第141話 勇者人気
鷹見さんからメール。
予定が決まったのかと思ったのだが、忙しくて暫く無理そうとの連絡。キャベツやら酒やらはすでにいつもの流れで決まっているのだが、丸ごと魔物の件の相談とコアが足りているかをそれとなく聞きたい。
ついでにワインの種類分けにも一度くらいは参加したい。
ギルド内の事務伝達系統はだいぶ効率的に人に振っているようなのだが、市や県、商工会との面談や交渉、他の町からの視察の相手といつも忙しそうというか、忙しいのだろう。
こちらはいつでもいいので手の空いた時でいいと返事。
テンコに金を払うのは先になりそうであるし、特に現在は金がいるようなこともない。問題が解決しないのは少々気分的に引っかかるが、私の方はそれだけである。
鷹見さんからの連絡を待ちつつ、数日。
ツバキたちと打合せの日。次の収録の話と、先月の会計報告だそうだ。回復薬の依頼も来ていたので納品してしまおう。
市のダンジョンに入ると、いつもよりざわついた雰囲気で人も多い。何かあったのか、それとも私が曜日を間違えたか? いや、今日は土日ではなく平日なはずだ。
まあいい、後で藤田さんに聞いてみよう。そう思い、人混みを避けて指定された会議室に行く。
「89層攻略おめでとう!」
入ろうとすると、レンの声が私のノックとかぶった。
「ありがとう」
「へへっ」
ツバキが礼を言い、カズマが照れている。
「89層へ未到達だったのか?」
ドアの近くにいたスズカに小声で聞く。
ツバキたちが80層のリトルコアを攻略して、ずいぶん経っていると思うのだが。
「マップを全部開けたんです。装備も揃い、89層まで危なげなく攻略できるようになったので次回は90層に進むことを決定しました」
答えながら、スズカの視線が下に降りる。
受け答えはまともでも、手フェチは揺るがない。こちらも|手袋《
ぼうぐ》は抜かりなくつけているが。
「はあ……。手袋の指の縫い目が関節に沿って……」
聞かなかったことにする。
ツツジさんは実害がないことが分かっているのでどうでもいいのだが、スズカの場合、同じ手フェチに共有してそうだとか、油断すると触ってきそうな気配がするので落ち着かん。
もし触る素振りがあったなら、さっさと姿を消すか、蹴るかの二択なのだが、まだ気配だけである。視線と、無意識に小さく動く指先が絶妙に嫌な感じだ。
「あ、オオツキさん! こんにちは!」
「こんにちは」
私に笑顔を向けるレン、そしてユキ。
やめろ。草取りマスターが不満そうだろうが。せめてもうちょっとツバキとカズマへのちやほやを続けろ。
「今日は人が多いようだが、何かあったのか?」
ツバキたちが90層の攻略に挑むと大々的に発表でもしたのだろうか。
「ここ数日は人が多いね。
ツバキが言う。
「面倒そうだな」
「誰が来るんだろうね!」
私と嬉しそうなレンの声がかぶった。
「……」
「……」
「えー。『政府の勇者』を間近で見られるチャンスなのに!」
一拍のち、レンが信じられない! みたいな顔を向けてくる。
「……世間の評価に引きずられすぎでは?」
「オオツキさんは冷めすぎてる! もっとこう、あるでしょ! 人じゃなくてもいいけど、何かが!」
余計なお世話だな。他人や世間に興味を持てずとも、概ね幸福度は高く過ごしている。恋愛を含む人付き合いよりも、自身の時間が好きなだけだ。
ただ一人では成立しないことがあるので妥協を……って、鷹見さんが忙しいのは『政府の勇者』のせいか!
『政府の勇者』が一般のダンジョンに来ることは、機会は少ないがある。確か、『政府の勇者』には、一般ダンジョンの視察という名のダンジョン攻略のノルマがあった。
私は顔を晒しての視察は、仕事上不参加だったので詳しくないが。
ドロップ品の回収を兼ねてダンジョンを選ぶことも多いので、選べるのならば自分の能力の進化素材の出るところを選ぶ。全国で行く行かないの偏りがひどいと、政府から視察するダンジョンの指定が来る場合も半分あるとか。
「流石に天魔は来ないよね? スメラギがいいな〜」
目に見えてうきうきのレン。
「ツバキも言ったが、噂の域を出ない。あまり期待していると疲れっぞ」
レンをなだめるカズマ。
「もし来たとしても、遠くから姿を見られればラッキー程度でしょうし」
こちらはユキ。
期待していないような物言いだが、顔が嬉しそうである。
鷹見さんが動いているのなら確定な気もするが、まあ、別件があるのかもしれん。
「ここのダンジョンの攻略は過去101層まで。110層までの攻略があるかどうか……」
そう言ってツバキが切れ長の目を細める。
『政府の勇者』の視察は、大抵の場合100層までの攻略を伴う。100層になるか110層になるかは、途中のコース取りやら出現する魔物との相性による。
ちなみに一般の攻略者の到達階層は、リトルコアを倒して終了、次の層を覗いて終了、次のリトルコアの手前の層で終了の3パターンが多い。
「もし勇者が本当に来るなら、90層へのチャレンジは勇者が視察を終えて帰って暫くしてからの方がよさそうだな」
肩をすくめるカズマ。
「少しタイミングが悪かったね。でも、110層までに出現する魔物の種類と地図が提供されれば、将来的にやり易い」
微笑むツバキ。
どうやらツバキたちが目指すのも100層を超えた先らしい。
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