第57話 運動
「どういう防具がお望みなのかしら? アタシたちに依頼するってことは、布と革製品なのよね?」
アイラさんが聞いてくる。
「動きやすいこと、音が出ないこと」
「その辺は言われなくても布と革製品の特徴!」
ツツジさんが言う。
そうは言うがこの2人の生産物ほど、動きやすく負担を感じない装備というのは珍しい。個人の体型や、体の使い方の相性もあるのだろうが。
「必ず当たる範囲攻撃を1度は耐えて欲しい」
「50層以降のリトルコア、ね」
アイラさんが
誘導通りに前衛に守られている後衛というか、回復補助兼荷物持ちと思われている気配が。前衛がいて、後ろに下がっていても当たる攻撃を凌ぐ防具が望み。
実際には前衛はおらんし、後ろに下がってもおらんが。回避不能の攻撃を凌ぐ防具で間違いない。
「うん。通常は防御より逃げ足優先、能力での攻撃に対して強い。でも、敵が自身に能力を使って、強化した攻撃はこの条件からすり抜ける。素材への付与は当然として、付与石はどうしますか?」
ツツジさんが、まともにこちらを見てくる。
珍しい。仕事モードというやつか?
「欲しいが、言っていたら幾らあっても足らん。今回は諦める。もし、付与に良さそうな石がドロップしたら、ダメ元で頼むかもしれん」
付与というのは、ダンジョン内でだけ発揮される性能や能力を与えること。
付与の種類はいくつかあって、生産の過程で刺繍や染色、その他の加工で素材の能力を引き出したり上積みするのが素材への付与。
付与石は宝石にさまざまな能力を封じたもの。一回使い切りと、恒常的に効果が続くものがある。宝石がメジャーだが他に紙やら木片やらに封じるものもある、テンコの生産物だ。
「付与石はどこに――カフス、ネクタイピン、ラペルピン、襟チェーン……」
あ。いかん、ツツジさんがまたスーツの住人に。
「では、今詰まっているだろう依頼が終わったら頼む」
「ええ。素材の代金は払うわ――優先的に回してくれるって思っていいのよね?」
「ああ。他に売り払う前に見せにくる。次はカードのままだが」
アイラさんに答える。
今回は2人を釣るために、カードから出して現物を手にとってもらったが、出してしまうと買ってもらえなかった場合、面倒なので。
「こちらももちろん代金は払うが、生産を始める前にざっくりした金額だけ教えてくれ」
「わかったわ。でもこの子の出した値段には掛ける1.3くらいで考えてくれるかしら? 絶対途中でやりすぎるから。……普段はそんなことないんだけれどね。オーバー分は自分で持つって言い出しかねないわ」
うっとりした目でぶつぶつ言っているツツジさんを見て、ため息をつきそうなアイラさん。
仕事と趣味を切り分けられないダメな生産者の姿。
「ああ。さらに次も頼みたいし、考えておく」
今買い取れない分の布は来月まで返事を保留、上位の生産道具が欲しいところだが、余裕を見て準備に入っているだけの話なので来月まで売らずに待つことに問題はない。
自分の世界に入ってしまったツツジさんを放置して、アイラさんと時期がいつ頃になるかなど話し、お
家に帰ると、玄関に袋が置かれていた。中身はそら豆と茄子、柊さんが置いていってくれたのだろう。
お返しものを考えながら、夕食の準備。せっかくなので、肉詰め茄子の揚げ浸しとそら豆で飲むことにする。
肉詰め茄子を多めに揚げて、半分は冷まして冷蔵庫へ。今日は熱々なところに白髪葱を乗せて、出汁と一味をかけて。残りの半分は明日の朝、大根おろしと出汁で食べよう。
鞘ごと焼いたそら豆、揚げ浸しの茄子、ビール。
板の間にある回り廊下、床までの引き分け窓を開け蚊取り線香を焚く。建てる時に最初は
板の間と周り廊下の間は雪見障子。土間とこの一角だけ日本家屋っぽい。
オレンジ色に染まった空を見ながら飲む。風が抜けるたび、さわさわと音を立てる
食事の後は、運動がてら浅い層の殲滅。化身の運動量はほぼ生身に影響はないのだが、100分の1くらいはあるとかないとか。――ただの気分である。
最近食い過ぎなので、生身で運動をせねばならん気はしているのだが。現役時代は、受け身やら剣を振るう基礎やらで生身の運動も多かった。
生身を鍛えるというより、ダンジョン内でどう動くか、戦闘の時に何を見るか、その参考として。なので筋力や体幹を高める基礎トレーニングというより、手合わせが主だった。
――体育会系のノリについていけず、最低限をこなしてあとは1人でできる素振りをして誤魔化していた記憶。
今考えるとあの強制的な運動の時間はよかったのかもしれない。当初は山歩きや沢登りなんかもするつもりだったのだが、暑い寒いを言い訳に、やらない、やらない。
おかげである程度は引き締まっていたはずの体が、一年半程度の間にたるんたるんである。
……早めに切り上げて、生身で少し運動しよう。
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