第69話 助けを求める気配

「興味がない。お断りする」

断る時は誤解のないようはっきりと。


 薬の納品後にツバキに話す時間をもらえるかと聞かれ、納品数の相談かと思い了承。そうしたら、借りている部屋にレンたちが入ってきて配信パーティーに参加しないかの打診だった現在。


 収益から経費として40%引いて積み立て、残りを6等分――6人のうち1人は撮影兼編集者のスズカ――する、解散時は残った積み立ても分けるような話だった。


 そこそこ人気は出そうではあるし、金銭的には悪い話ではないのだろう。ただ、私が配信にまったく興味がない上、面倒なので金の話の前に断る一択なのだ。


「そうか。時間を取らせた」

ツバキがあっさり引き下がる。


 当たり前だ、ツバキとカズマは私が滝月であることは知らんはず。取引があるとはいえ、オオツキとは付き合いが短く、雑談と呼べるようなものもした覚えがない。


 名前を挙げたとすれば、越して来たばかりで交友範囲の狭そうなイレイサーの2人。


 私が協力者だと認識しているわけだし、関わるなとは釘を刺したが、あちらは私がイレイサーの姿ではない、本来の『化身』を認識しているとは思っていない。イレイサーであることを私に隠して、近づいているつもりかもしれん。


 ユキはともかくレンなら意味もなくやりそうなイメージだ。バレた時の驚きとウケを狙って、愉快犯というのか、考えなしというのか。


 だが、レンが薦めたとしても、ツバキたちが積極的になることはないだろう。だいたい私、ここでは生産職扱いだしな。


 それにもし滝月だと分かっていても、同年代で友達ならばいざ知らず、単に近所だからでは誘う理由になっておらんと思うが。


 もっと親しくて、冒険者として真面目にやっとるヤツだとか、目立ちたい露出趣味のヤツは多いだろうに。


「というわけだ。スズカ、諦めろ」

ツバキが振り返って、カズマたちの後ろに控えていた女性に言う。


「……はい」


 まさかの第三勢力。


 スズカは薬の納品の時、検品を担当している人なのだが、ツバキよりさらに言葉を交わした覚えがないぞ。何だ? 流れから行くと、私に声をかけた理由はツバキ本人でもレンでもなく、スズカのようだが。


 レンには濡れ衣をかけた模様、口に出していないからセーフ。にやにやしていたのは、単に候補に挙がったのが知っている人物 わたし だったからか。


「その手、せっかく映像に残せると思いましたのに……」

目があったスズカが物悲しそうにじっとこちらを見て言う。だが視線が合わない、やや下?


 手?


「じゃあさ、手だけ出演ってどう? オオツキさんには、回復担当してほしいんだよね?」

レンが言う。


 一通りの説明の中で、私に求められた役割は回復補助。


 ユキは魔法特化で、補助系の魔法と一部攻撃魔法を使うが、回復に関しては『緩やかな回復』になり、危急の時に不安が残るらしい。


 配信の絵面的に、薬をメインの回復に据えたら他と違って面白いのではないか――というのが、私に話が来た元らしい。簡単に言うと、こいつらに薬瓶をぶち当てる仕事だ。


 魔法での回復役がいるパーティーがほとんどなのは、その方が断然安定するからだぞ。何故危ない橋を渡ろうとする。


 レンがゼロ距離射撃しとる時点で、安定したパーティーは諦めて、イロモノの路線なのかもしれないが。


「作る薬は少しのずれもなく揃って美しい。それに薬瓶を扱うその白く長い指をずっと見ていたい、そう思うのは私だけではないはず。配信で流すのは、編集で手だけにします! どうですか?」

スズカが思いつめたような顔で提案してくる。


 手フェチか、貴様。


「断る」

顔が映らんでも、一択なのは変わらない。


 イレイサーの情報はチェックしたいが、そのためにべったり張り付くつもりはない。時間にラグはあるだろうが、成長具合の確認は配信を見ればいいだけである。


「そうですか……。残念です」

本当にものすごく残念そうに引き下がるスズカ。


 なんで私、フェチに好かれるんだろう? 政府時代も1人いたが、あれは最初は突っかかって来てたんだよな。面倒になって暴力に訴え、床を舐めさせたら変な方向に進んだ記憶。


 私と違い表でも活躍していて、今でも時々政府の『勇者』として映像に出るが、足フェチから更生できたんだろうか。


 もう関わることもないだろうから、人の趣味をとやかく言うつもりはないが、フェチに気づかせてしまったのが私かと思うと、いささか微妙な気分になる。


「やはりここは滝月さんに声をかけて……」

「ツバキは滝月さん推しだね。滝月さん、かっこいいけどちょっと抜けてそうなイメージだけど、そこがいいのかな?」


 いや待て。

 そこで生身の私を出すな、反応に困る。あとレンに抜けてると言われるのは心外だ。ツッコミどころが多すぎるのにツッコめない。


「あの人、配信とか興味なさげというか、そもそも見てなさげだろ。そう親しくもないのにいきなり話持ってっても困惑するだろうし、近所付き合いの手前断りづらいだろうし、迷惑かけるだけだからやめとけ。そもそも『化身』がどんな姿かさえしらねぇだろ」


 ありがとうカズマ。私の中で草取りマスターの株は鰻登りだ、今度来たら茶くらいはふるまうぞ。


「僕も滝月さんより、薬の扱いに慣れてらっしゃるオオツキさんにお願いしたいです。それに冷静そうですし、ぜひストッパー役に。僕とカズマでは止めきれない」

そう言って目で訴えてくるユキ。


 ツバキも暴走側か。


 ユキが体の側面、対面している私にしか見えないよう冒険者カードを小さく振っている。そんなことをしなくても、イレイサーであることは気づいているんだが。


「……保留で」


 限りなく断る方向だが、円滑なイレイサーとの関係のため、家のダンジョンでユキから話を聞くくらいはしてやろう。

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