せて控えている。格好は同じだが袖捲りはなし。
イレイサーはそれぞれ少し形や装飾が違うが、この神父服のようなものと顔を覆う仮面のようなものが特徴だ。
まだ装備を揃えていないのか、よく見ると足元が少々おかしい。それとも見てくれでなく性能優先か。
同じ年なのかもしれんが、雰囲気のせいか、ユキの方が年上に見える。レンは短い黒髪でユキより少し背が低い、ユキは髪をゆるく一本の三つ編みにして胸に垂らしている。『化身』の姿は生身の影響を受ける者とそうでない者がいる。親しそうだし兄弟か何かか?
まあ、人の報酬や事情なんぞどうでもいい。それより喜ばしいことに、必要のないものまで欲しがる馬鹿ではないらしい。
「依頼と受け渡し方法は? ここに偶然同時に来ることを期待するのか?」
「いや、そこの木箱」
黒猫が尻尾で部屋の隅を指す。
いや、フリーメールの捨てアドか何かをだな?
「オオツキの方にも、同じのが出てるはずだぜ」
「これに欲しいもの書いたのと、材料いれとけばいいってことか?」
レンが木箱を覗き込む。
「そういうこと! 木箱に入れて、この部屋を出れば、相手の木箱に移動する」
「なるほど」
レンがすごく感心しとるが……うん、まあいいか。
そこそこ大きな木箱だが、プレートメイルや大剣の大きさを考えれば妥当だ。私はそんな大きなものは作らんが。
「木箱の蓋は、持ち主しか開けられねぇし動かせねぇけど、ダンジョンに人を入れるなら気をつけろ」
「はーい!」
レンが生徒のように答える。
箱に興味を持たれないようにしとけってことか。今のところ他人を入れるつもりはないが。
「俺からは以上だな。ま、あとは上手くやってくれ。と、と、政府の支援を受けられない代わり、魔物からカードが出る率を少し上げてある。金で解決できることは金で解決しろ」
そう言って黒猫が姿を消す。
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