第49話 強化の分岐
45層をくまなく回りたい欲求と、さっさと50層に行かねばという目標が心の中で戦っている。
鶏……小分けで出るとはいえ、全部回ったら使い切るのは大変だしな。だが、リトルコアがいる層だ、リトルコアに逢うまでは。
他の魔物は行動範囲が狭いのだが、リトルコアは層全体を移動する。倒しておかんと、帰り道に遭遇する羽目になる。うん、層を回る立派な理由だ。
階段をスルーして、45層を回る。首無し鶏が走ってくる絵面にも慣れた。シイタケの類は店に流せる量になり、キノコの菌糸を処理することがいい加減面倒になってきたころ、リトルコアに遭遇した。
鼻から赤黒い炎を吐き出し、片方の前足で地を掻いている。首を下げ、角をこちらに向け走り始めた。背後で赤黒い胞子が飛び散る。
牛か。
十分引きつけて、避け、すれ違いざま刀を振るう。
「……っ」
いかん。強化も腕力も足りん。慌てて刀を引く。
イメージ的には首を落とすところまでいく予定だったのだが、骨で止まった。振るった手が痺れている。危うく刀が抜けず、引きずられるところだった。
牛はそのまま進んで壁にぶち当たり、方向転換してまた向かってくる。首から血飛沫の代わりに赤黒い光の粒を撒き散らしつつ、速度を緩めることなく突進してくる。
横に避けるのはもう無理だろう。45層のリトルコアは、続けて同じ手にかかるほど単純ではない。体力が減るから、あまりアクロバティックなことはしたくないのだが。
牛に向かって走り、床を蹴り、壁を蹴って、先ほどつけた傷をなぞるように、
……牛乳じゃなく、牛だった。牛乳やバターが出たので、なんとなく今回も加工食品かと思っていたのだが、ドロップカードの絵は牛一頭。
『松阪の牛』『神戸の牛』『近江の牛』『米澤の牛』……、2回り、3回りほど小さく描かれているのは、仔牛だろうか。
これも開封ダンジョン行きだな。食肉に加工してくれる場があるとはいえ、この市にあるそれはとても小規模だ。リトルコアのドロップカードから出る量に対応できない。牛豚を飼っている個人で解体を受けてくれるところはさらに無理だ。
そういえばマグロは今頃【開封】され、セリにかけられているころだ。一種類ずつカードに封入したものを貰えることになっている。受け取ったら鷹見さんに紹介された魚屋に解体してもらって、関前さんを始め、料理人と分ける。
5層のリトルコアのカジキも同じく、だ。開封ダンジョンの使用料と、『ブランクカード』の代金、運搬費などでだいぶさっ引かれるが、棚やら寝椅子やら、色々揃えた分は取り戻せる――はず。
その当てがなかったら、さすがに政府の某所に置かれるような、有名作家の寝椅子には最初から手を出さない。
この牛も一頭ずつ分けてもらって、その後さらに料理屋の人たちと分けることになるかな。ダンジョンで解体してもらえれば、『ブランクカード』がなくても【収納】できるんだが、プロの料理が食いたい。牛はまた狩ればいいのだ。
……後で牛のブランドを調べよう。地鶏と比べて、食い比べをする難易度が高そうだ。
リトルコアを狩りまくってもいいのだが、食料品については一定数を超えると政府買い上げの、非常備蓄や危険を承知の輸出――船便、手練れの冒険者つき――に回されてしまうのでほどほどに。政府の買い上げ価格は安いのだ。
まあ、それなりに納品をすれば、代わりに海外の珍しいドロップカードを回してもらえるとも聞くが。それもこのダンジョンがあるから、私には不要。どちらかというと、自分で自分用に備蓄しておいた方がよさそうだ。
このダンジョンの存在は、イレイサーに左右される部分がある。万が一、消えてしまったときのために……。
いかん、さっさと50層に行って、効率的にダンジョンの攻略を進めねば。3層で鶏を追い回して時間をかけていたが、今ここで地鶏が出てるだろう、過去の私! 今の私も反省しろ!
正しいのは、進めるところまで進め、欲しい食材が出る層を確認して、そこを重点的に回る。幾度も同じ層を隅々まで回るのは、レベル的に先に進めなくなくなってから、レベル上げがてらで!
それに刀をもっと【強化】せねば。
――と思いつつも、今出た『強化のカード』をコートに使う。添えるのは『黒蝶真珠』と『ブラックドラゴンの皮』。
『強化、分岐』
ダンジョンの言葉と共に、カードが現れる。武器防具をどう成長させるか選ぶカードだ。
一定以上強化すると、分岐がでる。分岐を迎えると、『強化のカード』の他にアイテムが必要になり、揃えないと強化がとまる。
コートにはちょうど分岐のタイミングが来ていた。
浮いているカードは、【収納増加】【排出距離】【回収距離】【物理防御力】【魔法防御力】【修復促進】。
【排出距離】【回収距離】の二つは初めて見たし聞いたが?
分岐は片方しか選べないものもある。片方を選ぶと、もう片方が次回以降、カードが出てこなくなる。字面からして対のようだが、この二つは両立できるものだろうか?
どちらにしても選ぶのは、【修復促進】か【排出距離】だな。読んで字の如くならば、後者は私の能力と大変相性がいいはず。
【回収距離】についてはおそらく、アイテムやカードを回収できる範囲なのだろうが、カードについては、苦無を投げて触れればいいのでパス。
もしかしたら、いち早く、誰が奪ったのか不明なままに、例えば本来パーティーで分けるはずのリトルコアのカードを全て回収する、などということもできるのかもしれんが。――ソロの私にはそれこそ関係がない。
それはいいから、数字違いの同じカードをスタッキングして使用を1枠にする能力をくれ。あるの知ってるんだぞ! まさか『時間停止』と対ではないよな!?
少し悩んだが、【排出距離】のカードを選択。試しに菌糸に向けて出してみる。
通常、手の中か指先の5センチ先に浮かぶのだが、10センチ先に浮かんだ。やはり字面の通りらしい。この10センチの距離は強化のたびに増えていくはずだ。
「【開封】」
毒を被った菌糸が、たちまち溶けるように消える。
うむ。いい感じだ。菌糸にあまり近づかずに済む。菌糸相手に何度か試し、どうやら手の中から10センチ以内で、任意の場所に出せるようだ。
日本刀はもう分岐が来てしまい、強化ができないでいる。
普通は、最初の分岐にぶち当たるころには、それなりのアイテムがドロップする層に到達していて、強化に使うアイテムを見繕って準備をしているものなのだが。
実際、私は苦無とコート、『変転具』に使うアイテムは次回の分岐用にと、いくつか確保している。が、銀の腕輪と日本刀については、それが間に合っていない。
『強化のカード』の落ちる率が高いという、嬉しい理由なのだが。
分岐の時に必要なアイテムは、そうきつい縛りがあるわけではない。木の武器なら木、革の防具ならば革と、大抵見た目の素材を添える。もしくは宝石。
ただ、浅い層の階数で出たアイテムでは、分岐のカードの出現枚数が減ることがある。深い層のカードだからといって、カードが増えるわけではないのだが、聞いている限り最大は5枚だ。
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