第143話 遭遇

 貸し会議室から、自分のブースへと戻る。


 時間貸しの生産ブースが並ぶエリアも落ち着かない雰囲気だ。借りることのできた者しかいないはずなのだが、外に人の姿が多い。


 会議室に向かう時は理由がわからず何事かと思ったが、『政府の勇者』のせいだったか。乾燥や定着など生産途中の待ち時間に、様子を見にブースの外に出ているのだろう。


 『政府の勇者』はヘリで移動することが多い。飛ばすのに金がかかるというか、150層以降のリトルコアのコアが必要になるため、ほぼ『政府の勇者』専用である。


 現地で対応できない上陸したリトルコアの元に向かうため、乗り心地はともかく速い。


 そして整備の都合や改良の都合で、飛ばす機会があれば飛ばす。飛ばす機会イコール、『政府の勇者』が150層のコアを自前で用意して申請をしたら、だ。


 その内部事情まで知れてはいないだろうが、『政府の勇者』の移動はほぼヘリでということは知れ渡っている。


 リトルコア上陸の際にはヘリで付近に直接、視察などの場合は県内の政府の施設に乗りつけ、そこからは車というパターンが多い。


 『政府の勇者』の視察の噂が出たのも、おそらく県内の施設にヘリが向かったのを見た者がいるからだろう。


 『生身』の姿は基本伏せられている。本人の身の安全のためだったり、イメージのためだったり理由はいくつかあるようだ。


 リトルコアの近くならば別だが、ダンジョンの外では『化身』になることはできないため、視察などは一度政府の施設に入り、そこから移動する。


 ダンジョンの規模が大きくなると入り口が複数できる。


 当然1番目は冒険者の出入りに、大抵2番目は【開封】したドロップ品の搬出に、3番目は一般の冒険者に立ち入りをさせない裏口に。4番目の口が開く頃には、大規模ダンジョンと呼ばれるようになる。


 4つ目以降はかなり離れた場所に入り口が開くこともあり、同じダンジョンに『ダンジョンの駅』が二つできているところもある。


 市のダンジョン ここ の入り口は3つ。セオリーに従って利用されている。


 3番目の出入り口はいくつかに仕切られ、外に建物が併設されている。ヘリごと収容できるような建物はないが、車ごと入れる建物はあるので、おそらく『政府の勇者』もそこから入る。


 勇者到着後のダンジョン内部の移動に期待して、この分ではギルドの事務室周辺と、ダンジョンのさらに内部へと進む入り口のある場所は人でいっぱいだ。


 次回から少し噂の類も拾おう、混乱や混雑に巻き込まれるのは面倒だ。そう思いながら自分のブースに戻り、薬の生産をする。


 幸運が一つ。いっぱいかと思っていた『翠』が予約できた。今回は飲めるのである。鼻歌を歌うような癖はないのだが、口笛のひとつも吹きたくなる。


 ギルド分は納品をしたばかり、量を作る必要はない。飲んだらブースに戻って、生身のまま一眠りしよう。


 うきうきしながら瓶と薬を作り、時間を過ごす。ツバキたちへの納品は作り置きからさっさと終わらせた。


 で、『翠』。


「いらっしゃいませ」

笑顔の菜乃葉さんに出迎えられ、カウンターへ。


「いらっしゃい」

「こんばんは。お勧めの料理と酒で」

関前さんに挨拶を返しつつ、注文。


 注文というか、おまかせである。


 まず出てきたのは喉越しのいい日本酒、九条ねぎと蛤のぬた和え。ぬた和えは酢味噌なのだが、削られた柚子がかけられて、摘んだ場所によっては柚子の香りが強い。


 蟹しんじょともずくのお椀、肝の濃厚なソースで食べる柔らかな鮑――、色からして食欲をそそる鴨肉、おこぜのフリット、キンキの炭火焼き、さっと揚げ表面だけ火の通った伊勢海老、とうもろこしをはじめとする夏野菜の天ぷら少々、味噌漬けの黄身の載ったごはん。


 美味い料理を食べる幸せにふわふわしながらカウンターで飲んでいると、個室の方から知った顔が出てきた。


 一人は鷹見さん。


「……」

目が会うと軽く頭を下げてきたが無言、接待中だ。


「……」

鷹見さんの様子から、ちらりとこちらを見る男。


 『政府の勇者』の『生身』。


 貴様のせいで鷹見さんが忙しいだろうが。視察なんか来るんじゃない、スメラギ。イラッとくるからさっさと帰れ。


 鷹見さんが足を止めずに通りすぎたので、スメラギ『生身』もそのまま店を出る。


 私に気を遣って知らないふりをしたとかではない。私の方は『生身』を知っているが、スメラギは私の『生身』を知らないのである。


 それにしても昼間レンが名前を出したせいか、市のダンジョンに来た『政府の勇者』はスメラギだった。


 言霊でもあるのか? まさか運だけで生きてる人種か、レン。

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