第142話 契約の変更
次の配信用の収録は、保留になった。
ツバキたちが89層から戻ったばかりで、カメラなしでしばらく過ごしたいとのこと。
まだ配信されていないが、89層までの攻略を収録したそうだ。ツバキたちの攻略パーティーは、剣士ツバキ・盾兼剣士カズマ・弓と付与のアオイ・魔女クレハ・回復ジジイ――私の勝手な命名ではなく、本人がそう名乗っているのである――だ。
それに、勇者の噂でダンジョン全体が落ち着かないことと、もし勇者が本当に来たのならそちらに興味が集まって、配信してもしばらく視聴は少ないだろうとの判断。
もし本当に『政府の勇者』が訪れるならば、その後を追いたいというツバキたちの都合もあるようだ。『政府の勇者』によってリトルコアが倒された後を進めば、リトルコアとの戦闘をせずに90層以降の道中の魔物と戦闘ができる機会だからだ。
「配信を休む穴埋めと言ってはなんだが、薬類の追加をお願いしていいかな?」
ツバキ。
穴埋めというのは、配信の収益分配のことだろう。一度休めばその分減る。
「金のかかる装備の新調も今の所ない、穴埋めはいらん」
金が欲しい前提は間違えている。
アテにしていた収益を減らす選択をしたことに対する気遣い、そして少しの恩着せによる結びつきの強化。――それで生計をたてている相手には大事なことだろうが、私には当てはまらん。
ツバキたちへの薬の提供を、定期的な収入確保の一環として組み込んでいるのは確かだが、仕事を受けたのはギルドの納品のついででできるからというのが大きい。
私の場合は【収納】に仕舞えば劣化が避けられるので、作り置きも問題がないのだ。
攻略や生産レベルを上げるつもりがなければ、ダンジョンでは金がかからないし、外の生活の方も将来まで最低限ならなんとかなるだろう貯蓄をしてから退職した。
そして今は攻略のための装備に金がかかるが、ダンジョンドロップの販売で、まあなんとかなるだろう。生産に時間を取るより、ダンジョンに入った方が金になる。
「失礼、薬類の追加を依頼したい」
ツバキが言い直す。
「いくつだ?」
素直に頼んでくれば受けるのである。
「いつものものを2日後までに120ずつ。急ぎで悪いけれど、70層までのリトルコアが復活する前になるべく深い層で稼ぎたい。それに『政府の勇者』が本当に来るなら、その先に進むからね。戻ったらまた補充の依頼を」
『政府の勇者』来訪の真偽はともかく、81から89層は全て『白地図』を埋めた、イコール魔物はほぼ殲滅しているということなので、79層までの残った魔物で稼ぐ気なのだろう。
「わかった」
納期が短いが、最初の契約で短い場合は日数と納品本数によって割増を決めてある。
そして市のダンジョンに来たついでに薬の生産はするつもりというか、さっきまでしていた。数的に問題はない。
「君は中級も作れるだろうか? そろそろまとまった量をコンスタントに手に入れたい」
そう言ってツバキが言葉を切る。
「契約の変更を。数は増やさんぞ」
イレイサー向けに練度を上げた結果、中級は問題なく作れるようになった。
「――聞いてみるものだね。早速手続きをしよう」
「金額はどうしますか?」
ツバキが視線をスズカに移すと、スズカが具体的な確認事項を口にする。
決めるべきことを決めて、スズカが契約書を作るのを眺める。今までの契約と大きな変更はないので、詳細を詰めるような作業もない。
「中級……」
「回復系の能力持ちがいなけりゃ、50層あたりから初級じゃ間に合わなくなる。俺らのパーティーはジジイが上手いのと、アオイの付与で80層でも初級薬メインで使ってたが――けど、その上は全員がいっぺんにガッツリ削られることが増えた上、魔物の中に速いのがいるんで間に合わねぇ」
レンの呟きを拾ってカズマが説明する。
「よく死ななかったね」
こちらの契約話を邪魔しないようにか、こそこそとレンが言う。
「中級薬は持ってってるから。ジジイの回復が間に合わなくて、初級薬2回飲むのも間に合わないってことだ。回復量が揃わねぇとやりづれぇ」
「もうちょっと前にオオツキさんに頼めばよかったんじゃありませんか?」
ユキが会話に入る。
「オオツキは初級しか作らないのかと思ってたんだ。最初の契約の時に初級に限るという条件が入っていたし、生産道具揃えるには金がかかる。ギルドの納品も初級だけって聞いてたしな」
カズマが腕を組んで口をつぐむ。
中級薬といっても生命回復、気力回復、体力回復、複合と色々ある。【収納】を圧迫するような真似はしたくなかったのだが、自分用に結局持つことになったしな。
契約書に署名し、会議室を出る。ダンジョンがざわついている理由もわかったし、さっさとブースに籠って生産しよう。
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