第54話 素材売買ブース

 市のダンジョンへ行き、生産――の前にツツジさんとアイラさんに連絡をとる。メッセージは「2人に素材を見て欲しい」、それと名前だけ。


 冒険者カードのメッセージなので、長文は送れない。私が2人と書けば、ツツジさんもアイラさんももう片割れが誰のことを指すかはわかるので、これでいい。


 47層の『光の角豚』『闇の角豚』……今日の夕食は豚の角煮にしようか。いや、そうではなく、『火炎鹿』の皮と合わせて、これらの革が必要かどうかの確認だ。


 アイラさんの方は46層のスライムが落とした布。食材優先で出るので、皮も布もドロップ量はそう多くないのだが、それなりの深さの層で、市のダンジョンでは出ないものなので一応。


 私の防具の更新の問題もある、2人には私が深い層の探索に向かうことをある程度知ってもらわんと困るという事情もある。自分で作ることができればいいのかもしれんが、そうもいかん。


 刀と防具、政府からかっぱらってくればよかったな。現実的ではないけれど、ついそう考える。オークションで買うという選択肢もあるのだが、いざ装備したら使いづらかった、がある。


 どちらにしても手入れの面で人の手が要る。だったら最初から2人に依頼した方が早いし、いいだろう。


 ――動画配信をチェックした限り、同じ協力者のテンコならば布装備も作れそうだが、あちらにバラすのだったらアイラさんにバラすほうがいい。


 テンコは、深い層のあれそれを取ってこいとか言い出しそうだ。金払いは良さそうだが、その分金さえ払えば「都合はつけるものだろう?」という意識が見え隠れする。配信用の擬似人格かもしれんが、一度会った時の印象とそう変わらん。


 それに工房に弟子というか、他の生産者がいるし、配信の編集やらでそちらにもスタッフがいる。親しい者に情報を漏らさないとはいいきれない。イレイサーが対象を倒すまでの間は信用していいだろうが、その後はどうだかわからんしな。


 お互いの生活圏に距離があるとはいえ、あまり深入りしたくない。


 ツツジさんとアイラさんは、1人で生産を行っている。もちろん、使うパーツの素材によっては別の生産者に発注をしているようだが、基本は一人だ。今までの付き合いで、こちらの事情を人に話すような性格ではないことも分かっている。


 スーツ、スーツと鬱陶しいが、信頼はしているのだ。アイラさんは言わずもがな。などと考えていると、アイラさんから返信。


『3時にブースで。ツツジがダメな時は、改めて連絡するわ アイラ』


 作業に入ると寝食を忘れ気味なツツジさんに、アイラさんが声をかけて一緒に昼を食うことが多い。その時に相談、私は3時のお茶の時間に誘われるのではないかと思っていたので想定内。


 ツツジさんはたぶん、アイラさんに言われるまでメッセージに気づかないだろう。返事がないのも想定内。


 了解、と送ってやりとりは終了。


 自分の生産ブースの引き出しを開け、必要な素材のカードのチェック。うちのダンジョンでも出るのだが、偶数層のスライムを内緒というか、なんとなく進んでいる層を半分に装っているので、市に納品する分の素材は今まで通り市のダンジョンで買っておく所存。


 チェックを終えて、カードを買う。カードの売買は販売ブースで現物を見て買う方法と、専用のサイトで買って販売ブースのカウンターに受け取りに行く方法がある。私は大抵後者。


 欲しいものの名前と、階層指定で検索をかけて適当に買う。同じ名前の素材でも、深層でドロップしたもののほうが効果が高かったり安定して生産できるものが多い。だが、私がギルドに納めるのは初級の薬類、失敗もそうそうないので階層指定も大雑把で済む。


 ちなみにギルドの販売ブースでは、該当の生産者しか買えないカードもある。


 わかりやすいところでは、季節の野菜。外の生産物を食べることが推奨されており、それ系のカードの売買が制限されている。だが、ダンジョンに持ち込む食事の生産者であれば、ギルドの売買ブースで買取が可能。


 他にも一定数を生産者用に確保してから一般に流しているので、数が少ないものについては、該当以外の生産者や戦闘職の目に触れないまま売買が終わるものも多い。


 もちろんギルドに売らず個人で売買している人からや、オークションで買えるものも多いし、自分で拾った物はそのまま使える。


 リトルコアの魔石を始め、大勢の生活に関わる部分は、政府とギルドとで規制をしているが、他のものについては金を払えばなんとかなる感じだ。


 私の登録は調薬なので薬にかかわる素材は買える。他に買いたい系統を1つ選べるのだが、当然食材を選んでいる。


 同じ調薬をする生産者では、薬液に浸して革の加工などをするために、革系を選ぶ者も多いらしい。まあ、それより知り合いに回せる素材の系統を選ぶ者の方が多いそうだが。


 生産者は弁当の持ち運びに困るような職ではないので、食材を選ぶ者は少ない。作る方も特殊な技術がいるわけでなし、カードに『封入』するのでなければ、別に外の食材を使っても問題ないというか、外の美味い弁当屋の弁当でいいしな。


 ちなみに料理の生産者はダンジョンに必ず数人はいるが、兼業も多いし、人気の生産職というわけではない。なにせ、ダンジョンの中では味より食べやすさの方が上回るし、わざわざ『ブランクカード』分の料金を払って弁当を買う客は少ない。


 塩をふって焼いた肉でそこそこ美味いしな。美味しくて人気のダンジョンの弁当屋というのは稀だ。


 あとさらに稀に『運命の選択』の【調理】や【料理】持ちがいるが、その能力は料理に能力値アップの効果や、耐性効果などをつけられる。味は関係ない。もう一度言う、味は関係ない。


 政府の仕事の中でも難易度が高いものをふられた時、【調理】持ちの作った弁当を持たされたことがあるのだが、食ったらむしろ生命が減りそうだった。毒状態にならんのが不思議なレベル。


 いかん、嫌なことを思い出した。昼は『翠』に行って、美味いものを食おう、そうしよう。

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