第70話 蕎麦

 ツバキたちと別れ、途中で茶を買い自分のブースに戻る。


 ユキにどうメールしようかと考えつつ、薬の生産の準備をする。瓶の数の確認、各薬草の数の確認、魔石の粉の確認――道具を揃え、使いやすい配置に整える。


 あとはいつものように作業をするだけだ。


 本日は市のダンジョンで夕方まで生産、ギルドに納品する規格の薬とツバキたちに納品する規格のものを中心に量産する。


 次にイレイサーの注文分。こちらは2人が試行錯誤しているのか、一回ごとに注文が変わる。もう少しダンジョンでの戦闘に慣れたら、ツバキたちが使っている規格に落ち着く気はする。


 それらの生産を終えて、新しい生産道具に入れ替え、普段作らない上のランクに手を出す。


 【生産】は持っているので、ダンジョン内で効果を出すアイテムを作り出すことはできる。が、リトルコアのドロップカードで得た能力と『運命の選択』で得た能力の間の差は雲泥万里。


 その差を苦無についた【正確】で埋めている。そして、能力がついている苦無を使った行動ならば補正が大きく働くのだが、その他については地道な努力がいる。日本刀の太刀筋しかり、生産作業しかり。


 同じ作業を繰り返し、その中で理想に近い結果をだした動きをなぞり、【正確】になぞれるようになったら、また少しやり方を変え、補正し、理想の結果を出した作業をなぞる。


 先日、50層の魔石を均一に粉にできるようになった。水と礫の魔法石もクリア、今は風の魔法石をごりごりやっている。


 石の粉の類は買ってしまおうかと何度思ったことか。でも段階を踏まんと、次のランクの作業が上手くいかないことは過去に経験済み……。


 これ以上のランクの石の粉は、買うとバカ高い。素材の石は拾ってこられるだろうが、加工賃がですね? 自分でできるようになればタダだ。むしろバカ高く売る側に回れる。


 そういうわけで風の魔法石をごりごり。


 ……なんで私は生産してるんだろうな? ダンジョンを周回して、魔法石のまま売り払った方が早いのだが。


 いや、そのダンジョンがイレイサーのために薬を作らんと消えるんだからしょうがない。


 もともとは田舎で自給自足のスローライフ――に、挫折した時の保険で始めたんだよな、コレ。前職時代はほぼ使わなかった能力なんだが。ギリギリ【生産】もスローライフの範囲かな、って。

 

 ごりごりかりかりやっていると、ノックの音。


「待ってくれ。今開けると粉が舞い上がる」

粉にしたものを保存瓶に移し、道具も【収納】。


「待たせた」

「こちらこそお待たせしました」

「いや、時間通りだ」


 本日市のダンジョンで生産を続けていたのは、鷹見さんと待ち合わせて、飯だからである。忙しいだろうに、時間ちょうどだ。


「出る前にこちらを」

鷹見さんがカードを差し出してくる。


 鷹見さんに任せていたリトルコアのドロップの一部を【封入】しなおしたカードだ。これで昆布も使えるし、『松坂の牛』とかも使え……るんだろうか?


「解体も紹介いたしますよ」

私の顔色を読んだらしい鷹見さんがにこやかに。


「お願いする」


 糸目の笑顔は胡散臭いのだが、損と思うことをされたことがないので、そういう印象なだけだ。人がいいだけではないのは分かっているが、私とは上手いこと折り合いがついている。


 鷹見さんの車で移動かと思ったが、ハイヤーだった。どうやら今日は鷹見さんも飲む気らしい。


 そして連れてこられたのは藍色の暖簾の蕎麦屋。


「こちらの店は、海老と小麦、鰹節を中心に取引していただいている店です」

「なるほど」


 最近はドロップの種類が増えたため、取引している店でも食べに行けていない店がある。この蕎麦屋もその一つだったようだ。


 家からは山の中なので仕方がないが、市のダンジョンから距離がある店もある。つい、ダンジョンと家の途中にある『翠』に行ってしまう。酒を飲む気ならば、徒歩で行けるし。


 鷹見さんの言った通り、まんまと通っている私です。


 おたまで掬ったような豆腐、かまぼこ、漬物が載った細長い皿が日本酒と一緒に運ばれてきた。


「では、お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」


 とりあえず一杯。


 豆腐はわずかな甘さを感じさせ口どけがいい。弾力のあるかまぼこに山葵がちょうどいいアクセント。


「今日の【開封】も盛況でした。やはり出汁と香辛料系は皆様欲しがりますね」

機嫌が良さそうな鷹見さん。


 前回は私も会議室での【開封】に立ち会ったが、今回から鷹見さんに丸投げである。リトルコアのカードは会議室で開けられる大きさのものも、【開封】ダンジョン行きのものも、運搬も面倒なので好きにしてもらう方向で。


「これ以降は、何度か県外に流します。これで取引が広がれば万々歳です」

「ダンジョンが消えた時が怖いが」

イレイサーがやらかしたら消えるんだぞ、うちのダンジョン。


 あまりに鷹見さんが上機嫌で、供給が途切れた時が怖くなる。


「リトルコア討伐の条件をクリアしたダンジョンでも、時々そういう話も聞きますね。――ああ、そうなってもこちらのことはお気になさらず。ルートと手順が確立すれば、それ以降も取引は続きますから」


 輸送の厄介な点は車の魔石の供給。産出されたダンジョンから離れるほど、動力的に弱くなるので、ダンジョンに寄って魔石を変えながら移動するしかない。魔石をたくさん使い、無理やり走る区間もある。


 鷹見さん曰く、一度魔石の供給地点を整備したり、走ることに慣れてしまえば、そのルートが破棄されることは滅多にないらしい。


「うちのダンジョンは産出物が一般的なものなので、ルート開発を相手側に押すには弱かったのですが、お陰様で」


 相手の欲しがるものの供給がすぐ終わるのもなんですし、3、4年供給を続けていただけると有り難いです、と鷹見さん。


 それくらいならと私。


 酒を注ぎあって、なんとなく少し悪い笑いを浮かべる。越後屋と悪代官の密会の気分だ。


 うん、ダンジョンが消えてもしばらく供給は続けられるくらいカードはある。なぜならば、『強化』カード目当てにこれでもかと回っているから。


 蕎麦は殻が残る粗挽きでこしがあるくせに、喉ごしはすっきりだった。つるんと触りがいい更科蕎麦も好きだが、香りは断然こちらに軍配があがる。


 そして酒によく合う。

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